目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

Ep.256 再び海を征く

 フェロシャーコルの挟撃を凌いだ僕達は、合流して互いの無事を確かめ合った。皆命に別状がなくて本当に良かった。


 血まみれのマルシェを見た時は、心臓が止まるかと思うほどにびっくりした。だが当の本人はサヤに回復を受けてピンピンしており『早く洗濯したいですね』なんて言っていた。


 やがて艦は航海を再開し、騎士達は戦後処理に従事していた。僕達も手伝うと名乗り出たんだけど、休んでいてくれと強く言われたので、お言葉に甘えて体を休めることにした。



 なんだかこの一戦で、騎士さん達との絆が深まったような気がする。

 一線引いてあった取っ掛かりが消えたというか、いい意味で遠慮がなくなったのが、騎士さん達の態度や表情に表れていた。


 特に顕著に出たのは、マルシェに対してだった。

 マルシェはフェロシャーコルとの戦いで、騎士達が受けるはずの攻撃を一身に集めて肩代わりする技『セルフサクリファイス』で、身を挺して護ったという。結果マルシェは全身血まみれで、盾を持つ手は腕に掛けて折れていたそうだ……。


 その自己犠牲を間近で目の当たりにした騎士にとっては、マルシェに恩を感じ、尊敬の念を抱くのは自然なことだろう。


 サヤの回復ですっかり腕も治ったから本当に良かった。

 マルシェは普段はクールだけど、熱くなりやすい性格だから、そのギャップも今回の爆発的な人気を得る要因になったんじゃないかな。


 サヤも凄まじい剣閃を発揮したらしい。ちょっと見てみたかったな。



 甲板で潮風を浴びながら談笑していると、アランさんとモーマーさんがやって来た。

 左舷方面を指揮していたモーマー・フレイル剣中佐さん。ものすごく背が高い……。見上げると首が痛いくらいだ。


「勇者殿方、今回も戦闘のご助力感謝しますぞ。勇者の称号に違わぬ実力をお持ちでした」

「ええ。まさに英雄の如き雄姿でした!」


「「――感謝を」」


 アランさんとモーマーさんが揃って敬礼をしたのち、礼をする。

 軍人二人の最大限の敬意に恐縮しながら、僕は礼を返した。


「い、いえ! 無事に切り抜けられてなによりですっ!」

「……ふふ! クサビったら、声が上ずってるわよ?」


 ……言わなくていいよ恥ずかしい……!


「……ははは! 些か緊張しいな御仁ですな! 勇者殿の意外な一面を知れたのは僥倖ですぞ」


 アランさんは声を上げて笑うと、穏やかな眼差しを向けてくれた。

 好意的な眼差しに、恥ずかしさは幾許か嬉しさに変わる。


 気恥ずかしそうにする僕を、皆が揶揄って楽しんでいる。

 僕は顔を真っ赤にして抗議するが、しばらくは和やかな雰囲気で時間が過ぎていくのだった。




 それから数時間が経過した頃、騎士達の戦後処理は終わり、艦は普段の様子を取り戻していた。


 こちらもマルシェの船酔いが再発して、今はサヤが船室で付きっ切りで面倒を見ている。


「わたし、まるんも食べれるもの探してくる」


 と、ウィニは艦内のコックのもとへ。

 ああは言ってたが絶対つまみ食い目的だ。涎垂れてたもん。


 というわけで、今は僕とラシードが残っていた。

 特にやることがなかったので、アランさんのところへ現在の状況を確認しに行くことにした僕達は、艦橋へと足を運んだ。



「……おお、クサビ殿にラシード殿。何かご入用ですかな?」


 騎士さんに案内してもらって艦橋にやってくると、アランさんは地図を広げたテーブルの前で、他の騎士さん達と話をしていた。

 僕達の訪問に気付いて、歓迎の意を示すアランさんに、僕達は一礼して入室した。


「すみません、お邪魔でなければ、今どのあたりなのか知りたくて……」

「それから何か報せもあれば知りたい」


「左様ですか。ではこちらへどうぞ」



 アランさんや航海士さんと、現在地などを確認していった。

 今はシンギュリアと中央孤島の中間辺りを航行中らしい。

 だが、この先の海域は、厄介な海流になっているらしく、少し迂回して向かう必要があるという。


 航海士さんの見立てによると、あと5日は要する見込みだ。

 魔物との遭遇も考えられる為、実際はもっとかかるかもしれない。


「現在地としてはこのようなところですな。――それから、最近の情勢ですが……」


 アランさんが話題を切り替えると、顔つきも引き締まった。僕とラシードは思わず少し身構える。


「……魔族の動きが活発化しております。帝国領近辺の我が国の領地も、魔物によって滅んだ地域があるようです」

「…………っ」

「…………くそっ」


 死の言葉を放つ魔族に滅ぼされた、テジャという名の村を思い出した。僕達が辿り着いた時にはもう何もかもが手遅れだった村だ。


 僕は悔しさに拳を震わせる。こんな悲劇をこれ以上増やしちゃ行けない……!

 決意がさらに強く、心に灯る。


「帝国への援軍として多くの騎士団が派遣されている影響が出始めているようですな」


 アランさんは毅然としながらも、言葉の端々に僅かな怒気が混じる。軍人として己を律しても、人として怒りを燃やしていた。


「……他には何か情報はないか? 帝国の戦況とか……」


「以前、一度大きく侵攻を許してからは、大きな動きは今のところは入ってきておりませんな。……ラシード殿は帝国の出身でしたかな? さぞ祖国が心配でありましょう」


 アランさんがラシードの心情を慮る。だがラシードはやや勝気に苦笑しながら、その心遣いにラシードなりの感謝を示した。


「ははっ……。それを言うならマルシェも同じさ! 今はできる事をやるしかねえしな。アランさん、気を遣わせてすまねぇ」

「差し出がましい事でしたな。……同感です。我らは成すべきを遂行するのみ」


 世界の情勢は刻一刻と悪くなっているみたいだ。

 僕達も急がなくては……。



 艦橋から退出した僕達は甲板に戻った。

 世界の情勢が気になるが、今は中央孤島に到着するには

艦に頼るしかない。

 僕は逸る気持ちを宥めるように、艦が進む先、まだ見えぬ目的地を見つめるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?