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Ep.258 いつかの声、三度

 青い海のただ中を意気揚々と艦は征く。

 船上での一戦から4日が経ち、中央孤島まで残すところあと一日程度の距離まで迫っていた。


 僕は甲板に上がって船首に赴き、己の鍛錬に時間を費やしていた。

 剣を構えて目を閉じる。

 日課の素振りは早朝にこなしている。今しているのは精神面の鍛錬だ。


 瞑目した先は真っ暗な闇。艦が海を裂く水音が耳に届くが、次第にそれも聞こえなくなる。

 …………深い集中状態に入るまで、だいぶ早くなってきた。

 ――良いぞ。この状態を維持したまま目を開ける。


 やがて色鮮やかな景色が鮮明に映し出されると、聞こえなくなった音が蘇ってくる。そして吹き抜ける潮風と、潮の香り……。


 それら五感で感じるものに惑わされることなく、深い集中状態を維持していくのが、今回の鍛錬だった。

 この状態では、周りの動きが低速に感じるが、魔力を激しく消費し続けるという弱点があった。だから僕は、出来るだけ長く状態を維持する鍛錬をしながら、魔力消費を抑える事ができないかの試行錯誤もしていたんだ。




「…………」


 維持できている。いいぞ……。

 そのまま僕は目の前に仮想の敵を想像して、それらと立ち会いをしていった。

 左側から迫る敵が振り上げた腕に反応して、剣の構えを水平に流れるように切り替えて、剣を右手に持ち替えながら流れに逆らわずに斬る。――次。


 右側から突き出された刃を、手首の動きで刀身を刃に合わせて刺突の軌道を逸らし、今度は左手に持ち替えて斬り上げた。

 そして素早くバックステップで間合いを調整しつつ剣を正眼に構える……。


 ……まだ維持できている。よし。

 内包する魔力が流れ出るような感覚を感じつつも、僕は鍛錬を続けていった……。





「……んん……。――あれ、ここは……」


 目が覚めると、辺り一面真っ暗だった。

 いつの間にか寝過ごしてしまったのか? すっかり夜が更けて何も見えない。

 ……いや、そうではない。これはどうやら現実ではないようだ。


 僕がそう断定したのは、足元に映し出されたものを見たからだ。



 いつぞやの僕によく似た青髪の、剣を構えた後ろ姿の幻影がまた現れたのだ。

 あの時は、出会ったばかりのラシードと共にダンジョン攻略に出発する前日だった。

 その時習得した、剣に赤い軌道を乗せて斬る剣技『熱剣』が、今も僕を支えているからよく覚えている。


 そして今ならなんとなくわかる。

 この青髪の青年は、僕じゃない。


 ――きっと彼が、勇者アズマなんだ。



 勇者アズマの後ろ姿を、僕はまた、空中に漂っているように俯瞰して眺めていた。

 勇者アズマが剣を天高く掲げている。

 すると、剣の先から眩しい光が迸り、周囲を光で包んだ!


 そしてその眩い光が弾けると、キラキラと雨のように降り注いでいた。


 その光景を僕に見せた勇者アズマの幻影は、スッと彼方へ消えていく……。



 ……今のは……一体なんだったんだろう。


「――今のは瘴気から身を護る加護の光よ」

 ――――!?


「――誰!?」


 僕は不意に聞こえた声に驚き、周囲を見回した。しかし真っ暗な空間が広がているだけで、声の主は見当たらない。


「声くらいは覚えてくれてもいいんじゃない? 前にも話したでしょ?」


 この鈴の音のような綺麗な声は、確かに覚えがある。

 本当に綺麗な声だ……。


「あら、ありがと。ちゃんと覚えていたようで良かったわ」


 ……え、てか心の声読めるの?


「ここは貴方の精神世界だもの。それに貴方、私が何か、もう知っているでしょ?」


 ……知ってる。王立書庫で調べたから。


「……退魔の精霊」

「そう。私は退魔の精霊。かつて神剣に宿り、魔を封じせし者よ」


 すると、僕の目の前が突然白い光を放ち、僕はその眩しさに目を覆った。

 そして手をどけてみると、目の前にいつか見たことのある、長い髪も肌も目の色さえも白い女性が――いや、精霊が現れた。


「クサビ、貴方は私を認識した。そのおかげで私はこうしてきちんと貴方と話ができるようになったわけ。……ちょっとだけね」


 退魔の精霊は人差し指と親指をつまむような形にして、少しおちゃらけて見せ、はにかんだ笑みを浮かべた。

 前よりもなんというか、感情表現が豊かだ。


「……あのさ、ここはなんなの? さっきの勇者の影は?」

「さっきも言ったけど、ここは貴方の精神世界よ。今の貴方、剣を握ったまま眠っているようね。――で、さっきのは……そうねぇ……言わば『剣の記憶』とでも呼ぼうかしら」

「剣の……記憶…………」


「そう。貴方が見た幻影は、神剣に刻まれた記憶の残滓。そして私は剣に僅かに残った力の残りカスって感じかしら」


 退魔の精霊によれば、僕が見た勇者アズマの幻影は、遥か昔に勇者と共にあった、この解放の神剣に残る勇者の魔力の残滓だ。それが記憶として僕に剣技を伝えたのだ。と……。


「あら……現実の貴方が目覚めそうね。もうあまり時間がないわ」

「――っ! ま、待って! 君の力を貸して欲しいんだ! 魔王を倒すためにはどうしてもっ」


 僕は消えてしまう前に、退魔の精霊が持つ知識を教えてもらいたかった。

 どうすれば君を取り戻すことができるのか。

 現代では、本当にどうにもならないのかを……。


「わかってる。いい、クサビ。さっき見た光の技、あれを忘れないで。あれは必ず必要になるものだから」


 真っ暗な空間が突然揺れ始める。

 現実の僕が目覚めようとしているんだ! 退魔の精霊との対話が終わってしまう!


「私ももっと話したいことはあるけど……。聞いて。私の力はもうこの剣の中にしかいないの。だから、現代ではどうやっても力は戻らない」


 …………。

 やはり過去に行くしか、ないんだね。


「それしか方法はないわ」


 ……また眠ればこうして会える?


「頻繁には無理よ。今の私は所詮力の残りカスだもの。次はいつ話せるか分からないわ」


 ……そう……なんだね。


「――わかった。必ず過去に行って君に会いに行くよ」

「ええ、待ってる。これは前も言ったけど……早く私を迎えに来て」


 真っ暗な空間を激震が走り、空間にヒビが入っていく。

 もう時間みたいだ。


「……そうね。しばらくお別れだわ。……いい? クサビ、アズマの光の技を絶対に忘れないで。――そ……から……どう……、生……て……!」

「わ、分かったっ! 必ず、必ず迎えにいくから――――!」



 互いに必死に言葉を伝えると、ヒビだらけの空間が弾けて真っ白い光に包まれ、なにもかもを消し飛ばしていった……。




「――――さび……。……さびん。……こちょこちょ――」

「――わひゃぁ!?」


 脇腹のこそばゆい衝撃で僕は飛び起きた。

 上体を起こした僕の上には、猫耳をピーンと立たせて驚くウィニが、僕の脇腹に両手を添えていた。

 そして僕をじっと見るウィニの両手が再び動き出した。


「――ぅひぃ! や……やめ――っ」

「おぉ。くさびんの弱点はっけん」


 面白がるウィニによる執拗なくすぐり攻撃を受ける僕は、なんとかウィニを引き剥がして、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返した。


 ウィニにはおしおきに顔に水球をぶつけてやったら『ぎにゃーー!』って言いながら船内に逃げていったよ。



 呼吸を整えて落ち着きを取り戻すと、僕はさっきの夢を思い返した。

 あれは夢であって夢じゃない。退魔の精霊は、さっき見せてくれた勇者アズマが放つ光を忘れるなと言っていた。


 それは熱剣同様に、きっとこれからの戦いに必要なものだという事なのだろう。


 退魔の精霊とようやくちゃんと意思疎通が取れた。

 魔王に立ち向かう、大きな一歩のように感じ、僕は拳を握ってひっそりと喜んだ。


「あ、そうだ。試しにやってみよう」


 僕は、勇者アズマの幻影が見せた光の技を再現してみようと立ち上がった。


 あのアズマのイメージを思い出しながら、僕は剣を構える。



 ――――っ!


 そして剣を高く掲げて、光が迸るイメージを強く抱いて魔力を解放させた…………!



 …………。

 ………………。


 ――ピロンっ



「…………。ちょっとだけ……光った……かな?」


 僕が剣を掲げてしばらく、ほんの僅かな白い光みたいなものが発現した……ような気がした。

 もしかしたら陽の光が剣先に反射しただけかも知れないけど…………。


 その直後強い倦怠感で、魔力枯渇で倒れていたのを思い出し、脱力しながらへたり込む僕。

 ……そうだった。そもそも僕は魔力枯渇で倒れた所に、あの光景に出くわしたのだ。


「はぁ……。試すなら後でだな……」


 僕は溜息をつきながらもうしばらくそのまま甲板に座り込んでいた。

 明日には中央孤島に着くはずだ。

 それまでには試しておこう。

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