「ねえ、立神君てあの子と付き合っているのかしら?」
桐生真希は、同じクラスの
「あの子って?」
千沙が訊く。
「ほら、いつもお弁当を立神君にもってくる、隣のクラスの伊集院さん」
真希が答えた。
「ああ、どうなのかしら。でも、いくら立神君でもあの子とは付き合わないんじゃない」
「そうかしら。でもいつもお弁当を一緒に食べてるし、あんなことは付き合っていないとしないように思うんだけど……」
「確かにそうだけど、立神君も否定してるし、それに立神君の場合は特殊じゃない」
「特殊って?」
「だって首から上がライオンだし。食欲もすごく旺盛だから、食べるものをくれるならなんでももらうんじゃない?」
千沙は少し笑っていた。
「ウフフ、あの人ってホント食べるのは好きそうだものね」
真希もつられるように笑った。
「それに、みんな口では二人が付き合っているように冷やかしてるけど、本当はそんな関係じゃないって思っていると思うよ。私もそうだし」
「どうしてそんな関係じゃないって思うの?」
「だって、あの伊集院って子の顔はウフフ、たぶん男子はみんな敬遠すると思うわよ」
千沙は笑いながらハッキリ言った。
「やだ、千沙。人のことを顔で判断するなんてダメよ」
聖母のような心を持った真希としては、そういう考えは受け入れ難かった。
「真希はそういう考えでも、人なんて結局見た目が八割よ。実際男子が付き合いたがる女の子ってかわいい子ばっかじゃん」
千沙は逆にさばけていた。
「もう、千沙ってすぐそういう言い方するんだから」
真希は膨れた。
「まあ、まあ。でも、ホント、立神君は彼女とは付き合っていないと思うわ。見てたらわかるじゃない」
「千沙って見てたらそういうことがわかるの?」
「普通わかるわよ。真希が特殊なの」
「もう、私は特殊じゃないわ」
真希はまた膨れた。
「ところで、どうして立神君とあの子の関係をそんなに気にするわけ? ひょっとして、真希って立神君のことが好きなの?」
千沙はそう言って真希の腕を突いた。
「やだ、そんなんじゃないわ。でも、立神君ってなんかだ男らしくて豪快でいい人だなって」
「へぇ、それって好きだってことじゃないの」
「もう、だからそういうのじゃないって」
真希は頬を赤らめた。
「別に否定しなくていいじゃない。私と真希の仲なんだから」
「そうだけど……」
真希は黙った。
「もし、彼のことが好きなら、早いうちになんとかしたほうがいいと思うけど」
千沙が言った。
「なんとかって?」
「だから、告白するとか」
「そ、そんなの無理よ」
真希は顔を勢い良く横に振った。
「じゃあ、真希もお弁当を立神君に作ってあげたら。彼はそういうのは絶対喜ぶだろうし」
「そ、そうかしら?」
「そうに決まってるじゃない。彼って食べるものならなんでも喜んでるようじゃない。特に肉が好きみたいだから、そういうお弁当を作って明日でも持ってきなさいよ」
「う、うん。じゃ、じゃあ、明日作って持って行ってみるわ」
二人は別れてそれぞれ家に帰った。
翌日、真希は家にあるできるだけ大きい弁当箱にご飯を大量に詰めて、別の弁当箱に焼いた牛肉をいっぱい詰めた弁当を持って学校に来た。
そして昼休み。
「あの、これ。良かったら食べて」
真希は隣のクラスから伊集院留美が来る前に、自分の持ってきた弁当を立神に差し出した。
「え?」
転校してきて以来ずっと隣の席だったが、立神と真希はあまり話をしたことがなかった。
それなのに突然弁当を渡されて、立神はさすがに驚いていた。
「おいおい、立神。お前、桐生さんにも弁当を作って来てもらったのかよ。やるなぁ。ヒヒヒ」
クラスの男子が冷やかす。
「うるせえ」
立神はその男子を軽くビンタした。
しかし軽くと言っても、ビシッと鋭い音がして、その男子は友達に付き添われて医務室に行くことになった。
「立神のヤロー、冗談で言っただけなのに……」
「まぁまぁ、立神を近距離から冷やかしたお前が悪いよ」
ビンタを喰らった男子は涙と鼻血を流しながらブツブツ言った。
「もらっていいの?」
立神は遠慮がちだ。
「立神君、いつも隣のクラスの伊集院さんのお弁当と自分で持ってきたのを食べてるけど、足りてないみたいだし。立神君のお口に合うかわからないけど」
真希も遠慮がちだ。
「ありがとう。じゃあ、いただきます」
そう言うと、立神は受け取った弁当をすぐに開けて、ガツガツと食べ始めた。
「おおっ、こりゃうまい!」
立神は口の周りにご飯粒をつけながら言うのだった。
「あれ、立神。お前、桐生さんからも弁当もらったのか?」
宮下が近くに来た。
「そうなんだ。ガハハハ。うめえよ」
立神は上機嫌だ。
「へえ、立神君、モテモテだね」
佐藤も来た。
「モテモテ?」
その言葉に立神は急に顔を赤らめた。
「うん? どうしたんだ?」
宮下が訊いた。
「あ、いや……」
「あれ立神君、なんかはにかんでるみたいだけど、ひょっとして桐生さんのことが好きなの?」
佐藤が立神の様子を見て言った。
「いや、その、なんと言うか……ガハハ、ガハハ」
立神はなんだかぎこちなかった。
そこに隣のクラスから留美がいつもどおり弁当を手にやって来た。
「立神君、お弁当持ってきたわよ……。あら?」
留美は立神がすでに弁当を食べているのを見て止まった。
「なに、そのお弁当?」
留美の声のトーンが低い。
「なにって、これは桐生さんからもらったんだよ」
立神が真希を指さして言った。
「どういうつもり? お昼は私のお弁当を食べる約束じゃない」
留美が言う。
「いや、そんな約束はしてねえよ」
立神は食べながら答えた。
「ちょっと、あなた、私の立神君に馴れ馴れしくしないでよ」
留美が真希に対して強め言った。
「ご、ごめんなさい。私、そういうつもりじゃ……」
真希は申し訳なさそうに身を縮めた。
「別にいいじゃねえかよ。俺は弁当は多い方が嬉しいし」
立神は真希の作って来た弁当をちょうど食べ終えた。
「なに言ってるのよ。私が作ったもの以外は食べないで。出しなさい」
留美は立神のライオンの口をつかんで、無理やり広げて中のものを出そうとする。
「ぐわっ、あぐあう、あ、あめろ!」
「やめないわ。あなたは私の作るものを食べていたらいいのよ。こんな下品な女の作ったものなんて食べちゃダメ」
「うごうご、あ、あめ、ぐわ」
口を無理やり開かれて、立神はモゴモゴしている。
「ちょ、ちょっとやめろよ」
宮下が留美を止めに入った。
「そうだよ。そんなの無茶だよ。それに桐生さんは下品じゃないし」
佐藤も止めた。
「もう出せないわ。そうだ。私の作って来たお弁当を早く食べて。それで中和するのよ」
留美は持っていた弁当を開けると、それを流し込むように立神の口に入れていった。
「ぐわあわ、あ、あて、うぐ、あわ」
立神はまるで食べ物でおぼれているような状態だ。
そのタイミングで、たまたま立神の鼻がムズムズしたのだろう。
「ハ、ハ、ハックション!!」
と立神は大きなくしゃみをした。
すると、口に無理やり流し込まれていた食べ物が、一気に吹き出された。
バーッと飛んだ食べ物は、留美のカバ顔を中心に飛び散った。
「アハーン、私の作ってきたものはもう食べられないって言うのね! ひどい!」
留美は急に泣き出して教室から走って出て行った。
「い、いや、いまはくしゃみが出ただけで……」
立神は止めようとしたが、間に合わなかった。
「立神君、まずいんじゃない?」
佐藤が言った。
「いや、でも、俺はなにもしてないぞ」
「そうだけど、これまで散々弁当を食べさせてもらったわけだし、一応後で謝った方がいいと思うぞ」
宮下も言った。
「ええ、なんで?」
立神は不満そうだ。
真希はその間に、くしゃみで飛び散ったものをぞうきんを持って来て拭いて掃除していた。
(立神君って、本当はあの子のお弁当を食べたくなかったんじゃないかしら。それでわざとくしゃみをする振りをして出したんじゃ……)
真希はまだいまいち立神のことを理解していないようだが、立神への思いはさらに募るのだった。