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Ep.237 サリアが遺したもの

 薄暗い石造りの細い通路を進むと、その先にはこぢんまりと開けた空間に、ぽつんと取り残されたかのように佇む建物が見えてきた。

 かなりの年数が経った石造りのなんの変哲もない小屋のようで、書庫と呼ぶにはどうも似ても似つかない建物だった。


「――へくちっ! …………むぅ。ここ埃っぽい」


 ウィニが可愛らしいくしゃみを炸裂させて、ローブの袖で口元を隠して不満を漏らした。

 それもそのはずで、当然だが長らく人の手が加えられていない。埃っぽくて空気が重く淀んでいるような、居心地の悪さを感じた。

 その哀愁すらも感じられる建物は、既にドアは朽ちているようだ。

 崩れやしないかと心配になりつつも、僕達は中へと入っていく。



 部屋の中に入ると、そこはガランとしていた。

 何百年と経過しているのだ。おそらくちょっとした家具などが置かれていたと思われるスペースには、もはや判別もつかず風化した何かがあるばかりだった。

 だが、そんな部屋に不思議なものがあった。

 燭台すらも朽ち果てたこの部屋に、ぼうっと灯りが浮かんでいたのだ。

 故郷の暑い時期によく見かけた、蛍という虫が放つ光のような、儚くて優しい光がふわふわと漂っていた。

 この光のお陰で、中を確認することができたのだ。


「これは魔術に相違なかろうが……。術者を失い長い時を経ても尚現存することなど……。古代魔術の一種か……?」

「このような魔術は存じ上げませんわね……。ふむふむ~」


 チギリ師匠とアスカさんが光をまじまじと観察しながら、興味深げに考え込んでいる。


「見た感じ廃墟だが……。とにかく何かないか探してみようぜ」

「うん。そうだね」



 僕達は部屋の中を物色する。

 と言っても、形どっているものがあっても触れようものなら崩れてしまうほどに部屋の中のものは朽ちていた。


 ――まさか隠された書物も既に朽ち果ててしまったのだろうか。

 それなら、僕達は何のためにここまで……。


 ……不安が徐々に募っていく。

 僕は藁をも縋る思いで部屋を物色した。



 どんよりとした辺りの空気に感化したように重たい雰囲気が支配する。皆の口数も少なくなっていた時だった。


「……皆の衆、こちらを」

「ン。なんだナタク。なンかあったかァ?」


 皆がナクタさんのところへ集まる。ナタクさんは何もない壁の前に立ち、人差し指を立てていた。


「……ここから空気が流れているようでござる」

「もしや、何か仕掛けがあるのでしょうか……?」


 皆は壁を注意深く調べてみる。……が、これと言った仕掛けは見当たらない。一同は首を捻る。

 何か見つかると思ったんだけど……。何かあってくれないと困るんだ……!


 僕は内心焦りを抱えていた。ここまで来てなんの収穫も得られなかったとなったら、もう手掛かりはなく、旅は振り出しに戻ってしまうからだ。当てのない旅をしている間に魔王は着々と世界を呑み込んでしまうだろう。


「いっそ壁ぶっ壊してみるかァ!?」

「やめなさい! そんなことしたらここ一帯が崩れかねませんわよ!」


 手掛かりが見つからずに業を煮やしたラムザッドさんは面白くなさそうに鼻を鳴らした。


 そんな時、サヤが先ほど空気が流れると言っていた壁を手で触れながら調べていた――その時だった。


「――え!?」


 サヤが壁に触れた途端、壁に模様が浮かび出した!

 そして物音を立てて壁がゆっくりとスライドしていく。


「おおー」

「今の模様は……魔術陣という、失われた魔術体系か……?」


 ウィニは一人でに動いていく壁に声を上げ、チギリ師匠は浮かび上がった模様に着目していた。

 姿を現した通路の先には、また石壁があるだけだった。

 だがそんな不自然なことはないだろう。きっとこの先にも続いているはずだ。


「……ふむ。我が触れても反応はないな。――サヤ。君が触れてみてくれ」

「はい……」


 チギリ師匠は隠し通路の先の壁を触れて確認するが、なんの反応もなく振り向いてサヤを呼ぶ。

 壁の前にやってきたサヤはおずおずと壁に手を触れた。


「やはり、サヤに反応して作動しているようだね。……サヤ、何か心当たりはあるかな?」

「え、ええっと……」


 チギリ師匠はこの先より浮かび上がる模様に興味津々で、すっかり研究者のように思案し始めた。

 その前のめりな師匠に苦笑いのサヤ。


「チギリ、お気持ちは分かりますけれど、今すべきは他にあるでしょう? もう〜」

「……おっと。すまない。今は先を確認しないといけないな」


 アスカさんの忠告で師匠は我に返ったようだ。

 サヤは自分の掌を見つめて何か思い耽るような表情をしていたのが少し気になったが、今は壁の先を確認する事にした。



 隠し通路の先の壁が開かれると、そこは人一人が入るのがやっとな程の狭い小部屋だった。

 その真ん中には台座があり、小箱が置かれていた。

 この小箱だけまるで時の流れを感じさせない程に状態が良かった。

 小箱の周りには淡い光が漂い、チギリ師匠が小箱に触れると光が弾けて消えてしまった。


「木製の小箱が朽ちもせず残っているなど有り得ない。……今の光は魔術なのだろうか」

「……とにかく、その箱を持ってきてくださる?」


 アスカさんが、再び思考を始めてしまいそうな師匠に釘を指す。師匠は咳払いでごまかしながら小箱を運ぶのだった。


 部屋に戻ってきた僕達は小箱を開けた。


 中に入っていたのは本が二冊。

 一つはサリア・コリンドルが記した日記。

 そしてもう一つは、僕達が探し求めてやまないものだった……。



「…………」


 書物を開き中身を検める……。


 書かれているのは勇者アズマのこと。

 そして勇者が携えた、解放の神剣のこと。


 ……見つけた。ついに見つけた……っ!


 これで魔王に立ち向かえる……!

 世界を救える!



 解放の神剣がどうやって作られたのか、そこに至るまでどのような道のりを歩んだのかが書かれている。


 そして、魔王を討ち払う力についても……!



「……勇者は魔王に対抗するため一振りの剣を精霊と共に生み出した。光の力と大地の力を浴びた鉱石を用いた刀身は、火の精霊による聖なる炎で打ち、風の精霊の聖風を浴び、水の精霊の聖水にて冷やすことで鍛えられた……」


 僕はさらに読み進めていく。


「器として形を成した剣は退魔の精霊を宿すことで魔王への絶大な力となった。こうして意思を持つ『解放の神剣』は完成す」


「ほう……」

「退魔の精霊……」


 その精霊は聞き覚えがある。

 王立書庫に退魔の精霊についての書物があった。そして度々夢に出てくる謎の声。

 その夢に出てくる人と書物に書かれた特徴が似ていたのを思い出し、退魔の精霊なのではないかと思っていた。

 ――それが今確信に変わる。


 この解放の神剣と退魔の精霊には密接な関係があったのだ。

 何故なら退魔の精霊はこの剣の中にずっと居たのだから。夢に出て呼びかけてきたのには理由があったのだ。


 力を失った今、剣から意思めいたものは感じられないが、それでも退魔の精霊はこの剣の中にいるんだ……!



 解放の神剣の誕生と力の正体が判明した。

 あとはその力をどうやって復活させるかを調べなければならない。

 先のページに書かれていることを期待しながら、僕は頁を捲るのだった。

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