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Ep.233 命を燃やす

 今にもヨルムンガンドの手形の尾が拳となって振り下ろされんとしている中、僕達に成す術はなかった。

 皆、厄災から向けられる殺意をひしひしと感じ、それはすぐにも実行されるだろうと予感していた。


 今すぐ決めなければならない。


 アスカさんを犠牲にして他の全員が散開するか。

 仲間と運命を共にし、ここで全員が果てるか。


 ……使命の為には、それは考えるまでもない事だった。

 僕は今、運命に試されている。世界を救う為に仲間を見殺しにできるかを。



「――チギリ。皆様をよろしく頼みますわ」


 アスカさんは視線を僕からチギリ師匠に向けると、険しい表情で訴えた。

 その願いにチギリ師匠は――――。



「――――断る」


 冷たくそう言い放った。



「こ、この状況で何を馬鹿な事を言ってますの!? もう時間がありませんわ! 早くッ」


 最後の願いを拒否され、アスカさんは取り乱しながら声を荒げた。その様子にチギリ師匠は、ふん、と鼻を鳴らして尊大でふてぶてしい表情でアスカさんに背を向けて、ヨルムンガンドの前に立った。


「我々が誰も一人欠けることなく、この厄災を制さねばならない。……でなければ……――――」


 チギリ師匠の表情が引き締まり、厄災に杖を向ける!


「――――納得できんのさ! 我も、今世の勇者殿もなッ!」

「――――」


 そう言い放ったチギリ師匠が魔力を練り上げ始める……!

 それはあまりの魔力の量が風を起こし、師匠の髪が激しく靡く程に。


「――はああああぁぁぁぁッ!!」


 チギリ師匠は叫びながら、魔力はさらに増大させていく!

 この体にビリビリと伝わる魔力。こんな力が人の体から練り出されるものなのか……。



「……チギリ、貴女まさか……!」


 アスカさんは驚愕と困惑が入り混じる表情で目を見開いて師匠を見ている。


「ふふ……! いつか君に『大馬鹿者』と言った事を謝罪しよう。……我も大馬鹿者だ」

「寿命を使って魔力を……ッ!」

「――……アスカ! 命を賭けるとは、……こういうことだろう! 死ぬことは承認できんな……ッ!」


 チギリ師匠がさらに魔力を増大させていく。ヨルムンガンドもその異常な魔力を感知したのか、僅かに動揺の気配を見せていた。


「ほら、何をしているんだ各々よ……! 生きる為に抗い給え! ――ウィニエッダ!」

「――ふわぁ!? ……ひゃいっ!」


 チギリ師匠の啖呵に、あまりの魔力を見せられ放心状態のウィニを動かす。

 我に返ったウィニは師匠の隣に並び、師匠から貰った宵闇の杖に全力を込め始めた!


 それに倣うように僕達も手を翳して魔力を練る。

 魔術師ほどの力はなくとも、魔力なら送れる! そうだ! 抗うんだッ!


 その様子にヨルムンガンドも対抗するようにさらに力を溜め始める!

 命を燃やして魔力を練るチギリ師匠に、シズクや近衛騎士やルイントスさんも加えてその場にいる全員が魔力を送る!


「……もう、こうなったらやるだけやってみますわっ! 任せましたわよ!」


 アスカさんは叫びながら防御障壁に力を入れ直していた。


「グッ……うううう!」

「うおおおぉぉぉ!?」


 この先の事など考えず、ただひたすらに力を振り絞った!

 ここに居る全員が絶望を投げ打ち、生きることを諦めてはいなかった!



「――――――――ッ!!」


 ヨルムンガンドが震える程の唸りを上げ、暴力的な力を振り下ろしてきたッ!


「――古より君臨せし魔蛇よ、今ここで討ち果たさん……ッ!」


 チギリ師匠の杖から全員からかき集めた魔力が放出された!

 それは白く眩い光。幾重にも束ねた光の帯。魔を討ち払う一筋の光明。


「ぐううぅぅぅ……ッ!」


 チギリ師匠が魔術を放った途端、全員に強烈な衝撃が襲った! 全員分の魔力を束ねた、あまりに膨大な魔力によって発動した白き閃光の反動だ……!

 踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまいそうな程の衝撃で膝が笑いかける。

 僕達は誰も吹き飛ばされないように、互いの肩を抑え合って衝撃にひたすらに耐える。



 ――――ガガガガガッ!


 頭上で激しい衝突音がして、僕は歯を食いしばって見上げる。

 暴力的な力を秘めたヨルムンガンドの尾の拳撃と、勇士達全員の魔力を乗せた白き閃光がぶつかり合い、力の押し合いが勃発していた!


「……くっ……! これ程の力を……!」


 圧倒的な質量で押し潰さんとする厄災の拳が、徐々にこちらを押し込み始めていた……!


「なんの……これしき! かようなものなど、跳ね返してみせるでござる……ッ!」

「うおおお! 皆! 踏ん張れッ……!」


 急激に魔力が体から抜けていく感覚を覚えながら、僕は更に魔力を振り絞る。

 だが勇士の中には限界を迎える者も出始め、近衛騎士の何人かが膝を付いてしまった。


 脱落者が出ればその分残った者の負担となってのしかかる。


「くぅ……! ク、クサビ……っ私……もう……!」

「――サヤッ!」


 サヤが不安そうな様子で僕に助けを求めていた。

 ……サヤは精霊具で補っていたからあまり気にならなくなっていたが、魔力総量が比較的少ないのだ。もう既に限界を超え、気力だけで立っている状態だ……。


 もっと……! 僕の魔力を振り絞れ……!



 ――するとその時、白き閃光が更に力を増し、僅かにヨルムンガンドの拳を押し返し始めた!

 僕の願いが届いたのかと、僕は奇跡を疑った。


 ……しかし。


「――――――――」


 チギリ師匠の体から迸る先程までとは比べ物にならない魔力が漏れ出していた!


「――チギリッ! これ以上はやめなさいっ!! 貴女の寿命が……っ!」

「――今……やらねば! 寿命など無意味だろ……う? ぐっ……!」


 チギリ師匠がさらに命を削って魔力へと変換させたのだ……! 膨大な魔力はヨルムンガンドの拳を少しづつ押し返していった。


「皆……! 押し込むんだ……ッ!」

「し……しょお……っ!!」


 力の均衡が崩れ、徐々にこちらが押し込んでいく!

 このまま……! 一気に……――――


「いっけええええーー!」


 皆の思いが一つになった渾身の力を押し込み、喉を枯らして叫ぶ!

 そしてついに力の押し合いが終わりを迎えた……!



「――――ゴアアァァアアア!」


 僕達の限界を超えた白く輝く閃光が、ヨルムンガンドの手形の尾を貫通し、さらに厄災の頭部をも貫いた!


 体の底から震えるような大蛇の悲鳴が辺りに響き渡り、地響きを起こしながら反響した。


 そしてもう一つ地下空間に木霊したのは、ドスンという大きな物が落下するような音だった…………。

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