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Ep.251 Side.C 魔族の思惑

「――あー、あー……師匠! 聞こえますか?」


 我らが聖都を発ち、帝国領へと進んでいた旅路の途中、夜の野営にて体を休めようとしていた矢先の事だった。

 我が弟子にして同胞、そして勇者を継いだ少年の声が、伝声の精霊具『言霊返し』を伝って発したのだ。


 クサビの活気を帯びた声色からは、用件は問題発生の報せというわけではなさそうだ。

 我は応答するために言霊返しに魔力を注ぐ。


「クサビか。良く聞こえるよ。どうしたのだ?」

「この精霊具は凄いですね! 本当に師匠と会話できるなんて!」


 クサビは嬉々として語る。まったく、子供のようなはしゃぎようじゃないか。ふふ。


「――あ、そうそう。僕達、目立つことなく無事に中央孤島へ向かう船に乗れましたよ!」

「ほう。順調のようで何よりだ。こちらはまだ王国領内だよ。この大陸は広い。帝都へは早くてもう2週間は掛かるだろう」


 勇者一行の旅路は順調。だが、ここからが正念場だ。


 なにせここからは誰も成し得たことのない、時の祖精霊とやらを見つけ出し、時間を遡るという前代未聞の事象を経なければならないのだ。

 それは人間よりも長く生きる、耳長人の我にとっても知識の外のことだった。


 そしてその旅には我らは同行する事能わず、彼らだけで成し遂げる必要があった。

 だが厄災とも渡り合った彼らならばと、我は信じているのだ。



「……して、用件はそれだけかな?」

「あ、はい。……本当は師匠の声を聞きたかったっていうのもありますけど……あはは」


 勇者を継ぐ少年は愛らしく笑う。

 慕われるというのも悪くない。我は思わず笑声を吐き出した。


「ははっ! あまり魔力の無駄遣いをするものではないぞ? 今日はもう遅い。しっかり休むんだ。いいな」

「……はーい。わかりました。――では師匠達もどうかお気をつけて! またご連絡しますね」


 クサビは名残惜しそうに返答し、おやすみなさいという言葉を残すと、言霊返しからは何も聞こえなくなった。



 我は荷物袋を枕に寄りかかりながら物思いに耽る。


 クサビ達はこれから未知の苦難に直面するだろう。……そして我らも。

 今度ばかりは命を落とすかもしれん。それ程の相手に向かわなければならないのだ。

 だがそれも全ては世界の希望を紡ぐ為。

 その為にこの囮の役割を全うしてみせよう。


「……さて、そろそろ眠るとするか」


 我は身を横たえ、目を閉じ眠りについた…………。




 ――――翌日、我ら4人は帝国領への旅路を急いでいた。

 道中で遭遇する魔物は我らにとっては雑魚同然で、問題なく対処できる。だが、この地に住む者にとっては生死を左右する程の脅威だろう。


「……人の気配はござらぬな」

「クソがッ! 魔物が好き放題やりやがってッ!」


 途中立ち寄った集落に訪れた我らが目にした光景は、なんとも無惨なものだった。人の暮らしの形跡のみを残し、そこに暮らす者達の姿は皆無であった。

 この集落は魔物に蹂躙されて滅んで既に時が経ち、集落の者達の亡骸は魔物や獣によって食われたのだろう、もはや何処にも見当たらなかった。


「……帝国に近付くにつれて、治安を維持する騎士様が足りない状況の結果が、これですわ……っ」


 アスカは握り拳を震わせながら臍を噛む。


 帝国での戦闘が激化の一途を辿る昨今、神聖王国からも少なくない数の騎士が援軍に出ていた。その影響で本来集落を守る者達が足りなくなったのだ。

 そしてそこに付け込まれて魔物の襲撃を受けたのだろう。

 おそらく救援の依頼をギルドにも領主にも伝える余裕など無かったのだと推察する。



 ……生命のないこの地にはもうすべきことはない。

 我らは早々にその場を後にした。




 それから我らは数日を進んだが、悲劇は留まるところを知らない。

 帝国領に近い神聖王国北部の地では、先日立ち寄った集落のように魔物に蹂躙されたとみられる集落跡が散見された。


 神聖王国領の北とはいえ、ここまで影響が出ているとは……。帝国領内の集落はどうなっているのか。

 ……押し込まれているのは前線だけではないようだな。思いの外帝国は追い込まれている。もしやファーザニア共和国も同様の事態に……?


 ……急がねば。


 道中、共に運命を征くアスカ、ナタク、ラムザッドもまた、凄惨な光景を幾度と目の当たりにして我と同様の危機感を抱いたのか、口数は異様に少ない。


 ラムザッドに至っては魔族への憎悪を募らせ、その黒き毛並みを逆立てて、チリチリと放電し激情を隠せずにいる。我らが向かう先を睨みながら無言で歩を進めているのだ。

 彼の抱く怒りは、我ら全員が共有する感情だった。



 それから我らはさらに北へと距離を稼ぐ。街道を進んでいても魔物と遭遇する頻度が増えてきていた。

 一時間歩けば2、3度は魔物に遭遇する。どれも大した敵ではないがこの頻度は異常だ。

 そして退治した魔物は全て黒き塵へと還る。ここらで瘴気に晒された生物が魔物化した準眷属ではなく、瘴気濃度が高い場所で生まれた眷属であるということだ。


 そのような条件が揃う場所は稀だ。

 瘴気を取り込みやすい地形か、もしくは充満した瘴気で漆黒のみが存在する魔族領かだ。



 我は歩きながら思考を巡らせる――。


 ――眷属は世界中に散らばっているが、戦火に見舞われていない神聖王国領でここまで多くの眷属が蔓延っているなど普通は考えられない。


 ……以前、花の都近辺で遭遇し討滅した知性を有する魔族は、クサビを、もとい解放の神剣を捜索する任を受けていた。

 ともすれば、先ほど撃退した眷属らもまた、何かしらの指令を受けてここまで流れてきた可能性がある……。


 ……クサビが勇者を名乗った事が知られたか?


 ――いや、早すぎる。仮にそうだとしてもまだ数日しか経っていない時点でもうここまで眷属を送り込んでいるなどおかしい。


 以前から潜んでいたか、ただ帝国領から流れてきたのか。

 どちらにせよ、凶兆の前振れのような予感が拭いきれない。


 …………一番あってはならないことは、もし奴らが、既に世界中の各地に大群が潜み、今も虎視眈々と街や人をに狙いを定めているとしたら。


 ……帝国と共和国への侵攻を激化させることで人類の目を向けさせ、裏では眷属の大群を人類の支配地域の奥深くまで密かに送り込んでいたとしたら……。




 ――囮に引っかかっているのは、我ら人類の方ではないだろうか。


 我が背筋が凍り付くような感覚を覚える。

 ……思い返せば、ウィニの故郷カルコッタの集落が、突如魔物の大群に襲撃を受けたのも異常事態だ。

 そしてあれらももれなく黒き塵となった。つまり眷属だ。


 あの時は先を急ぐあまり深慮せずにいたが、思えば何故突然あのような大群が、東方部族連合の奥地に居たのか。

 あれらは陸地で活動する魔物だった。海を渡ったのではないとすればどうやって……。まさか帝国領から神聖王国へ、そしてグラド自治領の砂漠地帯を、ぐるりと回って来たとでも言うのか。


 我の抱いた危機感が増大していく。脳裏に浮かんだ仮説が現実味を帯びてきたからに他ならなかった。



「――――チギリ? ……チギリ!」

「――ッ! ……すまない。しばし思考していた」


 アスカの呼ぶ声に我は思案を中断する。


「一体どうしましたの……? 珍しく顔が真っ青ですわよ……」


 アスカが心配そうな表情で我を案じていた。

 今、我が抱いた危機感を、そして最悪の可能性を皆に共有すべきだ。

 そして、たとえ取り越し苦労であったとしても、最悪の事態への布石を打つべきだ。


「……皆、聞いてくれ――」



 我は皆に、魔族が目論む一つの可能性を話した。

 それを耳にした皆は目を見開き、眉間が険しく寄っていた。


「――ま、まさか……。いえ……そんな……でも…………っ」


 アスカは思考の渦中にいるように自問自答を繰り返している。

 思い当たる節があるのだ。否定できずにいた。


「チギリ殿の言う事が真実であるならば、早急に手を打たねば手遅れになりかねぬでござる……!」

「魔族にも頭の回るヤツがいるッてのかよッ。だとしたらマズイぞ」


 ナタクとラムザッドもこの可能性の重大さを理解している。


「若干の予定変更だ。各地に魔族の大群が潜んでいる可能性があるとして、我らは動く。その為にも早急に帝国へ赴かねば!」

「応!」

「ああ……ッ! 俺らに出来る事をやるしかねェ!」

「さしあたって、わたくしはリリィベル大統領とルドワイズ王に、言霊返しで伝えますわ!」


「帝国の同意を待ってからでは後手になる。可能な限り諸国で冒険者に依頼を発行できるかも掛け合っておいた方が良いだろう」

「この局面で難色を示すような皇帝様ではありませんわ! 計画を進めましょう!」


 アスカが慌ただしく精霊具を取り出して話し始めた。


 ……世界の均衡が崩れるのは、我が想定しているよりも近い将来かもしれない。

 そんな悪い予感に、胸騒ぎを抑えられずにいたのだった。

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