「――吠えよ同胞達よ! 勇者殿が参戦されたぞッ!」
「「うおおおーー!」」
一寸先も見えない濃霧の中を、右舷方向へと叫びながらひた走る。
だが先は見えなくとも声は届くのだ。この先の騎士の鬨の声がアランさんの檄に呼応する。
剣戟の音が近くなってきた! もうそろそろだ!
――その瞬間、目の前から魔物が飛び出した!
深緑の体表に、成人男性よりやや小柄の体躯の人型の魔物。その手には湾曲した幅の広い刀身の、酷く錆びついた蛮刀を持っていた。
ホブゴブリンだ。この程度の敵なら何度も倒してきた! 遅れを取るものか!
ホブゴブリンの姿を視認し、僕は反射的に剣を横薙ぎに振り抜く。
それは魔物の胴体に深く食い込み斬り裂いて、激しい血飛沫をまき散らして完全に分断した。
ボトリと絶命したホブゴブリンが床に転がる。
黒い塵になって消えないということは、やはりこの魔物は元々は…………。
一瞬、そんな考えを巡らせたが、すぐに思考を遮断して次の目標に意識を切り替えた。
僕達は戦う騎士達の援護をしながら前進していく。
そして右舷の端まで辿り着くと、フェロシャーコルの全容が明らかになった!
……船ごと瘴気に呑まれた魔物と聞いていたが、魔物のクルーを乗せた『ソレ』はもはや船ではなかった。
辛うじて船の原型を留めつつもその赤黒い横っ腹には、血走った大きな目玉が一つ、ギョロリとこちらを見据えており、その目玉のすぐ下には大きな口のようなものが第5騎士団の艦を噛みつくように接舷していた。
そして魔物のクルーが船の魔物から飛び降りてこちら側に渡ってくる。
顔の造形など完全に無視した、おぞましい姿だ。
以前遭遇した、脳内に言葉を流し込んできた魔族の姿を思い出した。
……そうだ。アイツみたいだ。だから余計に不気味に感じるんだ。
船の魔物の一つ目を目が合った。
その瞬間、一つ目の瞳孔がギュッと狭まり、殺気を向けてきた!
「――クサビ! 上だッ」
「ッ!」
僕はラシードの警告に反応し、すぐさま飛び退く。
すると僕が先程までいた辺りに人型の魔物『グール』が飛び降りてきて、その着地をすかさず飛び込んで来たアランさんとラシードの斬撃に沈んだ。
「――兵達よ! 奮戦せよッ! ここから一体も中に通すな!」
「おぉ! アラン剣少将! 勇者様方もおられるぞ!」
アランさんは敵を斬り伏せると、敵に背を向けて騎士達に向き、二本のうちの一本の剣を高く掲げて叫んだ。周囲の騎士達がさらに奮起し、攻勢を掛ける!
アランさんは戦いながら巧みに騎士達の士気を上げていた。
アランさんの言葉は、僕の心の奥を熱くさせる。きっとこの場にいる騎士達も同じなんだ。
次々を飛び降りてくる魔物を、僕達は一丸となって迎撃していった。
――そこに砲撃可能となった精霊砲から高威力の閃光が発射されて船の魔物を体を貫き、3つの穴を空けた!
――――ギャァァァァァァ!!
「――うっ!」
船の魔物の絶叫が至近距離で木霊して、僕は思わず耳を手で覆う。
相当な痛手を受けた船の魔物は大きな目を真っ赤にして泳がせていた。
精霊砲、凄い威力だ! 続けて撃てば次は倒せるかもしれないぞ!
「アイツ、横っ腹に穴空けられてキレてやがるぜ! もっとやっちまえ!」
精霊砲の再充填が始まった。僕達はそれまでこちらに飛び込んでくる魔物を駆逐すれば勝ちだ。
船の魔物の上から、さらに魔物が飛び降りてくる。
その中には強力なゴブリン種である、ハイゴブリンの姿もあった!
巨体が着地するとズシンと艦が振動し、獲物を前にしたハイゴブリンの咆哮が僕達に圧力を掛けてくる。
そしてさらにハイゴブリンが次々に下りてきた!
「大物のお出ましってか!? クサビ、食い止めるぞッ」
「わかった!」
僕とラシードは強化魔術で加速して、一気にハイゴブリンに接近する。
出現したハイゴブリンは5体! 騎士さん達で2体を、僕、ラシード、アランさんが一体ずつ相手取るように動いていた。
僕もラシードも全力で武器を振るってハイゴブリンに攻め立てる!
相手取るのは、鉄製の手甲を武器にしたハイゴブリンだ。高くも僕の倍があろうかという巨躯だった。
僕はハイゴブリンが放つ巨大な拳を受け流して反撃の糸口を探るが、ハイゴブリンはその体格差を活かした力任せの攻撃で僕の接近を許さない!
――コイツ……! 前に砂漠で戦った奴よりも格段に強い!
僕はハイゴブリンの一撃を受け流すと同時に体勢を低くして回避し、間髪入れずに隙だらけの脇腹に強烈な一撃を叩き込んだ!
だがハイゴブリンは傷口から大量の黒い血を撒き散らしただけでダメージはさほど通っていないようで、反撃の拳を繰り出してきて僕を押し返すように殴り飛ばす。
数歩分後方に吹き飛ばされるも、受け身を取りながら転がって追撃から逃れると、そこへハイゴブリンの蹴りが飛来してきて、僕は咄嗟に剣を立てて受け止める!
ハイゴブリンの脚力は凄まじく、剣越しに伝わる衝撃で腕の感覚が鈍った!
しかしハイゴブリンの攻撃はまだ終わらない。
剣を立てた状態のまま、僕はハイゴブリンの蹴りを押し戻すように踏みとどまりながら、足に溜めた強化魔術を解き放ち、バネのように飛び出して反撃の刺突を喉元に突き刺し突き抜けた……!
そしてハイゴブリンの動きが止まる。
だが僕の剣は根元までハイゴブリンに飲み込まれており、両手で柄を握って横方向へと力を込める……!
「――はぁぁっ!」
一気に振り抜き一回転。ハイゴブリンの首が勢いよく刎ね飛ぶ!
胴体と頭が分かたれたハイゴブリンは首から夥しい黒い血を噴出させて、膝から崩れ落ちた。
……撃破の余韻に浸っている余裕はない。
僕は剣を振るって血払いすると、駆け寄りながら他の味方の状態を確認する。
「――必殺ゥ! 完全! ヴィクトリィィィスラァァッッシュ!!」
濃霧の先で視界に入ると、ラシードの何とも言えないネーミングの必殺技が炸裂している最中だった。
炎を纏ったハルバードを斜めに斬り下ろし、続けて斬り上げてVの字に赤い燃焼傷をハイゴブリンに刻み付けていた。
『完全ヴィクトリースラッシュ』の名の通り、勝利を収めたラシードのハルバードは未だ轟々と燃え盛る。以前よりも火力が増強されているラシードの攻撃を喰らえば、いかに屈強なハイゴブリンであろうとも一溜りもない。
アランさんや騎士さんの方もなかなかの実力者揃いだ。さすが歴戦の猛者達だ!
騎士達はハイゴブリンに対し複数人で連携して討ち倒していた。
そしてアランさんは別のハイゴブリンをの一騎打ちを繰り広げていた!
既に体中から出血しているハイゴブリンの大きなハンマーの横振りが、アランさんを叩き潰さんと迫る。
しかしアランさんは、瞬時に匍匐するかのように低い姿勢になってハンマーを躱し、両手に一本ずつ携えた剣をクロスするように構えて、一気に前方へ飛び込んだ!
「――ふんッ!」
アランさんはそのままハイゴブリンの股下を潜り抜けざまにクロスした腕を解放。ハイゴブリンの両の膝から下を見事に切断した……!
そして何が起きたか理解が追いついていないハイゴブリンの背後から、双剣を敵の首元で交差させ…………刎ねた。
それと同じくして再充填が完了した精霊砲が船の魔物にトドメの閃光を穿つ!
――――ギィィィィアアァァァァァ…………。
船の魔物の断末魔が響き渡ると、それは浮力を失い深い海の底へと沈んでいった……。
これで右舷側に突入してきた魔物は討伐完了したようだ。
「――よし! こっちは終わったな!」
「うん。あっちの様子が気掛かりだ。早く加勢に行こう!」
「――待たれよ、クサビ殿。右腕に傷を受けております。直ちに治療師を呼びます故、傷を癒す方が先決ですぞ」
そう言われて右腕を見ると、痛ましく腫れあがっていた。戦闘に夢中で痛みを忘れていたが、傷を視認した途端に激痛が走ってきた!
……そうだった! さっきのハイゴブリンとの戦闘で殴られたんだ……。
僕はアランさんに従って、逸る気持ちを抑えつつ傷を癒す為に一度治療を受けることにした。
……サヤ達の方はどうなっているだろうか。
僕は治療を受けながら、左舷側にいる仲間達のことを案じながら目を向けるのだった。