目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第32話 一転攻勢

「ひぃぃぃ!! もうダメだぁぁぁ!!! 勘弁しておくれよぉおお!!!」


 原っぱを駆け抜ける俺の後ろ、大群で追い掛けるカノンブル。ブルブルブル。

 足をフルで回転させて全身で前進する俺の雄姿は眩しかろうて! なぁ!?


「ぬぐうぅぉぉおおおお!! 足が千切れちまうよぉぉ!!」


 俺の美声の悲鳴はきっと、カノンブルの鼓膜を刺激して興奮させる事請け負い。

 本来ならおっぱいのおっきいお姉さま専用のイケメン声なのにな!?


「ほげぇぇぇぇぇ!! 腰に響くぅぅぅうぃいやっ!!!」


 無様すらイイ男振りを隠せないはずの俺の姿を追って、追ってっ!


 おえぇっ。やっばえずいた。


 ◇◇◇


「しっかし、いくら作戦でもちょっと見るに堪えないわね。涙に鼻水まで垂らしながら、だいぶ酷い顔になってるわよアイツ」


「仕方ありません。この作戦はあの足の速さと惨めな臆病さが鍵となります。……彼を乗せるのに手間が掛かったのでその分は働いて貰わなければ」


「ほんとぉに演技に見えないね。カノンブルも騙されて本気で追い掛けてるよ」


(でも、そういうところをちょっと可愛いと思ってしまうボクがいる)


 ◇◇◇


「そろそろ俺の体力もやばくなってきたぜ。……もういいだろう、食らえ牛モドキめ!!」


 原っぱの端に追い込まれた俺。いや、あくまでもそう演出しただけに過ぎない。

 俺は、懐からボール状の物体を取り出した。


 おらッ! 堕ちろってんだよ!!


 背後から向かってくる牛共の群れに向かって勢いよく投げつけるボール。

 先頭の一頭のドタマにぶち当たると、そこから大量の白いが巻き上がってすぐさま充満する。


 苦しみだす牛共。何故ならそれは、ラゼクが調合した痺れ薬に俺が持ってきたコショウを混ぜ込んで作った煙玉だ。アイテム制作の得意なチェナーに頼んで作って貰ったのだ。


 強烈な痺れに加え、コショウで刺激される鼻孔。こりゃあ効くぜ。なんせちょっと離れたところにいる俺も苦しいくらいだからな!!

 もっと距離考えて投げるんだった……。


 とはいえだ、直接効果のあるのは先頭の数頭だ。さらに後ろからやって来ているもう数頭には効果は無い。

 だがそれでいい。足を止めた先頭に集中すれば、そのまま勝手に自滅してくれる。


「がっはっは! 大量だぜおい!」


 さらにである! 俺はいわゆる囮でもあるわけで。


 先頭にぶつかる牛共、そのさらに後方から走って来る哀れな貧しい胸の四人。

 ……うち一人はもう既に息が切れ始めているが。


 一寸とも揺れる気配の無いその女共は、背後からカノンブルを襲い始める。


「ロクに動かない的に当てるなんて、ぼくのポリシーに反するけど。え~い!」


「特製の麻酔を受けてみなさい!」


「私もやりますわ! えぇええいッ!!」


 ドロシアがホルスターからマグナムを抜き、素早く撃つ。

 ただの弾丸では軽く傷がついて終わりだが、今回の作戦に合わせてチェナーが即席で作った麻酔がたっぷりと塗ってある弾丸だ。


 それに合わせて苦無を投げるラゼク。これにもお手製の神経毒が塗られている。


 さらにトドメと言わんばかりにティターニが剛速球で俺が持っていたのと同じ煙玉を投げつける。つーか肩強くねぇかあの子?


 連続でこんなもの受けるカノンブルも溜まったものでは無い、ただでさえ先頭の連中は痺れやらコショウやらで苦しんでいる時に食らったのだから。


「ブモォォォオオッ!!? っ……………………」


 涙と鼻をグズグズにしながら不快な深い眠りにつくのだった。

 哀れ。


「ふっ、終わったな。楽勝だったぜ」


「アンタ、その顔どうにかしなさい。見るに堪えないから。ほら」


 いつの間にか俺のそばに来てハンカチを渡してくるラゼク。

 顔を拭いて濡れたハンカチは、俺の努力の結晶だぜ。チーン!


「はい」


「いや返さないでよ。帰ったらアンタが洗濯しなさい」


 ちぇっ、今回の主役に向かってケチな女だな。


「そんな事よりも、証拠の写真を撮りましょう。キッチリと仕留めた事を教えなければ、この手の依頼人というのは基本的にお金払いが悪いので」


「へぇ~。やっぱり同じパーティの仲間だっただけあって、エルと同じ事を言うのねアナタ」


「はぁ、そうですか彼も。同じように見られるのは心外ですが、元とはいえ組んでいましたので。その時の教訓が彼の中でまだ生きていたのでしょうね。………………まぁいいですが」


「ん? 何か言ったかしら?」


「いえ何も。それよりも写真を……」



「ちょっとエルさ、そのアングルじゃあダメでしょ。もっと角度を変えてさ」


「馬っ鹿言ってんじゃねえぞ素人みてぇな事言いやがってよ。この被写体に対してはもっと斜め上から見下ろすように撮らなきゃダメなんだよ」


「ええ~! いややっぱこうだよ!」


「喧嘩は止めて下さ~い! 万が一にも起きる可能性もあるわけですし」



「あっちは賑やかね。アナタ達っていつもこういう風だったのね」


「勘違いをしないでください。わたしはあんな人達とは違います! それより二人共、あまり騒がないでください。ティターニさんも言ってるように、何かの拍子で起きてしまうかもしれないじゃないですか」


 何か言ってんなチェナーのヤツ? 確かにちとうるさかったか。


 それはさておき、だ。

 今は寝ているコイツらだが、当然寝かせたままってわけにもいかない。


 キッチリとシメたあとは、業者に頼んで引き取ってもらう手筈になっている。

 もちろん肉じゃない。肉は食い物にならんが、コイツらの皮は上等な革製品になるんだ。特に野生のヤツはな。


 依頼にはそこまで含まれていないが、仕留めたあとの処理は好きにしてくれと言われてるんでな。丁度いい小遣い稼ぎだぜ。


 問題は如何にコイツらを出し抜くかだ。

 さてどうする?


「さて、もう依頼も完了したようなもんだし、ふもとにうどん屋さんがあったわよね? 焼肉とまではいかなくても、そこで肉うどんでも食べない? アタシが全員分奢るから」


「ええ!? ほんとうラゼクちゃん?! やったぁ!! ぼくラゼクちゃん大好きぃ!!」


「私もご一緒してよろしいんでしょうか? 今回あまり役に立っていませんし、悪いですわ」


「もちろん構わないわよ。そんな事気にせず、次頑張ればいいじゃない。ゲン担ぎの意味も込めて一緒に食べましょ」


 へっ、相も変わらず何も考えてないように喜ぶドロシアだぜ。コイツは大丈夫だな


「……何ですエレトレッダさん? あまりジロジロと見られても不快なんですが」


「別になんもねぇよ。口の悪いヤツだな」


 よし、コイツも大丈夫だな。ふぅ~。


「ちょっとエル。アンタはどうするのよ、うどん」


「ああ、ちょっと今話掛けるなよ。どうバレないように牛共を引き取ってもらうか考えてんだよ」


「……何の話?」


「ああ、コイツらをドロシア達にバレないように業者に売らないと。バレたら独り占め出来ねぇだろうが…………あ」


 気付かなかった!? まさかラゼクが俺の隣に移動していたとは。

 独り言のつもりだったのにぃ。


 俺を見る周りの目が尖っていく。


「貴方まさか、カノンブルの皮を売買しようと言うのですか? わたし達に黙って」


「ちょっと!? それどういう事? ぼく達だって頑張ったんだよ。それを独り占めしようっての!?」


「あ、いやだから」


「それアタシも聞いてないんだけど。どういう事か説明してもらえる?」


「エレトレッダさん。流石にそれは擁護出来ませんわ」


 詰め寄られる俺。これはマズい。


 パーティを組む上で利益の独り占めは本来ご法度なのだ。

 これが原因で解散なんてのもよく聞く話だぜ。


「ちょ、ちょっと落ち着いて頂けませんかお嬢さん方。いやね、これには深い事情というものがございましてですね」


「一時的とはいえ仲間であるわたし達を裏切る行為は許せません。それに、カノンブルの素材を売却すればそれなりの金額になります。それはつまり……」


「あばよっ!!」


 このままではマズいが打開策も思いつかない。俺は脱兎のごとく三人から逃げ出す事にしたのだ。


 …………………

 …………

 ……


「エル! ぼくの狙いから逃げられるだなんて、思うんじゃないっ!」


 岩肌がむき出しになった大地を、必死の形相で逃げるイケメンが一人。

 俺だ。


 その端正な顔立ちは、例えクールを装えなくても崩れるなんて事は無い。

 ……無いが今は多少の無様を晒してでも逃げねばならんのだ!


 背後から迫ってくるのは、テンガロンハットを被ったカウボーイ被れのドチビ。

 自称、早撃ちの名手を気取った少女。


 それが今の俺の現状である。

 その後ろでは他三人も追って来ており、完全に逃げ出すのが難しい状況になってきてやがるぜ!


 ドロシアのヤツ、俺がホームセンターで買ったロープを持ち出して、さながら牛を捕まえるカウボーイ気取りだ。


 クソったれぇ!! ちょっとした小遣い稼ぎじゃねえか!!


「うわっ!?」


 不意に足が取られる。まるで踏み出した先に突風が起きたかのように。


 チェナーのヤツだな! こんな子供騙しの魔法にやられるなんて!!


 慌ててバランスを立て直そうとするも、時既に遅し。


「捕まえたよエル!!」


 ドロシアのロープで捕らえれられ、その勢いのまま顔面から地面にダイブする。


「へぶっ!!?」


 見事ヤツらの作戦が成功した。つまりこれは俺の敗北なのである。


 ティターニに起こされながら、俺は堂々と潔く負けを宣言した。


「へへ、やるじゃねぇかお前ら。その努力に免じて分け前を与えんでもないぜ? ――俺が六、お前ら四人で四でいいよな?!!」


「いいワケが無いでしょうが!!!」


 瞬間、俺の頭上に降って来たのはラゼクの重い拳であったのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?