「…………来たか」
此処は森。喧騒は無く息を殺す者が自分。
歩いて見えるは野盗、無防備にも一人。
であれば出て行くべきだろう。
私は奴の前へと姿を現した。
「何だテメェは!?」
「貴様ら野党共の討伐を依頼された者だ。既にこの先にあるアジトは壊滅した、後は貴様一人」
私は左手で愛用のレイピアを抜き放ち、目の前のならず者に向けた。
「せめて最後の慈悲だ。抵抗は許す、来い……!」
「な!? ナメてんじゃねぇぞアマァ!!」
懐からナイフを取り出し、切りかかってくるその男。
しかし所詮は素人の動きだ。私には止まっているようにしか見えぬ。
ドズっ……。
レイピアでナイフを弾くと、右手で男の鳩尾を殴りつける。
「うっ! ……」
「安心しろ、殺しはしない。貴様らを裁くのは司法だからな」
気を失って倒れた男を見下ろしながら、私は剣を納めた。
さあ、依頼完了の報告に行かなくては。
◇◇◇
「あぁ、いい感じの依頼が無ぇなぁ。もっとこう巨乳のお姉ちゃんが依頼主でさ、三日くらい護衛して、そして依頼完了した直前に『もう依頼なんていいの……、貴方と共に居たい!』的な事言われてそのままゴールイン! みたいなの……、無いかぁ。つまんないの」
ギルドで依頼を探しに来たはいいが、いまいちピンと来ねぇんだよな。
ラゼクが聞けば、選べる立場か。みたいに言われんだろうけども。でも、ねぇ。
せっかく今日はアイツと別行動なんだから、好きな仕事がしたいんだよな。
ラゼクは昨日から泊りがけの依頼で街を離れてる。
色々経験したから一人でこなしてみたいんだと。そこまで考えるようになったとは、アイツを育てた俺としても感慨深いぜ。
なんて言ったら、そんな覚えは無いと言いやがった。白状なヤツ。
そういうわけで俺一人。冷蔵庫にアイツが飯を作り置きしておいてくれたから腹の虫が鳴る事は無い。つってもバランスだかなんだかと俺の嫌いなトマト入れやがって。後で文句言ってやる。
「ん~、やーめたっ! 今は懐にもちょっと余裕があるし、アイツが帰ってくるまで遊ぶか。久しぶりにナンパでもしよっかなぁ~」
クサクサしたときはサッパリとストレス解消に限るもんだ。
どうせアイツが戻って来るまで時間はある、ちょこっと遊んだってバレやしねぇだろ。
そうと決まれば回れ右だ。
俺はルンルン気分でギルドの出入口へとスキップした。
◇◇◇
「はい、確かに。依頼完了を確認致しました。こちら報酬となります、ご確認下さい」
「分かりました」
野盗退治から戻りギルドの受付で報酬を確認する。
金には困ってはいないが、冒険者としての仕事はやり甲斐がある。
あの野盗達は警察に突き出した。拠点がわからずに手を焼いていたらしいが、感謝されるのは悪い気はしない。
不当に人々を脅かす者を許してはならないのだ。
「では、またのご利用お待ちしております」
受付の女性の声に見送られながら、私はその場を離れた。
今日はどうしようか? 仕事を終えた後の事を考えていなかったが、鍛錬でもするか?
そう思っていた時だ、前方に見知った顔を見たのは……。
「あの男は……!」
「ルンルルンル~ン♪」
い、いや。何を驚いているのだ。奴も、一応は冒険者の端に席を置かせて貰っている身、このような所で会ったとして不思議では無い、無いのだ。
こちらに来る。どう、声を掛ける? いや、別に掛ける必要も無いが。
少しずつ近づいてくる距離。
し、仕方ない。此処は冷静に何の気なく話掛けるとしよう。
「ひ、ひさしっ」
声は掛けた。掛けたが奴は私に気付かず横を素通りしていった。
何だと!?
「おい!」
「ん?」
は! 何故私は声を荒げてまで呼び止めたのだ!?
別に通り過ぎるというのであればそれで構わないはず。だが、声を掛けた以上は言葉を繋げなければ不自然だ。
「ひ、ひさし「あん? なんだ誰かと思えば、アリゼか。仕事帰りか何か? 相変わらずの仏頂面だな、胸まで堅そうなのも代わり映えしねぇな」は?」
私の言葉に被せるように、奴は口を開いた。
久しぶりに聴く奴の声で、しかもあの頃と同じように私の事をコケにして来た。
久しぶりに会ったのに……!
「き、貴様! 開口一番になんだそれは!? べ、別に私は自分の胸の事など気にしていないが、女性に対して失礼にも程がある! 私は気にしてなどいないが訂正しろ!」
「そんな言われたって……。どう訂正しても現実は変わんないぞお前」
「変わる変わらないの問題では無く、極一般論としてッ! 失礼極まりない発言だと言っているのだ! 謝罪だけでもするべきだ!!」
「お、お前そんなに声出すから周りに響いてるぞ」
は!? そう言われて周りを見れば、確かに何事かとこちらを見る目線が複数。
「ちょ、ちょっとこっちに来い貴様!!」
「なんだよ! 何すんだよいきなり!?」
奴の腕を掴むとそのままギルドの外へ出て行く。か、顔が熱い!
この男と関わるといつもこうだ。
だったら関わらなければいいだけなのに、その判断はもう遅かった。
◇◇◇
ギルドの外に出るとそのまま人気の無い路地裏へ連れ込んだ。
「貴様のせいで恥をかいたぞ! どうしてくれる!?」
「勝手に大声出したんじゃねぇかよ。何? 謝ればいいの? じゃあ悪かったよ。……これでいいか? じゃあな、こっちも暇じゃ無いんだよ」
「ま、待て! そんな謝罪の仕方は無いだろう、それにだ。貴様、今暇では無いと言ったな? 何かあるのか?」
「あ? そりゃあまあ、ナンパとか」
「!? 不純だぞ! き、貴様それでも栄光ある勇者パーティの元メンバーか!」
「いやお前らが追い出したんだろうが。大体もう元なんだから、アレコレ指図される筋合いは無いっての」
「それは……っ!」
た、確かに。前まではパーティーの品位が落ちるといくらでも邪魔が出来たが、その理由はもう無い。この男が何をしようと私には止める権利が無い。
「ま、そういうこった。あばよ、お前も暇なら彼氏でも作るんだな。少しは女らしさが身に着くかもしれんぜ?」
「くっ、馬鹿にして。余計なお世話だ。………………待て! 確かに今の私には時間がある、ならば貴様付き合え!」
「はぁ?」
「今の貴様はパーティには関係無い。無い、がっ! 一人の知人として貴様が警察の御用にならないように見張る権利はある。………………はずだ」
これならどうだ? 我ながら中々良い理由付けではないか。
「いや何言ってんだ? 無茶苦茶言ってんじゃないよ、やる事無いなら帰って好きな剣でもいくらでも振るってろ。もしくは大好きなスイーツショップ巡りでもしてるんだな」
「貴様、私は別に甘いものなど」
「お前さ、前にどっかの山奥の村で出されたチーズタルト見て涎垂らしてたじゃん? 隠し切れねぇだろ今更」
「うぐ……。……いやち、違う! あれは、……あれはあれだっ!! ともかく、パーティから抜けたからといって一般女性に対する対応は別だ! 今日一日ついて回ってくれるっ!!!」
「えぇ……」
ほら行くぞ! そう言って私はこの男の腕を引っ張って路地裏から飛び出した。