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Ep.271 何かを遺す事こそ。

 僕はまだ暗闇の中、膝を抱えていた。


 その間頭にずっと残り続ける違和感は次第に強くなって、その違和感の正体は、誰かの声だということに気付いた。


 でも誰の声なのか分からない。それがどんな言葉なのかも分からない。

 それでも、これは声なのだという確信があった。


 それは希望の歓声か、それとも絶望の悲鳴か。

 僕にはもう、分からない……。



 ……けれどその声が僕を呼んでいるような気がしたんだ。


 だけど僕には、それが希望なのか分からなかった。その声が恐ろしいものだったらと思うと……。


 ……もういやだ。何にも関わりたくない。

 この声がなんなのか、それを知る事が怖い……。


 既に僕は、その声に耳を傾けられる自信がなかったんだ……。

 きっとその声に耳を貸せば、再び絶望に苛まれるんだ。もう辛い思いはたくさんなんだ……。


 これ以上苦しめられたら、今度こそ僕は完全に壊れて、きっとここにも居られなくなってしまう……。辛い思いをするくらいなら、この何もない闇の中でただこうして居たいんだ…………。






 僕は何かに怯えるように蹲る。


 ……だけど、そんな恐怖に怯える僕の中で、もう一方の思いが葛藤している事にも気付いていた。



 ――――頭の中で響く声。この声はずっと僕を救おうとしてくれているのではないか。――――

 と、希望を望む僕の声が『僕』に語りかけるのだ。


 しかし、臆病な僕はそれを否定する。

 ――――そんなわけがあるか。散々酷い場面を見せられただろう。この声はその続きだ。――――と。



 ……どちらかが正しくて、どちらかが間違っている。

 その二律背反の葛藤が『僕』を追い詰めていく……。


 頭の中で絶えず響く声と、二つの意思の僕に挟まれ、『僕』はどうすることもできずにただただ、闇に包まれた空間を漂っていた。



 ――と、その時だった。


 『僕』は突然、誰かに抱きしめられているような気がしたのだ。まるで守るように包み込まれている感覚。


 ……なんだ? これは…………。

 この優しい感覚……。


 『僕』は恐る恐る顔を上げた。

 しかし、 そこには誰も居ない……。


 ……それでも確かに感じる温もりはどこか懐かしさを感じる……。


 その温もりを認識した時、暗闇に包まれていたこの空間に、小さな、しかし力強く輝く光が現れた……!


 ……『僕』はすがるようにその光に手を伸ばす――――



 ――――やめろッ! その光はきっと僕をさらに苦しめるんだ! ……もう嫌なんだよ! 苦しいのも悲しいのも……ッ! ――――

 心を閉ざし、全てを諦めた僕が悲痛に叫ぶ。


 ――――違うッ! その光こそ、僕が求めて止まない希望の光だ! 帰ろう……! 皆の所へ! ――――

 未だ前に向く事を望む僕が必死に叫ぶ。



 僕は……『僕自身』はどっちを信じればいい……?

 迷いが生まれたその時『僕』は光の中に記憶の断片を見た。

 ……お世話になった人達、仲良くなった人達も。そして生きる術を与えてくれた師匠達、共に進み支えてくれる仲間達が!


 ――そして父さん、母さん…………。



 …………そうか。この温もりは……。

 なぜ忘れていたんだ。……この優しい温もりは、僕の中に深く刻まれた心だ! 温かい人の善意や愛情、それら尊い想いが、僕を支えてくれたじゃないか――――!


 その時、僕の脳内に聞こえ続けていた声の正体を知った。

 僕の大切な仲間達。ラシード、ウィニ、マルシェ――――


 ――――サヤ!


「――クサビ!」


 サヤの声がはっきりと聞こえた!

 それと同時に光がさらに眩く輝き出す!


 ――葛藤する僕と僕から『僕』は選ぶ。


 光に向かって精一杯手を伸ばした……!


 ――――ダメだあッ! それは怖い……! もう苦しみたくないんだよッ! やめろ! …………やめろおおおッ!!――――


 懸望の僕と『僕』の意識が同化し、拒絶の僕が慟哭を上げる。



「諦めそうになっていた……! 恐怖に吞み込まれそうになっていたっ! ……僕は、絶対に諦めないと誓ったじゃないかッ! 僕は――生きるッ!」


 眩い光に手が触れる。

 そして暗闇だった空間一面に光が広がり、真っ白な空間に切り替わった。


 同時に僕の心が洗われたように清々しくなった。

 一切の迷いはもう、ない。



 真っ白な世界で、僕の目の前に黒い火の玉のようなものが浮かび上がる。

 それは僕の臆病な心だ。すべてを諦め、ここに留まることを選んだ、まぎれもない僕の一部……。



「……どうして…………。僕はもうどこにも行きたくなかった。――なんで放っておいてくれないッ!? 苦しみを避けることの何がいけないッ!」


 黒い火の玉は真っ黒く僕の姿を形取りながら叫んだ。それはまるで影のようだった。

 真っ黒い姿の僕の影の表情は分からない。だが自分のことだ。どんな顔をして叫んでいるのは分かっている。……その気持ちもわかるよ。


「お前だって見たはずだろう! 大切な人が、街が! 無惨に消えていくところをッ! それを見てなんでまだ進もうとするッ!」


 ……うん。想像を絶する喪失感だったね。それこそ心が折れるくらいに。


「戻ったって全てを救えるわけじゃない! お前は守れなかった命に必ず心を痛める! ……分かるんだよッ! お前は……僕なんだから…………!」


 影は声を震わせながら嘆き叫ぶ。これも紛れもない僕自身の本音だ。



 そうだね。きっと僕は悲しむし、力不足に苛まれる。


「だったらッ――――」


 ――――でもッ!

 ……でも、それでも僕は諦めたくないんだよ。

 どんなに自分の力が足りなくても嘆いても、この先の未来に悲惨な結末が待っていたとしても。


 それでも、人を救うよ。……一人でも多く。



「…………結局人はいつか死ぬ。なら遅かれ早かれ結果は同じじゃないか」


 違うよ。…………確かに人はいつか死んでしまう。

 でも、一番大事なのは、その人がどう生きたかだと思うんだ。

 助けたその人が生きて、結果次へ何かを遺していけたなら……きっとそこに生きた意味があるんだよ。

 勇者アズマが次代に繋いで、僕に辿り着いたように。


「――――」


 ……だから、僕が人を助ける意味はある。

 この世界に生きる人達が、何かを遺していけること。

 それが希望なんだと僕は思ってる。

 だから僕は変わらずたくさんの人達の希望を取り戻すことを目指すよ。


 死にゆく運命にある世界だっていうなら、僕は最後まで抗って、意地汚くても世界と戦い続けるよ。



「…………っ」



 ……僕は思いの丈を全て伝えた。

 目の前の、心折れた部分の僕に。

 でも僕は、影の僕の思いを否定はしない。それは僕が抱いてきた負の感情だから。

 その思いを肯定した上で、乗り越えていく!



「…………はぁ」


 長い沈黙の末、影から深く重い溜め息が吐き出された。


 そして影から向けられる明確な憎悪の感情が次第に大きく膨れ上がり、それは殺気に変わる。


 ――僕と影の腰には、いつしか解放の神剣が下がっていた。

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