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第75話 それでも、彼女は叶えたくて

 椎名が語ったのは中学演劇部でのことだった。

 それが部活としてよくあることなのか、あるいは稀なケースなのか分からないが、俺が話を聞いて感じたのは一つ。

 その部活は良くない。

 それだけは話を聞いただけの俺でもはっきりと分かった。


「中学時代、私が所属していた演劇部は『みんなで決めましょう』っていう方針で動いていたわ」


「みんなで決める?」


「ええ、多数決や反対意見がなくなるまで話し合っていろんなことを決めていたわ」


「それって……」


「ええ。地獄だったわ。劇を何にするか、音響照明演出は誰にするか、役者が演技でもめた時すら、その役者だけでなくみんなで話し合って決めていたわ」


 思い出に浸るでもなく哀愁に満ちるでもなく、椎名はすまし顔だった。

 何一つ懐かしいものなどないと断言しているように。


 俺は息を呑んだ。

 春休み、部活動紹介の劇を決めたことを思い出す。

 それを考えると事あるごとに話し合うというのは、確かにある意味地獄かもしれない。


「知っているかしら? それとも想像するだけで十分かしら? 例えば樫田のような進行役のいない話し合い。そこに自分の意見を言わずにテキトーに周りの意見に賛同するだけの人、絶対に自分の思い通りにならないと気に食わない人はいても、折り合いをつけようとする人も落としどころを探そうとする人もいない。かみ合わない上に潤滑油のない歯車ね」


 最悪だろう。

 ましてや中学生。そんな状況ならまともな議論をするのは難しいだろう。


「顧問の先生とかは介入しなかったのか?」


「放任主義だったわ」


「そうか……椎名は、その中じゃどういうポジションだったんだ?」


「私は、どちらかというテキトーに無難な意見に賛同していたわ」


「え」


「意外かしら?」


「ああ……」


 椎名は予想していたのか、特にどうってことない様子だった。


「てっきり自分の意見を言ってぶつかっていると思っていた」


「そうね、ぶつかることができたなら、そうしていたかもしれないわ」


 後悔? いいや、もっと冷たいものだ。

 ぶつかることもできない。それは感情も考えも出すところがないということだ。

 よっぽど酷い環境だったのだろう。


「まとめ役がいないのも辛いけど、何より自分の意見が通らないと不機嫌になる子が何人かいたのが一番辛かったわ」


「うわぁ」


「ふふ、想像に難くないかしら。そんな部活だったから私は意見を言うことはあまりしなかった…………まとめ役がないこと、自分のしたいことしか言わない人と周りに同調する人しかいなかった結果、部活は停滞したわ。目的も目標もないから惰性で演劇をする。しかも段々話し合いが面倒になっていって、みんなテキトーに手を抜いたりサボったりし始めたわ」


「結果、どうなったんだ?」


「どうってことはなかったわ。ただ時期が来たら新入部員が入って三年生になったら引退する。みんな無気力にただ時間を浪費するだけ」


「そうだったんだな……」


「あそこで私が教わってことはただ一つ。誰かが引っ張らないと集団は停滞して、何か目標がないと退廃するってことよ」


 椎名の言葉から固い決意を感じた。

 中学時代の経験から、そう思わざるにはいられなかったんだろう。


「……だから、大槻がみんなで決めることって言った時、あんなに感情的になったのか」


「正直自分でも驚いているわ。割り切っていたはずなのに、いざ目の前で言われると耐えられるものではなかった」


 はたしてそうだろうか。

 割り切っていたのは、中学時代のことか大槻のことか。

 どちらにしても椎名の中で割り切れない何かがあるのではないだろうか。


「ねぇ杉野」


「ん?」


 椎名が俺の名前を呼ぶ。

 いけない。少し考えすぎて黙ってしまった。


「私は中学時代演劇部で思い出と呼べるものはなかったわ。そしてこの一年…………色々あったけど誇れる思い出は、その、あなたに面と向かって言うのは申し訳ないけど、ないと感じているの」


「ああ」


 それは何となく知っていた。

 始めて全国大会を目指すことを相談されたときも楽しくないって言っていたし。


「私は欲しいの。ただ漠然とした演劇部だったっていう思い出じゃなくて、ちゃんと頑張って、一生懸命だったって誇れる、そんな瞬間が欲しい」


「それが、全国大会を目指す理由か?」


「そう、とも言えるわ」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと椎名は言った。

 どこか含みのある言い方をしたが、ちゃんと続きを説明してくれた。


「始めに思ったのは、私が部長になって部活を引っ張っていこう程度だったの。厳しく、けど一所懸命にやって笑い合えるような部活にしようって……でも、なぜかしらね。みんなと部活をしていくうちに私の中で欲が出始めたのかしら。このメンバーなら…………ちゃんと話し合えて、ぶつかって、決めていく私達なら全国に行けんじゃないかって思い始めたの。不思議よね。別に特別な証拠があるわけでもないのに」


「不思議じゃない」


「杉野?」


「それはきっと椎名の渇望だよ。見て考えて思って、それで独りで決めた叶えたいことだ」


「ふふ、森本先輩みたいなことを言うのね」


「かもな」


 二人で笑った。

 そして、俺は知った。

 椎名の渇望、その成し遂げたい理由を。

 知らなかったさっきまでとは違う。

 より濃く、より深く俺の中に刻まれた。


「杉野」


 真剣な表情で椎名が俺を見る。


「私は、佐恵や大槻があんなことを思って部活をしていたことを知らなかった……いや二人だけじゃないわね。カラオケ屋での樫田や栞だって、参加せずとも結論を信じた山路の意志だって、何にも知らなかった」


「俺も知らなかったよ」


「杉野のことだってさっき新しいことを知ったわ」


「それはお互い様だろ」


「それでも私は私の渇望を叶えたい」


「…………」


「改めてお願いするわ。私と一緒に全国大会を目指してほしい」


「!」


 そう言って、椎名は頭を下げた。

 俺は驚いたが、すぐに笑って答えた。


「ああ、もちろんだ」


「……ありがとう」


 椎名は顔を上げ、俺と目が合うと笑った。

 その笑顔は、儚げながらも覚悟の決まったような力強さを感じさせた。

 今までに見たこともないその笑顔に思わず見惚れてしまった。


「そ、それじゃ全国目指して今後のことを話さないか?」


 俺は誤魔化すように、早口だった。


「そうね。目下のところ部長になるって話をしていたけど――」


 こうして俺たちはいつものように作戦を練る。





 ――人は、自分が思っているほど他人を分かっていないのかもしれない。


 話し合って、ぶつかり合って、叫びあって、少しだけ人の想いを知る。

 たった二日の出来事だったけど、俺は部活のみんなのことを少しだけ深く知り成長できたのだと思う。


 みんなそれぞれ集団の中で、自分なりに考えて行動していたことを実感した。

 誰もが部活を好きだという当たり前のことを、今更ながら思い知った。


 そしてこれからも俺達はお互いを少しずつ知っていくだろう。


 果てに何があるかは分からないが、みんなで笑って部活をするために――。




 第2章、第3章 完


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