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Ep.257 帝国領 戦場の冒険者

 魔王は復活し、世界が混沌と化して数か月。

 魔族領から拡大し続ける戦火は、徐々に人類が住む場所を脅かし始めた。

 帝国や共和国は、神聖王国や部族連合の支援を受けつつも一進一退の攻防を繰り広げていた。


 その情勢が急激に覆された昨今、最前線を敷く両国の方面軍から敗北の報が増加し始めた。


 その状況を打開するべく、俺達に白羽の矢が立ったわけだが…………。



「……思ったより押されてるようだな」

「まぁ、皇帝自ら冒険者に依頼するくらいだしな。……にしたって、不甲斐ねえよな、軍人サンはよお」

「魔王の復活以降、魔物が強くなったのは感じていたけど、軍が負ける程かしら?」

「せっかくのんびりしてたのに、しっかりしてよね、まったく……」



 つい今しがた冒険者ギルドで特別依頼を受諾した俺達は、出立の支度をしながら愚痴を零していた。


 悪化する戦況に、皇帝はついに冒険者に戦争の介入を決断し、俺達に声が掛かった。

 Sランクともなれば、依頼はあっちから舞い込んでくる。その依頼のほとんどは、俺らにしか対処出来ないようなものばかりだが、それなりに好きに生活できる程の報酬を貰っているうちは、その要請に応えてやろうっていうのがウチのパーティ『シンギュラリティ』の方針だった。


 俺達に目をつけた皇帝の見立ては流石と言っておきたいものだ。

 何せこの世界中探しても俺ら以上に活躍したパーティは居ないのだから。


 かの生ける伝説である『奔放の魔術師』が属した伝説的なSランクパーティ『不羈(ふき)たる風』にも迫る活躍と評されている程だ。

 いずれそれすらも超えて、彼らすらなし得なかったSSランクに登り詰める日も近い。


 そうさ、俺達はSSランク昇格を蹴った奴らのような器じゃない。

 更なる高みを目指して、未だ存在していないSSSランクのパーティに育て上げてみせる。


 ……その為にも魔族には精々暴れてもらおう。俺らの功績の為にな。



 その後俺達は出立の為に各自支度を済ませ、帝都の門の前で集合することにした。

 ……だが、俺が待ち合わせの場所に到着すると、仲間がひと悶着起こしていた。


「――なんで私達が歩いて行かなきゃいけないのよ! さっさと転移させなさいよ!」


 甲高い怒鳴り声が、とある兵士に注がれている。

 やれやれ。アイツの癇癪にはいつも頭が痛くなるな。


「も、申し訳ございません……。転移の精霊具は非常に高価でして……その……」

「……は? 私達があんたら兵士を救ってやろうっていうのに? 責任者連れてきなよ」


 ウチの女性陣が二人がかりで、一人の立場の弱い兵士を罵倒している。

 まあ、ここから依頼の場所まではかなり掛かる。転移で行く方がいいに決まっているからな。そのくらい帝国に負担してもらうのは当然だ。俺達が少し我儘を言ったって問題ないだろう。


 そう思い、俺は仲裁するでもなくただ傍観していた。



 その後、彼女らの勢いに根負けした帝国兵士は、数時間の時間を無駄にして、ようやく転移の精霊具を持ち出し、俺達は依頼の場所に一瞬で転移した。

 転移の精霊具は莫大な費用が掛かるそうだが、国が滅ぶよりはいいだろう。




 転移されて降り立った戦場は悲惨なものだった。

 ここ一帯の空は昼だというのに薄暗く、どんよりとした空気が漂っている。

 敗戦のムードがそうさせるのかと思ったが、どうやら魔族領から伝う瘴気が原因のようだ。


「うわ……。早く終わらせてこんなとこさっさと帰りたい」

「あー、まったく腹立だしい! 私をこんなところに送るとか、何様よ! ……ま、いいわ。とっととやりましょ」


 辺りの空気の悪さにしかめっ面をするゼレイアと、キーキーやかましいササラ。この終始ご機嫌斜めな女性陣がまた癇癪起こす前に、味方の部隊に合流することにした。



 そしてここは最前線の左翼の陣だ。俺達の依頼の内容は、魔物に突破されかかっているこの戦局を打開することだった。


「シンギュラリティの皆様! お待ちしておりました。……さっそくですが、貴方がたには――」

「――まどろっこしい。俺らは俺らの意思で動かせてもらうぜ。じゃあな」

「な……! お、お待ちを!」


 作戦を伝える為に司令部に呼ばれたが、筋骨隆々の斧使いのガボッサが強引に言い放ち、俺達は兵士の静止の声を他所にその場を後にした。


 そうだ。俺達は冒険者だ。兵士ではない。

 俺達の意思で戦場を駆けるのさ。その結果依頼を達成させれば文句ないだろう。



 それから俺達は押し寄せる魔物の軍勢を蹴散らして回った。

 押し寄せる魔物は数ばかりで、大したことのない魔物ばかりだ。

 こんなもの、この名剣を俺が一振りすれば、何百もの魔物が塵になる。


 ガボッサの戦斧が大地を打てば敵は飛び散り、ササラの魔力を込めた剣が一網打尽し、ゼレイアの魔術が辺り一帯を焦土に変えた。



 瞬く間に崩壊が危ぶまれていた戦線は持ち直された。俺達は歓声に包まれる。


 Sランク冒険者の力をまざまざと見せつける。仲間の性格は難がある奴ばかりだが、結果が伴えば関係ない。これが俺達の力だ。

 そして、これで俺達の仕事は完了だ。


 そういや、最近勇者が聖都マリスハイムから魔王討伐に旅立ったという話を聞いたな。

 聞けばただの冒険者と何ら変わらない一団だそうじゃないか。

 実力はどうだか知らないが、彼らが来る前に俺らが魔王を倒してしまってもいい。

 ……そうだな。それもいい…………。真の勇者は俺だ。



 ――などとほくそ笑んでいたその時、中央の陣が突破されたという急報が届く。


 兵士は何やっているんだ。

 これ以上留まる義理はないが、中央を救えば追加の報酬もせびれるな。

 そう意見が一致した俺達はしばし残業していくことにした――――。




 ……今思えば、あの時すぐに帰っていれば良かったんだ。あんな化け物がいるなんて知っていたら、是が非でもここから去っていただろうに。



 俺達は中央の陣に雪崩込む魔物に突撃した。

 俺達4人の力で魔物を蹴散らし、崩壊した戦線の再構築が完了するまで敵を屠り続けた。

 これなら帝国からのボーナスも期待できるだろう、などと身の程も知らない思考が支配していた。


 だがそれから事態は急転した。


 魔族側から突然、黒き閃光が瞬いたと思った時だ。


 隣で杖を振るっていたゼレイアの額を真っ黒な光が貫いていた……。

 声すら発する事もなく、力無くその場に倒れ込むと、夥しく血肉を撒き散らして爆散したのだ。


 それは一瞬だった。呼吸の間もなくSランク冒険者のゼレイアが、死んだ。



「――――何が……!」


 残った俺達は黒き光が放たれた方を見据えて構える。

 それと同時に再び漆黒の光が天へと伸び、それは大地を抉りながら猛然とこちらに迫った!


 俺は咄嗟に体を投げ出し、死を呼ぶ黒光を回避する。


 俺は無事だったが、戦斧の使い手であるガボッサは回避に間に合わず、その鍛え上げられた巨体の真ん中から縦に黒い線を引き……。その後はゼレイアと同じ運命を辿っていった。


 さらに恐るべき事に、その黒い光はその場に生き残った兵士達をも巻き込み、もはや戦線というものは完全に消失していた。

 この時にはもうササラの姿はなく、彼女の剣だけが地面に突き刺さっていた。もう二度とあのやかましい声を聞くことはないのだろう。



 ……一瞬にして仲間が皆死んだ。

 状況に理解がようやく追いついて来た時、俺の体に突如激痛が走った!


「――――がァァァッ……! なに……が……ッ」


 痛みと共に視界がブレて、近付く地面を手で庇うこともなく、そのまま顔を打ち付けた。

 起き上がることができなかった。それもそのはず、俺の四肢が完全に分断されていたのだから。


「――おあああぁあっ…………!?」


 全身を襲う激痛に意識が飛びそうになる。いや、いっそ飛んでくれと願った。しかしなまじ鍛えた結果か、俺の意識はその場に留めたまま。俺は脂汗をかきながら痛みを味わい続ける。

 次第に自分の血によって辺りが血溜まりとなり、俺は自分の血に溺れていく。


 そしてとうとう意識が遠のいていく……。窒息が先か失血が先か。どちらに転んだとてもはや運命は変わらない。


 しかし、薄れゆく意識の中最期の瞬間を迎える間際、恐ろしく落ち着き払った声が聞こえた。


「贄はコイツでよいか……」



 嗚呼…………とっとと逃げれば……良かっ……た……。

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