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Ep.241 あがり症の勇者

 勇者を継承する決意を固めた日から三度、太陽が顔を出す。


 僕はあの日の翌日、チギリ師匠とレドさんと共に再び王城を訪れて、勇者の称号を背負う覚悟を王様に告げた。王様は僕を見据えると力強く頷くと、魔王討伐の為の支援を惜しまないと約束してくれた。


 そうと決まればと、国民に公表するための式典の準備に取り掛かった。

 国王から重要な報せがあるとさっそく御触れが出回り、何の式典かもわからない人達は、街中で期待と不安で一喜一憂して賑わった。


 支度は着々と進み、準備開始から翌日には王による演説の準備が整い、翌日の式典の開催を控えるのみとなる。



 ……そしていよいよ今日は国中の国民に、王家の秘密と勇者の台頭を公表する日だ。ここまでとんとん拍子に事が運んで、正直僕は驚きでいっぱいだ。


 今日の式典は主に王様の演説がメインだ。そしてその後は勇者の紹介という流れだ。

 場所は王城の城下を見渡せるバルコニーからで、今日だけ特別に自由開放された王城の庭園に、街の人達を集めて演説を行うのだ。



 僕はバルコニーからほど近い控えの部屋でパーティの皆やチギリ師匠達と待機していた。

 チギリ師匠達も出るのかと思ったが、国賓として参列するそうだ。

 その身分に見合った人達がいるから当然と言えば当然だ。

 入口付近には警備の名目で立つ、金髪の美男子ルイントスさんが、眩しい笑顔を向けていた。


 式典に臨むサヤとウィニは、アスカさんや城の侍女さん達と鏡の前でおめかしをしている。ウィニはいつもの仏頂面でされるがままになっており、サヤは肩をすくめて赤面しながら俯いていた。

 自分は世話することはあっても、世話をされることには慣れてないサヤにとって落ち着かないのかもしれない。


 ラシードは貴族の家で培った気概で堂々としていた。

 ……いや、よく見るとある侍女さんの方を、好みだったのかチラチラ見ていた……。ある意味では最も自然体で、そこは尊敬する。


 で、僕はと言うと……。



「…………」

「おいおい、クサビ。緊張の余り氷漬けにされたみたいじゃないか」


 そう。僕はもうすぐ来る式典により、極度の緊張を引き起こしていた。

 歩く時踏み出した足と手が同じ方を出し、硬直したように体が言う事を聞かない。

 チギリ師匠は目元を愉快そうに細めながら呆れて見せた。


「でも師匠っ! あんな大勢の人の前に立つんですよ!」


 先ほど窓からチラっと庭園の方を覗いた時、庭園を埋め尽くさんばかりの街の人達でいっぱいだったのだ。

 このあとその大勢の人達の目に晒されることになると考えただけでも、急激に喉が渇いてくる。


「……そんな捨てられた子犬のような目をするな…………。まったく、あがり症の勇者なんぞ恰好がつかないぞ」

「そ、そう言われても……師匠~……」


 やれやれと両手を仰いで溜息をつく師匠。

 緊張を解す魔術とかあったらいいのにと、今この時ばかりは一番に願った。


「クサビよ、いかなる時も心頭滅却すれば火もまた涼しでござる」

「そうですクサビさん! 勇者の晴れ舞台なんですから、しっかりと立つんです!」


 と、横からナタクさんとマルシェ。

 ナタクさんのようにいつも冷静でありたいけど……!

 マルシェはチギリ師匠達と行動してるから来賓側だからいいよね……。


「はい……っ」

「――ああ、マルシェも出席だよ。支度せんとな」


 僕の緊張が頂点に達しようとしている時、チギリ師匠はマルシェに向けてサラリと言い放った。


「…………え?」


 余りの自然な流れで、聞き逃しそうになったマルシェの理解が追いつき、表情は目を丸くして唖然とした表情は次第に驚きに変わる。

 それはこの部屋にいるパーティの皆も同じだった。


「……え、チギリ様、それはどういう……」

「ふふ。我らが君の願望に気付いていない訳がないだろう? これまで何度と同じ道を歩んできたのだからな」

「――――」


 マルシェはハッとしてから、僕達を見る。その鮮やかな緑色の瞳には驚きの他に、期待と不安が入り混じっていた。


 ……僕達も気付いていたよ。ううん。むしろそうだといいなと僕達は思っていたんだ。


「マルシェ。クサビを支えてやってくれ」

「……はい! これまで本当にお世話になりました……!」


 マルシェが師匠達に丁寧に頭を下げ、その姿を温かい目で頷くチギリ師匠達。そしてマルシェはパーティの仲間達一人一人に微笑み掛け、最後に僕に向き直った。


「ようこそ、希望の黎明へ。よろしくね」

「はいっ! よろしくお願いいたしますね……!」


 思わぬタイミングで、僕達の大切な仲間が一人増えて、穏やかな雰囲気が流れていった…………――――


 ――わけではなかった。


「よし、ではマルシェも行ってこい」

「――あっ。いや……あの……私はだいじょ…………」


 流れるようにマルシェがアスカさんと侍女さんにがっしりと肩を捕まれて、弱々しい抵抗の声を残して奥へ消えていった。


 そしてその途端僕の中で忘れかけていた緊張が蘇ってきたのである……。




 それから少し時間が経過し、僕達の支度も済んでいた。

 心の準備は……もうぶっつけ本番で行くしかないと割り切っている。


「――そういえば師匠。王様は国中へ向けた演説って言ってましたけど、どうやるんですか?」


 僕は落ち着かない心臓を紛らせるつもりでチギリ師匠に話し掛けた。


「ああ。それには精霊具を用いるのさ。特定の場や人物を映像として離れた場所に映し出せる物だ。ただ高価であるが故、あまり頻繁には使用されないがな」

「現代における魔術と科学の融合ですわ~! クサビも興味がおありですの?」


 精霊具は使い道次第で種類がたくさんあるんだなと感心してしまう。

 気を紛らわすつもりでの質問の回答が、思いのほか興味深く、ほんの少しだけ緊張の糸が緩む。


「精霊具って本当にいろいろあるんですね」

「そうですわ! でも高価ですから、いつか庶民の手に渡るくらいに普及させるのがわたくしの目標ですの! 研究を再開する為にも、魔王を倒しましょう! ね? 勇者さま?」


 アスカさんが意地悪く勇者を強調させてウインク。

 その言葉でこれから来る役目を意識してしまって、胸の鼓動が高鳴り、緊張が舞い戻って来た……。


「は、はい……」

「やれやれ……」



 結局僕の心の平穏は訪れることはなく、ついに定刻となり式典の開始の合図が鳴り響いたのだった。

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