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Ep.252 軍船から見たもの

 青い大海原を、黒い豪壮な一隻の艦が海を掻き分けて突き進む。


 シンギュリアの近くに停泊していた、アラン・メルトリュー剣少将が艦長を務める軍船に乗り込み、中央孤島へ向けて航海中だ。


 港では商船に扮していた船体やクルーも、海に出てしまえば身分を偽る必要はなく、皆軽装ながら、立派な騎士の姿になっていた。

 アランさんも同様だ。白い軍服を身に纏い、同じ色の軍帽を深く被り、目にかかる程に長い前髪から覗く鋭い目つきが、歴戦の軍人の貫禄を放っていた。



 アランさん達と合流した僕達は、その日の夜に密かに出航した。


 そして一夜明けて臨む、初めての光景に僕の胸は躍ったのだ。

 見渡す限り真っ青で、何処までも広がる海。青い空に相まって海の青さはより濃く映え、そこに太陽の光に照らされた水面がキラキラと輝いている。


 美しい景色に感動を禁じ得なかった。

 旅の目的とはかけ離れた感情だったが、今この時だけは素直に心が動いた。


「――どうですかな。海の旅は」


 感動する僕に並び立ち声を掛けてきたアランさんに、満面の笑みのまま振り向いた。


「とても綺麗です……! こんなにも海が煌めいて……。僕初めてなんです!」


 艦に乗るのも初めての経験だったが、海に囲まれた光景も初めてで、感動のままに応える。以前砂漠を泳ぐ砂上船なら乗ったけれど、砂と海とではまた感覚が違うのだ。


「はははっ。初々しいですな。私達第5騎士団にとってはもはや日常の光景ですから、勇者殿の反応を見ていると、昔を思い出しますぞ」


 アランさんは穏やかな声で微笑む。


 物腰の落ち着いた人だ。

 だが、部下に指示と飛ばす時の姿は、数々の経験を経てきた軍人らしい威厳を放っていた。


 アランさんはサリア神聖王国に長く仕えてきた生粋の軍人さんだ。

 彼が率いる第5騎士団の任務は海上の治安維持が主だ。海洋戦術を得意とし、海から侵入する魔物の防波堤として機能していた。


 将官という高い地位に君臨しながらも前線で味方を指揮し、武器を振るって鼓舞する姿に、多くの騎士の憧れとなっているそうだ。


 若輩の僕に対しても丁寧な口調で接してくれる。


 僕はアランさんに渋くてかっこいい大人の男性という印象を受けた。きっと同性からも多く慕われている事だろう。



「中央孤島まではまだしばらく掛かりますが、ご安心召されよ。魔物の襲撃があろうとも我が騎士団が全て撃滅して御覧にいれましょうぞ」


 アランさんの心強い言葉に、僕は一切の不安も抱かなかった。


 というのも、この軍船も凄いのだ。

 僕の知識では良くわからないけど、この艦には左右に3つずつ、艦の外側に向けて魔術を放てる精霊具が搭載されているらしい。その精霊具に魔力を流すと、その中で魔術に変換され、強力な魔術を外敵に放つ事ができるのだという。


 そして極め付けは、船首に搭載された精霊具だ。

 これは原理は左右のものと同じだが、この中央の精霊具は特別製で、絶大な威力の魔術を放つという。その直撃を喰らえば、海の破壊者として恐れられるクラーケンですら一撃の下葬り去るという。


 ……よくわからないけど、とにかく凄く強いんだろう。


 第5騎士団はこの艦と同様の艦をあと2隻保有しているそうで、僕達に同行しているのはこの一隻となる。


 こんな頼もしい艦を付けてくれるなんて……。王様には頭が上がらないよ。



 その後も海を眺めながらアランさんと会話を楽しんだ。

 中央孤島までは最低でも一週間は掛かる見込みだそうだし、アランさんやクルーの騎士達と親睦を深めることにしよう。


「――それでは、クサビ殿、私は職務がありますのでこれにて。何かあれば遠慮なくお申し付けください」

「アランさん、ありがとうございます」


 アランさんはビシッと敬礼し、長尺のコートを翻して船内へと去っていった。


 すると入れ替わるようにサヤがやってきて、僕を見つけて駆け寄って来た。


「サヤ、お疲れ様」

「ありがと。こっちはひとまず落ち着いたわ」


 サヤは僕に笑みを返した後、少し困ったような表情で手を仰いでいる。

 というのも……。


「マルシェ、船苦手だったんだね……。すごく青い顔してたから焦ったよ」

「私もよ……。回復を掛けてあげたら少しは楽になったみたいだけど、その場凌ぎにしかならないわね。今は眠ったようだから大丈夫だけど……」


 サヤはさっきまで、酷い船酔いに悩まされるマルシェの介抱をしていたのだ。マルシェは自分の醜態を見られたくなかったのか、着いてくれるサヤを残して皆は外に行ってて欲しいと、ぐったりしながら懇願していた。


 そういうわけで僕は甲板に出たわけなのだが、マルシェを差し置いて景色を楽しんでしまった。今更ながら罪悪感が芽生える。


「他の皆は?」

「ラシードはそこらへんの騎士さんと話してたよ。ウィニは船を探検するってどっかいっちゃった」


 ラシードはこの艦にいたく感動していた。あちこちで騎士さんに声を掛けては、これはなんだ、あれはどんな仕組みだと興奮しながら聞いて回っていたよ。


 ウィニはしばらく僕と一緒に甲板に居たけど、見ていたのは海の景色じゃなくて、海を泳ぐ魚だったみたい。見ていても食べられるわけじゃないと悟ったのか、飽きて船内を探検すると言って消えた。


「……もう。マイペースなんだから。二人とも他の騎士さんに迷惑掛けてないといいけど……」

「ははは……」


 ……多分手遅れかも。



 僕とサヤは並んで外の景色を眺めていた。

 意気揚々と進む艦に掻き分けられた水の音や、潮の香りを運ぶ風。そして蒼天をひっくり返したように青い大海原!

 水平線の向こうも輝いて見えるのだ。


 いつまでも見てても飽きない、素晴らしい景色だ。


「綺麗ね……」


 サヤも海を眺めながら感嘆の声を漏らして穏やかに微笑んでいた。

 僕は、そうだね、と言おうとサヤの方を見た瞬間、言葉を失ってしまった。



 海の景色よりも綺麗な光景に目の前にあって、僕はそんなサヤの横顔に目を奪われていた。

 潮風で靡く、綺麗な赤いサイドポニーテールの髪も、景色を見て目を細めるその瞳も…………。


「……うん。…………綺麗だ」


 何に対してなのかはサヤには伝わるまい。

 でも僕はこの瞬間、確かに誓った。


 この美しい世界と、いつも僕の隣に居てくれる大切で、掛け替えのない女の子を守ろう、と。

 ……そしていつか世界が平和になったら、この事あるごとに湧き上がる想いをちゃんと伝えよう、と。

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