魔力は残り少ない。
僕は強化魔術も使わず肉体の力と気力だけで足を前へと動かしていた。もはや移動に割く魔力すらも惜しいのだ。
息が上がって胸が苦しい。だが止まるわけにはいかなかった。
僕はもうすぐそこまで迫っている厄災ヨルムンガンドを討つ。ただそれだけを考えた。
「やっと……追いつきました……っ」
「クサビ……!」
後方から飛び出してきたのはマルシェとサヤだ。
既に二人ともボロボロだったが、剣士で動けるのはもはや僕達だけとなっていた。
「クサビ! アンタの道は私達が作るわ! 前だけを見てなさいっ!」
「私がこの盾で防いでみせます! お二人は私の後ろへ!」
「――ありがとう……!」
先頭を走るマルシェが盾を構えながら駆ける!
進路上から迫る酸弾を、マルシェは次々とパリィで弾いていく。
「くぅ……! 負けませんっ!」
マルシェは凄まじい集中力で飛来する酸弾を見定め、それに合わせて盾を滑らせる。その度に盾から僅かな光が発していた。
しかしそれも束の間で、マルシェは魔力枯渇でバランスを崩してしまった。
そこに酸弾が勢いよくマルシェの盾に当たるとパリィを仕損じて、逆に盾が弾かれてしまった!
「マルシェ!」
「――止まらないでクサビさんッ! どうか――――」
弾かれて倒れるマルシェに酸弾が迫るのが見えた……。
しかし、僕は止まることは出来ない。助けに行くことは出来ない!
それは皆の気持ちを無下にする行為だっ!
「――。……クサビ! 私の後に着いて来なさい!」
一瞬決意の眼差しを見せたサヤが、いつも僕を茶化すような勝気な表情で僕に笑い掛けた。
そして僕を追い抜いて刀を翻し、酸弾を斬り裂いた。
流れるような刃の舞で数多の酸弾を霧散させていく。しかし、サヤの体が少しずつ傷付いていく……!
しかし、それでも尚、サヤは立ち塞がる酸弾を斬り裂き、前へ前へと駆けていく……!
「くっ……! ――クサビ! 私の事は気にせず行ってっ!」
「――――」
更に傷付いていくサヤの悲痛な叫びに胸が痛む!
だけど……僕は……!
「……ありがとう……サヤ……!」
僕はサヤを信じて走り続けた!
「うああぁぁぁあぁーーーー!」
僕は雄叫びを上げながら全力を振り絞り、サヤの背を追いかけた!
その先に待ち構えていたのは、巨大な蛇の化け物、厄災ヨルムンガンド!
禍々しい姿でありながら、どこか哀れみを誘う。
――それでも僕は立ち止まるわけにはいかないんだ!
――――グアアアァァァ!!
ヨルムンガンドの絶叫が響き渡った!
その大音声に鼓膜が破れそうな程の痛みと不快な感触が体中に走った!
「――はぁっ!」
その時、サヤが渾身の力を振り絞って刀を振り抜いた!
その剣圧により、僕の進路上の酸弾が斬り裂かれて霧散し、一時的に僕とヨルムンガンドの間の障害物は消え去っていた!
「……後は……お願いね……っ」
全ての魔力を込めた斬撃を放ち、僕に向き直ったサヤは儚げに微笑んだ。
駆け続ける僕はそんなサヤと交差し視線を交わす。
サヤの思いを受け取りながら、決意と共にヨルムンガンドを睨み、僕は更に力強く走った!
その直後、再び撃ち出された酸弾は僕を通り過ぎ、後ろで物音と、金属が何かとぶつかる音がした……。
――……もう目の前には厄災ヨルムンガンド。
皆が傷付きながらも僕を送り出してくれた……!
そのおかげで僕は今、目の前に厄災を討つ絶好の機会を手に入れた!
ヨルムンガンドが僕を凝視して唸り声を上げる……!
その大きな口に、巨大な牙が覗く。
…………僕は覚悟を決めて剣を握り直した!
――――――今だッ!!
地を強く蹴って僕は魔力を絞り出す!
そして誰にも負けない強い想いを抱いて熱剣を発動させた!
僕の中にある思い。それは、皆の想いを背負う覚悟。
皆を守るという思い。
そして世界を救うという決意だ……!
恐れ、焦り、不安それら全てを忘れて目の前の相手を倒す為だけを意識し、僕は深い集中状態へ突入する。
夥しい数の酸弾が僕の命をも溶かさんと一斉に迫る!
今の僕にはそれらがゆっくりと見える。
どう動けば回避できるのかを意識せずともわかる。
僕は無駄のない足運びで酸弾を掻い潜り、大蛇の胴体を駆け抜ける!
足元から覗く黒い光を放つ目から発生する殺気に対し、先んじて回避する。
危機を察知したのか、ヨルムンガンドは僕に酸弾を集中させてきた!
それは今の集中状態であっても完全に躱すことは出来ず、体の至るところを掠めていく。
そして右肩に直撃を受ける。
それでも今は痛みすら忘れて、ただ倒すべき敵だけを見据えて駆け登り続ける!
――ヨルムンガンドの頭はもう目の前。
この状態も長くは保たず、一度解除されれば魔力枯渇を引き起こすだろう。
だからチャンスはこの一度きりなんだ……!
そして僕はヨルムンガンドの頭が動くよりも速く、頭部に飛び上がっていた!
僕は剣を突き立てながら空中で体を捻る。
剣の先が向いた先、それはヨルムンガンドの隻眼だ!
「うううおおおおおおおッ!」
全身の体重を掛けながら熱剣を厄災の目に突き立てる……!
――――グギャァァァァァア!!
ヨルムンガンドが絶叫を上げながら首を大きく揺さぶっている! 僕は剣をさらに深く突き刺して振り落とされないように必死にしがみつく!
……もう魔力のほとんど残っていない僕の体は限界だ……。
剣を握りしめた手が震えている……!
それでも僕は振り落とされることなく、そのまま振り上げた剣で隻眼に突き立て続ける!
やがてヨルムンガンドの抵抗も弱まって、その巨体は崩れ落ちていく……。
――――――グ……アアァァァ…………。
そして、ドシャリとその体が地面に激突した衝撃で僕は吹き飛ばされた!
僕は空中で体勢を立て直そうと手足を動かしたが、もう指の一本も動かず、意識が朦朧とする中、僕は地面に放り出され、そのまま意識が遠のいてしまうのだった…………。