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Ep.238 次なる指針

 サリアが遺した書物の頁を捲る。


 そこには、『次代に生きる人達へ』と添えられていた。


「これは、聖女サリアのわたくし達へ向けたメッセージかしら?」

「と、言うよりクサビに向けたものだろうな」

「僕に……。読んでいきますね……」



 ――――これを読んでいるということは、あなた達は勇者と繋がる者なのでしょう。そしてこれを求めたということは、今世界は混迷に苦しんでいるということなのでしょう。


 私はあなた達に謝らなければなりません。

 私の時代で魔王を倒すことができなくてごめんなさい。

 勇者アズマと神剣を以てしても、魔王を倒すことは叶わなかった……。


 本当に、ごめんなさい。


 魔王を封印するという選択は私達にとっても苦渋の選択でした。

 封印を施すには、解放の神剣に宿る私達の大切な仲間を依代としなければならなかったのです……。

 魔王の暴威に晒された私達に悩む時間は与えられず、彼女は……退魔の精霊はそれを快諾してくれました。


 結果アズマは悩みながらも魔王に剣を突き立て、退魔の精霊の力で魔王を縛り付けることで封印を成しました。



 魔王は封印され、魔王の力の加護を失った魔族の力は弱まりました。

 しかし私達も、解放の神剣の力の源を失いました。

 その力たる退魔の精霊は、魔王を縛り続けることでしょう。


 しかし、それも永劫ではないはず。

 いつか魔王は力を取り戻し、封印を破るでしょう。


 封印が破られた時、それは退魔の精霊の力が潰える時……。そうなれば彼女の存在もまた消えてしまっているでしょう。……再び世界が混沌と化したその時、私達は何もしてあげられない……。


 ……あなた達はきっと、魔王に対抗する為にここまで来たのでしょう。


 でも、もうそんな力は存在しないのです。

 どんなに謝っても済まない事なのは分かっています。でも本当にごめんなさい――――




「…………そんな」


 突きつけられた事実に僕は絶句する。

 仲間達も言葉を失っていた。


「ここまで来たのに…………ここまで……来たのにっ……!」


 言いようのない感情が、やり場のない無力感が僕の中で暴れ周り震えるほどの握り拳を地面に叩きつけた。

 何度も、何度も。


「どうして……! 救う方法がないなら隠さなくても変わらないじゃないかッ! 僕は……! 僕達は何の為に…………ッッ!」

「やめてクサビ……! 手が……っ」


 血が滲む拳を何度も地面に打ち付け、それをサヤが必死に僕の腕に飛びついて制止する。


 僕はハッとして、拳を叩きつけるのをやめて力無く俯いた項垂れる。

 何も考えられない。僕のしてきた旅は無駄だったのか…………。


 重い空気が流れ、誰も言葉を発しない。

 落胆では足りない程の、虚無とも言える感情が僕を支配していた。



「……クサビ、まだ先がある。読み進めようじゃないか」

「…………そう、ですね」


 僕は虚ろに先の記述に目を走らせる。



 ――――……不甲斐ない私がこれを告げるのは烏滸がましいことですが、せめてあなた達の一助になればと思い、ここに記します。


 時を越える手段を。


 対抗する手立てを失った時代で、魔王に抗する唯一の方法。それはあなたが時を越える力を手にすることだけ――――



「…………」


 突拍子もないことに、僕は呆気に取られる。

 時を……越える? どういう意味なのか理解できなかった。


「……なかなか興味深いな。そのような手があったか」


 師匠は目から鱗が落ちたように関心している。そして僕に目をやり、希望を宿した瞳で告げる。


「クサビ、落胆にはまだ早いようだよ。聖女サリアはこうなる事も織り込み済みだったのさ。……まだ手はあるのだ」

「……これまでの旅は…………」


 僕は縋るような目で師匠を見ると、力強く頷いてくれた。


「……無駄じゃなかったのよ」

 そしてサヤが優しい声色で囁いた。



 ……無駄ではない。ならば僕にはまだやるべきことが残っているという事だ。

 ……読み進めよう。この先を!



 ――――あなたには酷なことでしょう。でも、それでも力を求めるのなら、世界の中心にある島へ向かうのです。そこにある遺跡にて、時を操る精霊の祖が、きっと力を貸してくださるから……。



 時を越えた先で出会った私は、あなたの事もこのことを知らないのでしょうね。

 それでも、私はあなたに会えるのを楽しみにしているわ。


 そしてきっとあなたの力になってみせる。


 私はサリア・コリンドル。この名前を憶えていて――――




 サリアの記述はここで終わっていた。

 遥か昔から、今の僕達へ向けた慈愛に満ちたメッセージ。

 本人にとっては贖罪だったのかもしれない。でも絶望するこの世界に確かな希望を残してくれたんだ。


 勇者達は本当の意味で世界を救う勇者だったのだ。



「次に為すべき事が出来たな」

「……はい!」


 サリアによって僕達の旅の指針が決まる。

 僕はこの解放の神剣の中に宿る、退魔の精霊の力を取り戻す為に、勇者が生きた時代である精霊暦へと向かい、魔王から精霊の力を再び神剣に宿すことだ。

 目下、それを成すためには中央に位置する孤島にあるとされる遺跡に向かい、時の祖精霊に会う必要がある。



 言葉にすると酔狂な内容だ。世界中を旅するなんてものじゃない。過去にまで赴いて旅をする事になるとは誰が想像しただろうか。

 時間を移動するなんて……誰もやったことないんじゃないか。


 などと、場所も弁えずに心が躍る自分がいた。



「まじかよ……。今度は大昔に時空転移ってか……!?」

「それができたら、みんなに自慢できる」

「何処へだって着いて行くわ!」


 パーティの皆もどこか楽しそうで、やる気に満ち溢れている。

 そうだった。それでいいんだった。



「……そういえば、この書物の他にもう一つあったな」


 チギリ師匠が思い出したように、もう一方のサリアの日記を手に取り、中を読み漁った。


「……ふむ。こちらは魔王封印後のサリアについて書かれているな。どうやら生涯に渡り、魔王を倒せなかったことを後悔していたのだな」

「師匠……その日記、私が持っていては駄目ですか……?」


 日記に目と通す師匠のもとへ、サヤが遠慮がちに頼み事をしていた。

 サリアは神聖魔術の達人だ。サヤが興味を抱くのは不思議なことじゃない。


「ふむ。王に陳情せねばならないだろうが、どうしてかな?」

「実は……――――」


 サヤは突然、ヨルムンガンドの戦いの直前に起きた不思議な体験の事を語った。

 サリアの想いの残滓が、サヤと共鳴したという不思議な出来事を、ヨルムンガンドの封印を解いたあの瞬間に起きていたのだ。

 だからサヤはあの時ぼうっとしていたのか……。


「サヤ。貴女の中で何か変化は感じられますの?」

「……よく、わかりません……。でも私の心の中に、確かに彼女はいる。……それだけはわかるんです」

「魂との共鳴……か。サリアとサヤの魂が同質であるならばあるいは…………」


 師匠は一人思考の海に潜っていき、ぶつぶつと独り言を唱え始めた。


「なんかよくわかんねぇけどよ! それってもしかして、サヤはサリアの生まれ変わりとかなんじゃねーか? なんつってな! だはははは!」

「いやそれだ」

「はははは――……は!?」


 ラシードが笑いながら言った当てずっぽうが、チギリ師匠の肯定によって遮られる。本人が一番驚いていた。


「これはあくまで仮説だが、サヤ。君とサリアの魂は同質、もしくは限りなく酷似しているのだろう。でなければ魂で共鳴し合い、融合するなどあり得ん」

「で、でも私……生まれはずっと東方の家系だったはずで……」


「生まれ変わりには血の繋がりは関係ないという説もありますわよ? ……でも本当にそうなら、まさに運命ですわ~!」

「運命……ですか?」


 アスカさんがもじもじしながら顔を赤らめて、何故か盛り上がっている。

 それを少し困惑しながらサヤは訊ねた。


「そりゃそうですわよッ! 勇者の血筋を引くクサビの元に、彼を愛したサリアの生まれ変わりのサヤが、こうして一緒にいるんですのよ! これはまさしく運命ですわ!」


 ヒートアップするアスカさんがキャーキャーいいながら悶える。

 何か変なスイッチ入ってしまったらしい。

 サヤは俯いて顔を赤らめていた。



「――こほん。とにかく、現状サヤの中にサリアの思念が入り込んだということか。これは相違ないかな? それから何か違和感は?」

「……はい。そうなんだと思います。……違和感は……うーん……。なんだか少し魔術が出しやすくなったような気がしました」


 チギリ師匠の咳払いによって浮ついた空気が和らぎ、サヤも気を取り直して真剣な面持ちで受け応えた。

 サヤの中で何か特別なことがあったとしても、どうやらそれは悪いようなものではなさそうで安心した。


「思念の残滓に僅かに残ったサリアの魔力の影響かもしれない。もしや、先ほどの壁の仕掛けも、それに反応した可能性もあるか」

「なるほど……。結果的には、良かったん……ですよね?」


「ああ。僥倖だ。そういうことならば、王に掛け合ってみようか。それまでは君が持っているといい」

「はい! ありがとうございます……」


 師匠は頷きながら、サヤにサリアの日記を手渡した。

 サヤはそれを大事そうに抱えて微笑んでいた。


「さあ、もうここには何もない。我らも戻るとしようか! 今日は王が祝宴を催すかもしれんぞ、ウィニ」

「お祭り!? やったー! はやくかえろ!」


 いきなり元気になったウィニが飛び跳ねて師匠のローブの袖を引っ張っていく。僕達は相変わらずなウィニに失笑しながら後を追うのだった。

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