中央孤島へと向かう航海は、早くも3日目に突入していた。
この頃にはアランさんや他の騎士さん達とも打ち解けていた。
その大きな貢献をしたのはラシードだ。ラシードが絶えず騎士さんとの交流をしてくれたというのもあるし、この艦に興味を示した事で意気投合したようだ。
……まあ女性の騎士さんにはラシードのノリはあまり受けなかったみたいだけどね。でもラシードは友達ならすぐに作ってしまうから凄いな。
マルシェの船酔いも、当初に比べたらだが少しは出歩けるくらいには緩和されたようだ。それでもまだ油断すると青い顔しているので注意が必要だ。なるべく外の空気を吸うように心掛けているという。
そしてウィニだけど、いつの間にか艦のコックさんに気に入られていて、いつも味見と言う名のつまみ食いを目当てに船内の食堂で度々目撃されるようになっていた。
そこに訪れる騎士さんから食べ物を恵んでもらったりと可愛がられ、見た目が影響したのか、密かに人気のようだ。
……顔だけで言ったら確かに可愛いけれど……僕はそんな風には絶対見れない。侮ってはいけない。ウィニの底なしの食欲というものを……。
サヤも人当たりがいいから、船内で過ごす時間も充実しているみたいだ。
もちろん僕も充実している。
騎士さんと一緒に訓練に励んだりして仲良くなったり、アランさんからも戦いについて色々を興味深い話を聞けたりと、あっと言う間の3日を過ごした。
ここまでの航海は、順調すぎるくらいに進んできていた。
しかしそれは嵐の前の静けさなのか、異変は突然現れた。
目的の島を目指して突き進んでいた時、辺りが急に深い霧に覆われたのだ。
即座に異変を察知したアランさんが大声で指示を出した。
「……むっ!? ――艦を止めろッ! 全隊周囲を警戒だッ!」
アランさんの命令の後、すぐに艦を止める為の精霊具を作動させると、艦は完全に停止した。
辺り一面何もない海域で突然深い霧を包まれ、妙な静けさが立ち込める。
数メートル先すら見えない濃霧に、騎士達は抜剣した状態で周囲の警戒を強めた。
甲板の中央、船内への扉の前にいた僕達は武器に手を添えながら構えて気配を探る。
晴れ渡っていたはずのところに突然の霧だ。僕はこの妙にヒヤリとする不気味な霧には、不快感を覚えていた。
そしてアランさんが僕達の所にやってきて、パーティの皆が集まったのを確認すると事態の説明を始めた。
「クサビ殿とご一行殿。この霧は自然発生した霧ではありませんぞ。『フェロシャーコル』の襲撃の前触れです。注意召されよ!」
「フェロシャーコル!? それはどういう魔物なんですか?」
サヤが周囲を警戒しながらアランさんに訊ねる。
「フェロシャーコルは一つの魔物に非ず総称であります。奴らはかつて、海賊と呼ばれたならず者の成れの果て。船ごと瘴気に取り込まれ魔物に成り下がった群体なのです」
「船ごと……っつー事は、乗組員も居たはずだよな。……群体ってのはそう言う事かッ」
相手は魔物化した元人間……。それも大勢だ。
「……こんな海に瘴気のたまり場があるのでしょうか……? どうしてその海賊は瘴気に吞まれてしまったのでしょう」
マルシェが疑問を声色に乗せる。
確かに広い海に瘴気が溜まる場所があるのかは疑問に思うと、アランさんがそれに回答する。
「推察ではありますがおそらく、愚かにも魔族領に近付き過ぎたか、もしくは誘い込まれたか……でしょうな」
何もかもが黒く染まる魔族領は、瘴気の溜まり場どころかもはや瘴気そのものだ。そんなところに足を踏み入れようものならば、たちまち魔物に変貌してしまうだろう。
そういった生き物の成れの果てが魔物の正体で、瘴気は命を持たない物体にも、時には邪悪な意思を宿すという。
「なに、安心召されよ。我らは海を主戦場とする軍人ですぞ。悪しき海賊などに遅れは取りませぬ。――総員、白兵戦用意ッ!」
「「おおーーーっ」」
アランさんは明朗で高らかに告げると、周囲の騎士達が鬨の声を上げた。
騎士団の士気は高い。
「我らが敵の位置を探ります故、皆様は互いの姿を見失わぬようご留意を!」
「はいっ! 皆いるね? 周囲を警戒しよう!」
「ん! 嫌な気配いっぱい……!」
「おう! だがこの霧じゃ船内も満足に見渡せねぇ! はぐれんなよ!」
「そうね! 油断しないでいきましょう……!」
「皆さんは私が守りますっ!」
仲間達の返事が返って来る。
僕達は臨戦態勢を取って周囲の様子を慎重に探る。
すると、微かな水を音が聞こえてきて、それは徐々に近くなってくる。
何かが水を掻き分ける音だ……!
「……っ! 両側からくる!」
猫耳を忙しなく動かしていたウィニが叫んだ。
――と同時に艦に衝突音と衝撃が走り、大きく揺れる!
「――うわぁっ」
「む!? 両舷から同時だと……! 直ちに迎撃ッ」
深い霧の中に騎士達の気合の入った声と、それとは別の声が交じる。
金切り声のような奇声ともいうような叫びだ。
それは明らかに人から発せられた声ではなかった。
そして艦の左右で怒声は剣戟の音が響き渡り、辺りは瞬く間に騒然となった!
「――団長! 敵はやはりフェロシャーコル! 右舷より奴らが乗り上げてきます!」
「――左舷、同じくッ!」
騎士さんの大きな伝声が中央のアランさんの耳に届く。
フェロシャーコルは船ごと体当たりをしてきたのだろう。そして接舷したところから魔物のクルーがこちらに乗り込んで来ているんだ!
戦闘が始まり混沌とする状況の中、アランさんは落ち着いた様子で頷き、そして熱く指示を飛ばした。
「予定通りだ。 ――同胞よ聞けぃ! 両舷同時程度で我が艦は沈まん! それを奴らに思い知らせてやれぃ!」
「「オオオォォーーッ」」
アランさんの一声で、全体の攻勢が増したように感じる。僕もアランさんの檄に充てられて、胸に熱い感情が沸き上がっていた。
僕は居ても立ってもいられなくなり、仲間に向けて声を上げる。
「――僕達も戦おう!」
「そう言うと思ってたぜ!」
「当然よね!」
「ん。それでこそくさびん」
「元よりそのつもりです!」
ラシードとサヤが視線をこちらに視線を向けて肯定し、ウィニとマルシェも頷いた。皆戦意を宿した笑みを見せた。
「アランさん! 加勢します!」
「――感謝しますぞ。しかし決してご無理をなされませぬよう。――同胞よ、朗報だぞ! これより希望の黎明の出撃ぞ! 各々遅れを取るでないぞッ」
アランさんの掛け声に一番の歓声が上がり、戦っている騎士達の気勢が上がるのが伝わって来る。
「――砲手両舷に告ぐ! 精霊砲充填完了次第、敵船体を狙って随時放てぃッ」
アランさんも命令で、両舷に備えられた計6門の精霊具が充填を開始したようだ!
「よし、じゃあ僕とラシードは右を。サヤとウィニ、マルシェは左を頼むよ!」
「…………わかったわ! ラシード! クサビを頼んだわよッ!」
「おう! 任せろッ」
ウィニとマルシェはそれぞれ返事をして視線を左に向いたが、サヤは何か言いたげにしてから頷き、ウィニ達と共に左舷方向へと進んでいき、すぐに霧の中に消えていった。
「ではクサビ殿、ラシード殿、この不肖アラン・メルトリューがお供致しましょうぞ!」
アランさんはそう言うと、僕達と並び立ち左右の腰に下げた剣を抜く。
「アランさん、指揮はいいんですか?」
「なに、兵への指示は粗方出し終えたところです。元より私は武人故、兵達と共に戦う方が性に合っております。……今は些か血が滾っておりますとも!」
アランさんが右舷の方向に不敵な笑みを浮かべている。戦意が漲っているのをひしひしと感じていた。
「……わかりました! アランさん、ラシード! 行きましょう!」
「御意に!」
「おう! 行くぜぇぇ!」
喧噪渦巻き霧立ち込める海の上で、僕達は武器を抜き、甲板を蹴って右舷の戦場へと駆けて行ったのだった……。