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Ep.280 Side.C 束の間の休息

 皇帝との謁見の末、我らの計画は動き出した。

 控え室に戻った我らは取り急ぎ各国の為政者に声を送り、4大国家の志が統一されたことを報告した。


 こうなれば、冒険者の部隊を如何にして集めるか、後ろ盾をどうするかの話し合いは為政者達で行われる。

 その会合の段取りは迅速に行われ、驚くべき速さでその日取りが決定されたのだった。


 それを可能したのは精霊具の使用であり、特に言霊返しが多大な貢献をしたのは言うまでもない。


 世界の脅威に対抗する為の会合だ。何を差し置いても優先するべき議題である。各人はそれを十分に理解していた。


 会合の日取りは翌日となり、そこで詳細を詰めた後、全世界へと通達する準備を進めるのだ。



「我が君より、我が国が保有する如何なる精霊具の使用も惜しまないとのお言葉を頂いております。ご準備にお役立てください」

「格別のご配慮、痛み入りますわ。ヴァレンド陛下にそうお伝えくださいまし」


 控え室にて、側近の一人にアスカが優美な一礼で感謝を示す。


 会合の日取りは決まり、城内では全世界へ向けた声明発表の準備に慌ただしく取り掛かっていた。

 この準備には流石に時を要する事もあり、我らにも時間の猶予が与えられていた。


 勇者の事情や我らの動きは既に皇帝に伝えている。

 勇者が帝国に来ていない事に関しては、やや落胆した様子を見せたが、勇者の行動に必要性を見出した皇帝は、全面的に協力していく姿勢を見せた。


 ……これで心置き無く我らは囮を務めることが出来る。



「――なァ、これから俺らはどうすンだ?」


 ひと段落付き手持ち無沙汰な様子のラムザッドが訊ねる。確かに今、我々はやることが無いのは確かだ。

 明日の会合に同席せねばならない為身動きも出来ん。


「明日の会合までは特に無さそうだね。せっかくの機会だ。ゆっくりさせてもらうとしよう」

「うむ。ここからはいつ休息を得られるかも知れぬでござるからな。英気を養っておくが吉でござろう」

「……チッ。早く暴れてェぜ」


 椅子に座るラムザッドが、貧乏ゆすりをしながら不機嫌そうに悪態をつく。

 流石は血の気の多い獣人だな。少しはナタクを見習って欲しいものだ。


 などと呆れ交じりに肩をすくていると、ニヤニヤと笑みを浮かべたアスカが横から首を突っ込んできた。


「あらあらラムザッド、遊ぶおもちゃがないからって暴れないで下さいませ〜? この猫じゃらしなら差し上げますわよ〜?」

「――ンあ!? 俺を猫扱いすンじゃねェ! 誇り高き虎牙族だッ! お前そろそろどつくぞ!?」

「いや〜ん、怖いですわ〜」


 アスカが我のローブにしがみつき、わざとらしく怖がっている。

 やれやれ、こんなお巫山戯(ふざけ)も久方振りだな。ふふ。



「おほほほ……――そういえばチギリ? クサビの方で困った事になってたんじゃありませんの? 何やら相談しに来てたんじゃ?」


 ラムザッドをおちょくり満足した様子のアスカが、ふと思い出したように我に顔を向ける。


「ああ。時の祖精霊に会い、協力を取り付ける事に成功したようだが、過去への転移に膨大な魔力が必要だというのだ。その工面の相談だったよ。何か良い案はないだろうか?」

「そうですわねぇ、ふ〜む……」


 そう言うとアスカは首を捻り思案して、何か思いついたように表情が明るくなった。


「それなら、陛下にお願いして転移の精霊具を使用出来ないか聞いてみましょうか〜。きっとチギリとわたくしが現地にいければ魔力は足りるかもしれませんわよ?」

「……ふむ。だが転移の精霊具は数も限られる上に生産には膨大な資金が必要だと聞くぞ。果たして許可が降りるか…………」


 帝国が開発した『転移の精霊具』は、文字通り人や物を任意の場所へ転移させることが可能な画期的な精霊具だ。


 しかし、その精霊具は使い捨てな上に相当な労力を経て生産を可能とされる為、手軽な量産は不可能な、帝国の切り札であった。

 転移の精霊具一つで城一つ建つ程だというのだから恐ろしく高価な代物だ。そう易々と使用は出来まい。


 我が難色を示すと、アスカは余裕綽々に返す。


「問題ないですわよ。先程皇帝陛下は、わたくしが開発した言霊返し、これの生成方法を共有する代わりに、転移の精霊具を含めた精霊具の使用を許可してくださいましたから♪」

「アスカ……一体いつの間に…………ははは。我が友人ながら抜かりないな…………」

「…………マジかよ」


 アスカのあまりの手際の良さには、我もラムザッドも流石に引く。

 ……しかし、それならば問題は一気に解決に向かうのは事実だ。


「なれば、某らはすぐにでもクサビらのもとへ向かえるでござるな」

「ええ。ですが向こうで魔力枯渇になる可能性を考慮すれば、クサビの所へ行くのは明日の会合の後にした方がいいですわね」

「ふむ。同感だ。……ならばそのようにクサビには伝えよう。アスカ、念の為ヴァレンド陛下にも伝えておいてくれ」

「ええ。もちろんですわ」



 これで過去への問題も解決するといいのだが。我らの魔力を振り絞っても足りん時は、さらに時間が掛かるだろう。


 ……もしもの時は、禁術で命を幾許か削ろうとも…………。

 いや、アスカが激怒しそうだな。まったく。



「しかしこれでついにクサビは、我らの目の届かない所まで征くほどになったか」

「そうですわね……。ふふ、チギリ、寂しいのかしら?」


 どうやら我は少々黄昏ていたらしい。アスカが茶化したように言う。


「ふっ。柄にも無く、な……。何せクサビには無事に戻ってくれなければならんからな」

「勇者という重圧とは如何程にも重いものなのか、某には察して余りある……」

「あァ……。だが俺らには寂しがってる暇はねェ。魔族の奴らを引き付けねェといけねェンだからな!」


 一同は強く頷く。


「…………送り出してあげましょう。勇者を……いえ、わたくし達の可愛い教え子を、ね」


 アスカは思いを馳せるように穏やかに微笑む。

 一同はさらに強く頷いた。

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