目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

Ep.243 道は違えど心は共に

 ……やあ。こんな白一色の季節なのに、君は熱心だね。

 すまないね。私の友がいれば寒い思いをさせはしないのに。


 ん? 温かくしてきたから早く続きが聞きたいって?

 ははっ。心配ご無用、という訳か。逞しいことだね!


 わかった。では君が凍えない程度にしておこう。

 しばらく読み聞かせは早めに切り上げることにしよう。君が病気になったら大変だ。


 さて、少年は旅を経てついに勇者となったね。

 真実を追い求める少年の旅は終わりを迎え、使命の果たし希望となるべく進んでいく、勇者としての旅が新たに始まりを告げたんだね。


 希望を齎すため勇者は過酷へと目を向ける。その時代よりも人と精霊が身近であった精霊の時代へと……。



 さあ、これをお飲み? 温かいから。

 では続きを読むとしようか。












 無事に式典は閉幕し、街の熱気は冷めやらぬまま城下へ戻っていった。

 僕達はバルコニーの近くの控室で胸を撫で降ろしていた。今日は勇者の台頭を記念した祝賀パーティを開いてくれるそうなのだ。

 この前ご馳走になったばかりだというのに、なんだか悪いなと思いつつも滅多にない機会だからとご厚意に甘えることになった。


 ……ウチのパーティにも一人、それを心待ちにしているのもいるしね。


 それにしても、慣れない事をしてどっと疲れた……。街の皆の希望に満ちた顔を見たら緊張なんか吹っ飛んだけど、終わってみると安堵が大きく、それが疲労になってのしかかってきたんだ。


「大役、ご苦労だったな。」


 部屋でのんびり寛いでいると、チギリ師匠達が来て労いの言葉を掛けてくれた。


「ありがとうございます!」

「うふふっ! とっても立派でしたわよ~」

「うむ。皆凛として、まっこと天晴れでござった」


 チギリ師匠の後ろからアスカさんが顔を出し、続いて部屋に入って来たナタクさんが満足そうに皆を褒める。


「勇者サマ一行たァ、随分出世しやがったじゃねェか! がははは!」

 いつになくラムザッドさんも誇らしげで上機嫌だ。


 僕達をここまで強くしてくれた先生達だ。彼らとの出会いがなければ、今の僕はなかった。感謝の念がとめどなく溢れていた。


「ありがとうございます! 勇者の称号恥じぬ働きをしてみせます……!」


 先生達は僕の決意表明に、揃って頷いた。



 ――そこでさらに控室のドアが開かれる。その奥から出てきたのは、威厳を称えた衣装に身を包んだルドワイズ王だ。

 予想だにしない大物の登場に、僕達は驚きながら慌ててその場で膝をつく。


「よいよい、寛ぐがよい」


 王様の迫力のある衣装に対して穏やかな声が返って来る。

 その表情は、いつも見せない程に柔らかで優しげだった。


「もう間もなく宴の支度も整うであろう。その前に、其方らと話しておきたかったのだ」


 そのまま王様は立ったまま話し始める。


「サリアの手記には目を通した。クサビよ、其方らは解放の神剣の力を求めて中央孤島に向かうのだな?」

「はい。そこに居ると言う時の祖精霊に会って、500年前の時代へ行き、解放の神剣の力を取り戻す為に……」


 真剣な顔で訊ねた王様に、僕も疲労を隠して真剣に応える。

 王様は『ふむ……』と唸り、伏せ見がちに思考を巡らせた。時間を移動するというのだ。さぞや突拍子もないことに聞こえたことだろう。


「……そうか。時の祖精霊なる存在は、余も初耳であった。……よし、ならば中央孤島までの船は任せよ!」

「た、助かります! ありがとうございます、王様!」


「うむ。勇者への支援は惜しまぬ。……して、出発の日取りはもう決めているのか?」


 新たな目的が出来たということ、それは旅立ちの予感。

 慣れ親しんだマリスハイムを離れる時が近いことを、僕は思い出す。

 だけど魔王を倒す為、進み続けなければならないんだ。


「まだ決めてはいませんが、早い方がいいと思ってます」

「で、あれば聖都より東の港『シンギュリア』でいつでも出港出来るよう手配しておこう」

「何から何まで……ありがとうございます!」


 王様は満足そうに頷いて穏やかな眼差しを向けた。

 王様の後ろ盾を得た事は、この上なく頼もしく、感謝の気持ちでいっぱいになる。勇者を名乗ったことで、これからの旅はさらに過酷になるだろうが、それも皆で乗り越えていくんだと強く決意した。



「シンギュリア……。その港は我らがここへ赴く際に降り立った港だな。……我らの次の目的地は帝国だ。2日後にはここを発つつもりでいる。……また、別の道だな」


 と、チギリ師匠が告げる。

 その言葉を聞いた途端に僕達は師匠達との別れを意識してしまう。


 僕達もチギリ師匠も魔王の打倒という目的は同じだ。

 だけどそれぞれの道があり、目指すところは違う。

 道は、ここでまた分かれることになるのだ。


 本当は一緒に来て欲しい。まだまだ未熟な僕達を教え導いて欲しい……。


 そんな本音は、とても言えない。

 そんな情けない事言ったら、師匠達を心配させてしまうじゃないか。

 ……僕はもう、勇者なんだ。胸を張って旅立つんだ!



「……はい。師匠、アスカさん、ラムザッドさん、ナタクさん。ありがとうございました……! そしてまた道が交わる時にお会いしましょう……必ず……!」


 僕は精一杯の感謝を伝えようと深々とお辞儀する。他の皆も同じ気持ちのようで、それぞれ感謝を伝えていた。


 ……なかなか顔を上げられない。今の顔を師匠達には見せられないから。


「……ああ。必ず。また相まみえよう。我が弟子…………いや、同胞よ」


 チギリ師匠の優しい声が耳に心地よく届く。きっと今チギリ師匠は珍しく微笑んでくれているのだろう。視界がぼやけているから見られないのが残念だ。



「アスカさん、ナタクさんも、どうか体に気を付けて……!」

「ありがとう、サヤ。貴女の神聖魔術はさらに伸びますわ。研鑽を忘れずに、ね?」

「サヤ。そなたの剣で多くの人を守るでござるよ。離れようとも、心はいつも共にある」

「――はい……っ!」



「ラシードよォ……。次会った時には、もうちったァ歯ごたえのある奴になっとけよ?」

「おう! あっと驚くくらいになってやらぁ!」

「ふっ。楽しみだぜ。――おう、猫耳のウィニエッダ。俺の紫電を使う許可をくれてやる。やるからにはァ、思い切りぶっ放せよォ」

「ん。おっちゃんのひっさつわざ、もっと極めるね」



「チギリ様、……クサビの事、必ず守ります。この剣と盾に誓って」

「頼んだよマルシェ。互いに助け合い、誰も欠ける事無くまた会おう」



 それぞれが別れを惜しみ、再会を願っていた。

 僕も溢れる涙を抑えて、寂しさを吹き飛ばすように精一杯の笑顔を作る。


「……ふふ。王の御前だというのにこのような雰囲気になろうとはな。まったく、一周回って愉快だ」

「ふっ。たまには良い。だが余はこの辺りで退散するとしよう。……ではまた後程な」


 王様が気を遣って控室を後にして、それから師匠達と言葉を交わし、ようやく僕達を取り巻く寂寞の念も少しずつ薄れていった。



「――ああ、そうだ。これを渡しておかねばな」

「……? 師匠、これは……」


 ……チギリ師匠は、いつか見たことのある小さな勾玉のような物を僕に手渡した。詳しくは聞いていないが、確かこれは精霊具だと言っていた。


「アスカが開発した『言霊返し』という精霊具さ。これを持つ者同士でなら、遠く離れた場所にいようとも会話が可能となる」

「……ええっ! これが、あの!」


 これに魔力を通して念じれば、念じた相手が言霊返しを持っているならば、その人の元へ声が届くという画期的なものだ。

 そういうものがある、というのは知っていたが、これで離れている師匠達ともすぐに話せるということだ!


「これなら、離れていても寂しくないですね! ……あっ」


 しまった。つい本音が口をついて出てしまった。

 寂しいなんて言うつもりじゃなかったのに……!


「……ほーう? 皆、勇者様が寂しいと仰せだぞ?」


 チギり師匠がニヤリと意地悪い顔を浮かべている。

 こういう時の師匠の悪ふざけは厄介なんだよ……っ! しくじったなぁ……。そしてその悪乗りの必ず乗ってくるのは――


「あらぁ~、あらあらあら! それは大変ですわ~! ほらクサビ、こちらへいらっしゃい? わたくしがいい子いい子して差し上げますわ~」


 そう言ってアスカさんがこれまたニヤニヤと意地悪い表情で両手を広げ、お豊満な胸を揺らせて僕に迫る……っ!


「いやっ、大丈夫ですからっ!」

「ア、アスカさん! クサビを揶揄わないでくださいっ! ――ちょっとアンタ! 何赤くなってんのよバカァー!」


 二人の悪乗りを阻止せんと、サヤがの僕の前でアスカさんを遮るが、僕の顔を見た途端鬼の形相で首を締めに掛かった!

 結構な力だ……! し、しぬ…………皆笑ってないで……たすけ――――



 ――と、そこに祝賀会の支度が整った報せが届いて、僕はサヤの腕から解放されてなんとか事なきを得た……。知らせに来てくれた侍女さんがびっくりしていた。それはそうだ。ドアを開けたら勇者が首絞められてる光景だったんだから……。



 そしてその祝賀会は送別会にも、壮行会にもなり、皆で喜びと別れを分かち合うことができた。

 ……ちなみに僕はサヤのご機嫌を直すのに必死で、勇者を名乗った最初の思い出がこんなので、やっぱり僕は締まらないなぁ、と一人しみじみと思うのだった……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?