新たな一日の幕開け、その空は蒼天。
僕達は今日、聖都マリスハイムを旅立つ。
それは未だかつて誰も成し得ていない、時を越える旅。
――魔王を討ち果たす為、必ず成し遂げなければならない。
世界に勇者の存在は公表され、魔王への反撃の楔は打たれたのだ。
既に賽は投げられている。
随分とお世話になった宿の、最後の朝食を取る。
皆心なしか会話が少なく、食べ慣れた朝食を味わって食べていた。
……この街を去る寂しさが心に忍び寄ってきているのだろうか?
僕は気持ちを入れ替えようと、大きく息を吸った後、皆に声を掛けた。
「それじゃあ旅支度をして集合しようか! 忘れ物ないようにね!」
「――おう!」
「……はいっ!」
「ん!」
「ええ!」
皆の返事が揃うと、僕達は席を立って部屋へと向かった。
「おじさん、ありがとうございました!」
「おお! こちらこそありがとうな! これからは『勇者様ご一行が泊まった宿』って宣伝していくとしようかねぇ!」
「あははっ! なら、私達も活躍しなくちゃね!」
長い間お世話になった、宿の主人のおじさんにお礼を告げた僕達は、笑顔で宿を後にした。
そして馬車に荷物を載せて、馬のアサヒを連れて王城まで移動を始めた。そこで集合する手筈となっているのだ。
やがて馬車を連れた僕達は王城に到着した。
庭園まで来ると、既に王様が、ルイントスさんやソーグさん、そして近衛騎士達が集まっていた。
騎士達の中には、ヨルムンガンド戦で一緒に戦った顔も見受けられ、互いに目配せで軽い挨拶を交わした。
「王様、お待たせしました!」
「うむ。今日は旅立つには良い日和となったな」
僕達は王様に挨拶をすると、普段よりも柔らかな物腰で返してくれた。
そして、僕達の馬車まで歩を進め、アサヒを眺める。
「……ほう、良い馬だ」
「ありがとうございます! アサヒは私達の仲間なんです!」
王様はアサヒを優しく撫で、サヤは嬉しそうにアサヒに手を添えた。
「そうか。ならばこの者にも相応しい装いが必要であろう! ――誰ぞ、馬装を用意せい!」
「はっ! 直ちに!」
王様は命令を飛ばし、ソーグさんが規律の整った敬礼をした後、近衛騎士数名を連れて城内へと足早に戻って行った。
「えっ! ……お、王様、宜しいのでしょうか……?」
「無論だとも、サヤ・イナリよ。旅の無事を祈る手向けとでも思うておくがよい」
「あ……有難うございます! アサヒも喜びますっ!」
サヤは跪いて最大限の礼を表すのだった。
王様はその様子に穏やかな表情で頷いていた。
そして間もなくソーグさんが近衛騎士達と戻ってくると、彼らの手には美しい装飾が施された馬装が運ばれていた。
アサヒは早速それを装着してもらった。
「おお……!」
アサヒの全身には青を基調とした煌びやかな防具が装着され、白銀の飾りが鮮やかさを際立てている。
アサヒは嬉しそうにぶるるると嘶くと誇らしげに佇んだ。
よかったね、アサヒ。凄く立派だ。
その後、式典の段取りの説明を受けた。
式典はここから始まり、まず王様が民衆に向けて軽い挨拶を行う。
僕達は合図を受けたら馬車ごと昇降機に乗り込み、城下へ降りていき、北門へと騎士達が列を成した道を凱旋するかのように通って、人々の声援を背に受けながら旅立つ。
という流れだ。
……なんとも壮大な状況にしてくれたもんだ。なんだか恥ずかしくなってしまいそうだ。
でも、僕は勇者なんだ。新米勇者なりにも悠然としてなければ!
と、波打つ鼓動を落ち着かせるように言い聞かせた。
もうすぐ式典の開催の頃合いだ。
僕とサヤは馬車の御者席に並んで座り、アサヒの手綱はサヤが取る。そしてマルシェとラシードが馬車の両側面に、ウィニは……何故か馬車の屋根に上っていた。昼間はそこが一番あったかいから。という理由らしい。こんな時でもウィニは本当にブレないね……。
「そろそろであるな。勇者クサビと仲間達よ、こうして近くで話す時間も終わりだ。余は其方らの無事と、武運を祈ろう」
昇降機の前で、ルイントスさんとソーグさんを従えた王様が振り返り、僕達に温かな眼差しを向けてくれた。
式典が始まれば、僕達は街中の人達に見送られながら街を出ることになる。
王様と言葉を交わす最後の機会となっていた。
「数々のご温情、本当にありがとうございました! 魔王を倒し、必ずそのご報告をしに参ります……!」
「うむ。チギリ・ヤブサメらの思惑が成せたなら、程なくして各国が抱える戦力を結集することになろう。――世界は其方らの味方ぞ。それを努々忘れるでないぞ」
王様がまっすぐに僕を見据える。それは旅立つ僕達にとって、心強い眼差しだった。
「――はいっ!」
「うむ! ……では、勇者の旅立ちとゆこうぞ」
「はっ。――クサビ様、皆様もご壮健でありますよう」
「――クサビく……様、皆さん! またいつでも聖都へ来てくださいね!」
そう言うと王様は踵を返して、側近二人と共に昇降機に乗り込んでいった。
城下では既に歓声が湧き、人で賑わい出していた。
皆が勇者を見送ろうと集まっているのだ。人々の期待が僕の心の奥深くを打ち、熱い想いがこみ上げる。
皆の為に僕は戦うんだ。
そして王様の演説する声が、拡声の精霊具を通して街に響き渡った。
「――――今、魔族領に隣ずるリムデルタ帝国、並びにファーザニア共和国が魔族の侵攻を受けておるのは皆も知っておろう。いつ我が国の領土が侵されるとも知れぬ混迷の世において、一筋の光がこの地より誕生した!」
民衆の歓声が一際大きく木霊する。
「勇者殿、お進みください」
「――はい! ……サヤ、お願い」
「ええ!」
馬車の御者席に座っている僕に、横から近衛騎士の一人が合図を知らせてくる。サヤは馬車をゆっくりと進ませて、僕達は昇降機に乗り込んだ。
すると、昇降機が起動し、徐々に下に降り始める。
その時――。
「――勇者様ご一行にッ! 敬礼ッ!」
――――ザッ!――――
その声と一糸乱れぬ甲冑の音に振り向くと、近衛騎士さん達が見惚れる程に見事に揃った敬礼を僕達に向けていた。声の主は、厄災戦で共に戦った近衛騎士の中の一人だった。
僕達はそれに精一杯の笑顔で返した。
「――そして今日! 勇者アズマの血を引き、解放の神剣を携えし勇者とその仲間が聖都より旅立つ!」
昇降機から降りる途中、見たことのない光景が眼下に広がっていた。
埋め尽くされるほどの人達。北門までの道を、白銀の鎧を身に纏った騎士の列で道ができ、騎士達の後ろにも街の人達が、僕達が通るのを今か今かと待っていた。
世界はこれほどに勇者を渇望していたのだと思い知らされる。
そんな僕の中に沸き上がってくる感情が、不安ではなく決意だった。
必ず魔王を倒すという決意だ。
「――さあ、皆にもあの雄姿が見えてきたであろう! 彼らの名を胸に刻むがよいッ!」
王様の言葉で、こちらに無数の視線が向いたのを感じ、一瞬胸が圧迫されたような錯覚を覚えた。
「まずは勇者を支える仲間達! ――ラシード・アルデバラン! ウィニエッダ・ソバルト・カルコッタ! マルシェ・ゼルシアラ! サヤ・イナリ!」
「おおおおおーーーっ」
街の人達の大歓声が響き渡り、仲間達はそれぞれ思い思いに応えていた。
ラシードへの歓声にはさりげなく『女癖の悪さなんとかしろーっ』というヤジが混ざっていたのは聞かなかったことにして、ウィニには主に料理屋を営んでいる人達からの声援がとくに大きかった。おいしそうに食べてくれるからか、そんなところが街の人に愛されていたんだな。
マルシェへの声援は男女ともに多く、本人が一番驚いていた。人目に慣れず、目を逸らしながら手を振る姿には更なる声援が飛び交っていた。
サヤへの声援は爆発が起きたかと錯覚する程の激しさだった。サヤは良く街の人とも交流し、普段の気さくさの反面、その凛とした雰囲気は街の人達に受けがよく、その美貌と相まって歓声は凄まじかった。
「――そして! 勇者アズマの血を継ぎし希望を齎す今代の勇者、クサビ・ヒモロギ!」
「「「――――――――――ッッ!!!」」」
言葉かも分からぬほどの凄まじい大歓声が嵐のように巻き起こる。
何千、何万の歓声が一気に注がれ、体が打ち震えているのを感じる!
その声一つ一つに、僕達への期待と、平和な世界の渇望の意思が込められていた。
この震えは恐怖ではない。その思いを受け止めた僕の体が、決意によって震えているのだ。
それは言うなれば、魔王に対しての武者震いだ!
「うおおおおーーー!」
気が付けば僕は、拳を高く掲げ声を張り上げていた。
街の人皆が僕達の背中を押してくれている……!
それがどれ程に嬉しいことか言葉に出来ず、叫ぶことでしか返せなかったんだ。
「――皆の者! 勇者一行、希望の黎明の門出ぞッ! その雄姿を目に焼き付けるがよい!」
そして昇降機は城下に到着し、僕達は北門に進み出した。
騎士が道の左右に整列して道となり、その間を馬車は進んでいく。建物の窓からや、騎士の後ろでは沢山の街の人達が絶えず僕達に手を振って声援を送ってくれていた。
「クサビさーーん! みなさーーーん!! いーってらっしゃぁーーい!!!」
「体にーー! 気を付けてくださーーーいねーーーー!!」
道から耳覚えのある元気な声が聞こえた。この元気溌剌な声は、ポルコさんとカルアさんしかいない!
僕達は皆揃って、ぴょんぴょんと跳ねて手を振るオッティ夫妻に笑顔で手を振って応えた。
馬車は着々と北門に近付いていく。
その間にも、僕達に向けての声援が飛んできた。
「――ウィニちゃん! また食いに来てくれよな! もっと上手いの用意して、待ってるからなっ!」
「ん! ぜったい食べにいく! ばいばい」
「ラシード! 負けっぱなしのままじゃいられねえだろ!? いつでも相手してやっから、無事に戻ってこいよなぁ!」
「――ったりめぇだ! 今度は全額賭けてふんだくってやっから待ってろよッ! ……ははっ」
「おねーさーん! この前は助けてくれてありがとう! 行ってらっしゃい! また来てねーっ!」
「……あ、ありがとうっ!」
「いってらっしゃい、サヤちゃん! 本当に助かったよぉ~! 必ずまた顔を見せに来ておくれよ!」
「ありがとう、おばさん! 必ずまた会いましょう……っ」
「クサビさん、皆さん、いってらっしゃいっ」
「みんなーっ! ふぁいとーーっ!」
「きを~つけてぇ~~~」
「クサビさん……! どうか、ご無事で……! 皆さまもっ!」
歓声に紛れて声が届いた。その声を探り当てた方向を向くと、エピネルさん、イルマさんにアリンさん、姉の隣に妹のルピネルさんが。そしてその隣にはギルドマスターのレドさんが僕達の門出を祝ってくれていた。
「皆さん! ありがとう……! 行ってきますッ!」
僕は5人に声を張り上げて手を振った。
終始無言のレドさんは、僕をしっかりと見据えて強く頷いていた。そして笑ってくれた。
そして馬車はついに北門へと辿り着き、馬車の歩みを止めまいと門が開かれる。
「今、勇者は旅立った! これより人間の反撃は始まるのだ! ――聖女サリアよ! 戦いに赴く彼らに祝福を!」
「皆さんッ! 行ってきます…………!!」
王様の言葉に続く歓声に、僕は感極まって溢れそうになる涙を堪えながら、精一杯に手を振り声を張り上げた。
そして馬車は北の門を通過し、サリア湖に掛かる長い橋を渡っていく。
後ろを振り返ると、開かれた門には騎士が整列し敬礼を向けていた。
橋を渡り切った頃、マリスハイムの門は遠く、それでも未だに開かれた門の奥からは歓声が鳴りやまずに勇者の旅立ちを祝い続けるのだった――――
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜
第7章『勇者の伝承』 了
次回 第8章『精霊の祖』