そして次の日がやって来た。
この街に滞在するのも一日。今日は旅の支度を念入りに整えようと思っている。
ところが、皆で集まって宿の朝食を取っていた僕達の前に、王城からの遣いが現れて、王様からの召喚状が届いた。
僕達は王様の呼び出しに応じて、急遽王城に向かうことになったのだった。
お城への昇降機を登って門をくぐり、演説の時に街の人が集まった広い庭園を真っすぐ進んでいく。
そしてマリスハイム城の中へと通された。
ここまで検問はなく、勇者と認知されているからか、完全に顔パスで、その扱いがどうもむず痒く感じた。
……ちなみにウィニは調子に乗ってドヤ顔していた。兵士さんが僕達に敬意を示してくれる度に『どやっ』って言ってたのはちょっと面白かった。
王城に入ると、既に王様が待っているというので、直ぐに王様との謁見に玉座の間へと案内されて、今は王様の前で膝を着いて挨拶をしていたのだった。
「良い、楽にせよ。急な招集に応じてくれた事感謝するぞ」
僕達は顔を上げて立ち上がる。
玉座の間には、玉座に鎮座するルドワイズ王の両脇には、ルイントスさんとソーグさんが控えていた。
ルイントスさんやソーグさんが同席しているということは、中央孤島への事ではなさそうだけど……。
そんな僕の疑問に答えるようにルドワイズ王が口を開いた。
「まずはクサビの勇者就任、誠に大儀であった」
「ありがとうございます!」
王様は満足げに頷いた後、すぐに表情を改めた。
「――では本題に移る。明日の其方らの出立に関してだ」
「はい。北門から帝国領を目指す予定です」
僕はルイントスさん達に視線を向けて答える。
「勇者一行の旅立ちであるぞ? 人知れず発つなど有り得ぬ。――よって明日、其方らの出立に際しての式典を執り行うぞ」
「し、式典……ですか?」
僕がルドワイズ王へ向き直ると、王様は鷹揚に頷いて言葉を紡ぎ始めた。
「聖都マリスハイムに勇者が降臨した。それはサリア大陸の者ならば誰もが知る由であろう。故に此度の旅立ちは大々的にする必要があるのだ。余の言葉の意味が理解できるな?」
「……はい。分かります」
王様は僕を見据えて厳かに告げる。
僕は王様の瞳の奥の真意に気付き、頷いた。
……おそらくこれはチギリ師匠の囮策の一環なのだ。
勇者が魔族討伐に聖都を出たという既成事実が必要ということか。
国を上げて大々的に送り出し、僕達が北門から出立するところをたくさんの人が見れば見るほど『勇者は帝国に向かった』という信憑性が生まれる。
そうすれば魔族を欺く一助になると考えたのだろう。
王様は詳細を話せぬこの場で、僕に真意を問うたのだ。
「うむ! …………では明日、北門前で其方らを盛大な式典で見送りたいと思う。皆の者、構わぬか?」
王様は威厳ある声で、僕達全員に問い掛けた。
「畏まりました!」
僕は皆を代表して返答し、仲間達は王様に跪き敬意を示す事で是の意を示した。
「――よし! では旅立つ其方達に、余から餞別を授けよう。激化する戦いへ向けて、我が国が誇る武具の数々ぞ! 各々装備を整えるが良い!」
「おおー」
「――っ! 恐悦至極にございますっ!」
「はっ! 有り難き幸せです!」
王様のご厚意を喜んで受けることにした僕達は、それぞれ感謝を述べた。これは僕達にとってもかなり有難い事だ!
「ではルイントス、ソーグよ。勇者一行に相応しき武具を見繕うのだ! ――では、明日全ての旅支度を整えた後、王城に集うがよい」
「はいっ!」
「ではご案内致します。こちらへどうぞ」
ルイントスさんとソーグさんが僕達に同行を促す。
僕達は王様に深く一礼して、玉座の間を後にするのだった。
そして、武具などが保管された宝物庫に案内された僕達は、二人の側近による装備の吟味が始まった。
今まで見たことのない数々の装備品がそこら中に飾られている。
「では剣士の方々は私が見繕わせてもらいますね。まずはクサビ様から」
「魔術師の方は私め、ソーグにお任せを」
様々な装備品の山に圧倒されていると、二人の王の側近から声が掛かる。
僕はルイントスさんに呼ばれて、彼のもとに進んだ。
「あの、ルイントスさん。僕に様なんて付けなくていいですよ……?」
「いいえ、駄目ですよクサビ様。君は勇者様ですからね。……でも今は誰も見ていませんし、ここでならいいですよ。……ではクサビ君! 装備を選んでいきましょう」
突然の敬称がなんだか嫌で、ルイントスさんに申し立てると、彼は一度は首を横に振ったものの、爽やかに微笑んだ後以前のように呼んでくれた。
共に戦った仲なんだ。様なんて付けられたら、なんだか距離が遠くなったみたいで嫌じゃないか。
そして装備を吟味すること、実に数時間が経過していた。
お昼の時間を訴えるウィニの腹の虫が鳴り響く中でも、側近の二人の熱の入りようには敵わず、部屋を出させてもらえない腹ペコのウィニは半泣きである。
……まあその後自分の装備が決まった瞬間、静止も効かず飛び出して行っちゃったんだけど。
そんな長い時間を掛けてようやく全員分の装備が決まり、僕達の装備は一新し、かなり充実していた。
武器に関しては、皆愛着もあり使い慣れたものというのもあるが、十分いいものを持っているので持ち替える必要はなかった。
僕は動きやすさを重視しつつ、防御性能を高めた感じに仕上がった。
主に白を基調としている中に青のラインが入っている。魔力が込められた生地を使用しているらしく、属性による防御にも優れているという。後は動きを阻害しない程度の防具を装着している。
今までのような東方文化らしいものではないが、デザインも好みで満足のいく結果となった。
サヤの防具は今まで通り黄色を基調とした東方文化に近いデザインの、僕と同じく動きやすい装備だった。僕よりも軽装のように見えたが、見た目以上の防御力を発揮するそうだ。
……ただ僕が気になったのは、ノースリーブの防具だったので、横から見えるサヤの豊かな女性の象徴の下らへんが僅かに垣間見えるのが……いや、なんでもない。
一目散に去っていったウィニの装備は、濃い紺色をベースにしたローブだったかな。前開きしたタイプのローブで、スカートにニーハイが垣間見えるという、ある層に受けそうな見た目だった。マルシェが言うには、魔術学校に通う生徒のようだという。……はしたないから、あの恰好は少し心配になってしまうなあ。
ラシードは以前よりもしっかりと体の部位をカバーできる組み合わせだ。重装よりの中装といった感じで、機動力も失われていないようだ。
魔力を含む銀製の鎧が映えて、下地の黒も相まってなかなかかっこよかった。
マルシェの装備は、青を基調とした祖国ファーザニアの軍服風の装備はそのままに、胸当て、膝当てや肘当てなど、所々を魔力を込めた銀装備を装備して防御性能を高めている。
それからマルシェが扱う剣だけは一般の剣と変わらない物だった為、保管されていた剣から一振り貰い受けた。
澄んだ青色の刀身は、『水霊石』という、水の魔力を内包した鉱石を用いて打った名剣。その業物の銘は『蒼剣リル』という。
「おお、素晴らしい! 勇者一行に相応しいお姿です……!」
装いを新たにした僕達に、ソーグさんが感嘆の声を上げた。
先ほどまで着ていた装備から数段グレードが跳ね上がった僕達は、まるで装備に着せられているような感覚だった。
「……これ本当に頂いちゃっていいんでしょうか……? 凄く貴重な品々なんじゃないですか……?」
王様からのご厚意を有難く受けたとは言うものの、さすがのサヤも無償で貰う事に抵抗があるようで、ソーグさんに遠慮がちに訊ねた。勇者という肩書だけで厚遇される状況に、僕も申し訳ない思いに駆られていた。
その反面、滅多にお目に掛かれない程の装備品を身に着けているという高揚感も、密かに燻らせていたのだけど。
「ご遠慮なさらず! ここで眠らせておくより、皆さんに使って頂いた方が装備品にとっても本望でしょう。どうぞお納めください」
「じゃあ……有難く頂戴しますっ! ありがとうございます!」
僕達は側近の二人にお辞儀をした。
今はまだ着こなせてないけど、いつか必ずこの装備にも相応しい人間になってみせますから。
「その勇壮たる姿で、世界の人々に希望を与えてください」
ルイントスさんはそう言うと、手本のような綺麗な敬礼を僕達に贈った。
「……はい! では明日の旅支度を済ませてきますので、これで失礼しますね。武具をありがとうございました!」
「王にも喜んでいたとお伝えしておきますね。では皆さん、また明日お会いしましょう!」
装備を整えた僕達は城を後にして、城下へ降りる。
皆、まだ見慣れぬ新しい装備を、物珍し気に眺めながらこれからの旅への意欲を高めていた。
いよいよ明日はここを発つ。その準備をしっかりと行うべく、僕達は街へと繰り出すのだった。