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Ep.242 剣を掲げて

 青く晴れ渡る聖都マリスハイムの王城に響く楽器による演奏の音。

 その盛大な始まりから式典は開始された。


 久しくなかった王城の壮大な演出に、庭園に集まった街の人達は歓喜の声を上げて歓迎する。

 その様子にマリスハイムを揺蕩う水の精霊達も王城の周りにやってきて、興味津々な様子で自由に飛び回っていた。



 そして王城のバルコニーの大きな扉が開かれる。

 街の人達が見上げて注目する中、そこにサリア神聖王国、国王ルドワイズ・サリアが側近のルイントスさんとソーグさんを両脇に引き連れて民衆の前に姿を現した。


 王様に向けられる声援が、民を安んじる名君たる証左を物語っていた。



 豪華な装飾を施した白銀の鎧に身を包んだルイントスさんが手を仰ぐと、民衆の声援が徐々に静まっていく。

 そして王様は一歩前へ出て語り始めた。


「余こそはサリア神聖王国国王、ルドワイズである。愛する民よ、良く集まってくれた。……此度は皆に重大な報を伝える為、この場を設けた」


 拡声の精霊具によって、王様の深みのある声が良く通る。

 王様はさらに言葉を紡ぎ出していく。


「……それは、王家にのみ伝わる、建国以来これまで隠し通してきた真実である。これよりその真実を皆に公表する!」


 街の人達は各々に首を傾げなから、なんだなんだと騒めき出す。


「突然の事で戸惑うておる者も居よう。しかし皆の者、まずは安心して欲しい。これより語る真実を知り得ようとも、其方らの生活が変わるものではないという事を」


 僅かに漂う不安を汲み取るルドワイズ王の心遣いは民衆に確かに届いたようだ。それを確認したように小さく頷くと、王様は告白し始めた。



「まず驚かず聞いて欲しい。王家が秘匿してきた真実、一つ目は、厄災ヨルムンガンドについてだ」


「ヨルムンガンド……?」

「それおとぎ話に出てくる魔物だよな? 聖女サリアの伝説にでてくる――」


 街の人が囁く中、王様は努めて淡々と続ける。


「皆も知っているであろう。聖女サリアの伝説を。…………あれは、真実である。聖女サリアは、厄災ヨルムンガンドに独り挑み、その命を持って封印したのだ」


 民衆の囁きがどよめきに変わっていく。ずっとおとぎ話だと思っていたことが実際に起きたことである。信奉する聖女サリアは厄災と刺し違えたのだという事が事実だったのだから。


「――我らが聖女の顛末は揺るがぬ。そして厄災ヨルムンガンドが封印されし地、それは……ここ、マリスハイム城の地下。この真下である」


「「――――ッ!!」」


 その瞬間民衆は騒然をなった。

 恐れおののく声が聞こえる。聖女の仇に怒る声が聞こえる。

 しかし、その喧噪は王様の覇気の籠った一喝によって完全に鎮まった。


「――――しかしッ!」


「……その厄災は既に討伐された! 勇気ある者達と我が近衛騎士によって! 先日地中から轟音が鳴り、大地が揺れた時があったであろう。まさにあれが勇士達と厄災の猛威によるものであったのだ! そして我らが聖女の無念を晴らしたのだ!」


 おお……、という呆気に取られた反応が返って来る。そしてその言葉を理解した者から歓声が上がった。


「――皆の者、ヨルムンガンドとその逸話は実在し、それは勇士によって討滅せしめた。これが王家が秘匿した真実の一つだ。……そして二つ目――」




 王様が勇者の本名や、その情報を隠した理由を丁寧に民衆に伝えている。

 それは勇者や聖女サリア、ヨルムンガンドと繋がる真実だ。


 魔族や知識の探究者が勇者の血を引く者に辿りつかぬよう、勇者アズマの名と解放の神剣の情報を伏せ、聖女サリアはその詳細を一所に隠して守り抜いた。秘匿書庫でサリアが施した隠し通路への仕掛けを解く鍵は、サヤの魂と共鳴したサリアの記憶の残滓によって解かれた。


 ……よくよく考えると僕達が今こうしているのは奇跡が重なった末の結果なんだと思う。

 勇者アズマの血を引く僕と、サリアの生まれ変わりと思われるサヤ。情報を求める僕とサヤが一緒にいなければ開くことはなかったのだ。


 サリアはせめて来世でアズマに関わる何かに寄り添いたかったのかもしれない……。その強い想いがヨルムンガンドの封印の中に残り続け、魂と共鳴したサヤの中に溶けあった。もはやそれはサリアの慈愛が成した奇跡としか言いようがなかった。



「――クサビ、もうすぐ出番よ……」

「……あ。……う、うんっ」


 つい物思いに耽ってしまっていた僕に、サヤがこっそりと声を掛けてきた。僅かに震えた声からは緊張を感じる。


 僕達は今王様が演説をするバルコニーの後ろで、呼ばれるのを待っていた。

 王家の秘密を明かした後は、国民に勇者の存在を公表するという流れだ。


 見事な装飾を施した衣装に身を包んだ僕達は、勇者とその一行としてこれから街の人達や、投影の精霊具を通して国中の人達に向けて挨拶しなければならないのだ。

 さっきまでは落ち着いていた皆もさすがに緊張の色を隠せない様子で、ソワソワしながら出番が来るのを待ち構えていた。


「クサビ、世界の希望のお披露目だ。ビシッと構えていけよ?」

「わ、わかってるよ……っ」


 と言うラシードの声も若干震えていて、逆にプレッシャーがのしかかる……。


「この服ゴワゴワしてやだ。早く脱ぎたい」

「ウィニ、今我慢できたら後でごちそうが待ってますよ」

「ん。我慢する」


 いつも通りのウィニが王家が用意してくれた衣装に不満を漏らすが、マルシェに窘められてあっさりと引き下がった。

 ウィニの扱い方が分かって来たマルシェも、落ち着かない様子だ。

 こんな時でも普段通りのウィニって、もしかしてこの中で一番の大物なのかもしれない……。



「――以上が王家がこれまで伏せてきた真実である。…………そして、皆も気になっている事であろう、厄災ヨルムンガンドを討滅せし英雄達が誰なのかを」


 民衆の期待と歓喜に沸き立つ声が聞こえる。

 出番が……来る…………っ!



 そして王様は厚手の王のマントを翻して腕をこちらに広げて僕達に目を合わせて合図する。


「――さあ、厄災を屠りし英雄達よ、その雄姿を民に!」


 僕達は意を決して前へと足を踏み出す……

 一歩進む度に鼓動は跳ね、目がくらむような感覚で頭が真っ白になりそうだ!

 僕は心の中でひたすらに、落ち着けと繰り返し念じていた。


「…………!」


 僕が前に出て、次にラシード、サヤ、ウィニ、マルシェと続いて並んでバルコニーに出て行く。

 そして王様の横に並び立って、民衆を見下ろした。


 瞬間、民衆は息を飲んで、そして大歓声が上がる! それは波のように次々と広がっていき、街全体へと響き渡った!


 それは僕達が予想していた反応以上の大歓声だった。

 その大声に押されて一歩後ずさりそうになったが、隣にいる王様が力強く立ちはだかってくれていたお陰で踏みとどまれた。


 僕は必死に笑顔を作る。

 ……いや、無理して作ったんじゃない。自然に笑顔になったのだ。


 街の人達の笑顔が、そして皆が認めてくれる喜びに胸が熱くなったからだ……!


「そしてさらに紹介しよう! 彼等と共に戦った勇士達である!」


 王様が声を上げると、僕達の下の階のバルコニーに着席していたチギリ師匠達が立ち上がり、その隣に控えていた、戦いに参加した近衛騎士の人達は美しい敬礼を民衆に送る。チギリ師匠達もそれぞれ手を振ったりとしていた。


 王様が声を張る。


「――皆、見よ! ここに立つ彼等こそがヨルムンガンドを討滅せし者である!」

「「「おおお……!」」」


 民衆が一斉に声を上げる。

 王様が僕達を紹介していき、それぞれの名前を呼ぶ。

 そのたびに歓声が沸き起こり、僕達はそれに答えるように手を振ったり、笑顔で応えるのだった……。


 ――そしてとうとう僕の名前が呼ばれる。


「……そして皆大いに沸くがいい。――最後に、彼こそが! 秘してきた解放の神剣と共にこの地に舞い戻りし、勇者の末裔にして当代勇者……クサビ・ヒモロギであるッ!」


 瞬間民衆が一際大きなどよめきを発した。

 同時に人々の目に希望の光が宿るのを感じる。


 王様の言葉が民衆に届いた。

 それが確信に変わる時、僕の心に強い決心が漲っていった! この人達の笑顔を守ろうと、そう強く心に刻み込んだ!



「さあ、勇者よ、民達に希望の声を届けておくれ」

「……はい!」


 穏やかな声で王様は僕に告げ、僕は胸が熱くなる気持ちを抑えながらこれに応えた。もうこの時には、大勢の人に見られている事なんて些細なことで、先程までの緊張は彼方へと去っていた。


 僕は一歩前へ出て、街の人の顔を一瞥する。

 その明るい表情に力を貰いながら、大きく息を吸い込んだ。


「――皆さん! 僕の名はクサビ・ヒモロギと申します! 勇者アズマ・ヒモロギの血を引く者ですッ!」

「「「うおおおおおぉおおおっ!!」」」


 大歓声が巻き起こる! その声に背中を押されて僕は解放の神剣を抜いて空に掲げながらさらに声を張った! 剣の刀身が太陽の光に照らされ煌めいた。


「僕は必ずや魔族の脅威から人々を守ります! どうか僕を信じて下さいッ!! ――この解放の神剣に誓って!」

「「「おおおおお! 勇者クサビー!」」」


 人々は僕の声に応えて、力強く手を打ち鳴らし、万雷の拍手となって降り注いだ!

 僕は民衆に向かって満面の笑みを向ける。



「――皆の者! 勇者は帰還し、希望は灯りし! 皆の未来に幸あれッ!」

「「「おぉおおおおぉおおぉぉおおおおお!!!!」」」



 ――こうして僕は勇者を継ぐ者として、人々からの歓声に応えるのだった――。

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