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EX9 彼は彼女の危惧を知る

 駅の改札口近くにあるコンビニに鯉のぼりが飾ってあった。


 ああ、そうか。今日は五月五日か。

 あれ、俺のゴールデンウィークもう終わり……?

 歓迎会からの二日間を経て、俺は駅前で人を待ちながら学校の課題って何があったか思い出す。


 ……てかそもそもあったっけ? いや、そんななかったんじゃないか?

 うん、なかったことにしよう。

 台本読むのが楽しすぎて、全然進んでないなんてことはない。

 もうすぐ春大会。学業など些細なことだ。

 そんな現実逃避をしていると彼女がやってきた。


「お待たせ樫田」


「いいや、俺もさっき来たところだよ増倉」


 そう答えると増倉は「良かった」と笑い、スマホを見た。


「急に呼んでごめんね。昼ご飯ってもう食べた?」


「まだだけど、今日はどういう用件で? 会おうとしか聞いてないけど」


「う~ん、ちょっとして進路相談?」


「俺は教師か」


「ふふ、でも演劇部の進行役でしょ?」


「さすがに個人の進路までは関わらないぞ」


「じゃあ、演劇部の進路なら?」


 笑顔のまま、増倉がこっちを見て聞いた。

 どうせ、演劇部のことだって分かっていたんでしょ?

 そう言われているようだった。

 腹の探り合いってわけじゃなさそうだな。


「はぁ、話聞くから、どこで話す?」


「早くて助かるね。そこの一階にあるカフェはどう?」


 ショッピングモールの方を指さす増倉。

 どこでもいい俺は軽く答え、歩き始める。


「ああいいぞ。行こうか」


「ありがとう」


 なぜか、お礼を言われ俺たちはショッピングモールへと向かった。


 そもそも、なぜこんなことになったのか。

 昨日杉野たちと男子四人でラーメン食って大団円で一段落ついた。

 そう思っていたのに、帰ってスマホを見ると増倉から連絡が来ていた。

『お疲れ、良かったら明日会わない?』

 驚きながらも何回かやり取りをして、会うことにした。

 正直きな臭い感じはしたが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 もうすぐ春大会もあることだし、ここらで情報収集しとこう。

 そんなこんなで、俺の高二のゴールデンウィークはほとんど演劇部関係で終わる。


 脳内振り返りが終わることにはカフェについた。

 連休ということもあり、けっこう混んでいた。

 俺はアイスコーヒーを増倉はダークモカなんちゃらかんちゃらを頼んで奥の方の二人席に座る。


「で、何が知りたいんだ?」


「うわ、直球だね」


「じゃあ、大槻の件で感傷にでも浸るか?」


 俺がちょっと嫌味っぽく笑う。

 意外なことに、増倉は視線を少し落とし黙った。


 何か思うところがあるのか。

 ただ、その様子はらしくない感じだった。


 俺の中で何かがうずく。

 あー! もう! これじゃまるで教師じゃねーか。


「ったく。言いたいことがあるんだろ? どれからでもいいからとりあえず話せよ」


「……ありがとう」


 そう言って増倉は飲み物(ダークなんとかって何なん? 飲み物でダークって)を少し飲んで、話し出す。


「呼んでおいてなんだよって思うかもだけど、言いたいことまとまってないんだよね」


「いいよ。支離滅裂でも俺が進行するから」


「ふふ、それは安心だ…………私が話したいのはもちろん部活の話。特に部長について」


「!!」


 その言葉を聞き、俺は驚いた顔をしただろう。

 平然を装いながら、続きを聞く。


「私はさ。誰が部長になっても正直いいかなって思っていたところはあるんだよね」


「誰がってこともないだろ」


「そうだね。可能性として樫田と私……それに香奈。あとはあって杉野かな」


「……まぁ、妥当だな。で? 思っていたってことは、今は違うってことか?」


 俺が単刀直入に聞くと、増倉は少しいいづらそうに苦い顔しながらも答える。


「そう。私は香奈に部長になってほしくない……のかもしれない」


「かもしれない?」


 思わず、そう突っ込んでしまった。

 増倉が俺の目をじっと見てきた。

 どうやら、どうしようもないほど真剣な話のようだ。


「揺らいでいるって感じか?」


「そんな感じ」


「昨日一昨日が関係しているのか?」


「……」


 増倉が黙った。

 答えたくないのか、まだ迷っているのか。

 だがここまで聞いてしまった以上、俺も引き下がれなかった。


 考える。

 この二日間のこと。そのどこで増倉は椎名を判断したのか。

 いくつか、増倉の判断材料になりそうなことを聞く。


「まぁ、椎名は杉野と何か企んではいるだろうからな」


「そうだね」


「昨日のカラオケ屋での話し合いもアレだったしな」


「うん」


「最後の公園での出来事か?」


「……それは、まぁ」


 歯切れの悪いことこの上なかった。

 え、俺話したいことがあるっていうから来たんだが。

 苛立ってもしょうがないので、別に切り口で聞いていく。


「昨日の公園での大槻とのディベートっていうかアレ。どうだった?」


「どうだったって?」


「俺や山路は友達だし、椎名はルール変更、夏村は当事者って感じで、ある意味大槻と堂々と向き合ったのは増倉だけだと俺は思っている…………だから、そんな増倉から見て、大槻の話はどこまで納得できたのかって思ってな」


「……正直、本当に驚いた。大槻があそこまで自分のこと言うなんて」


「まぁ、分かる」


「みんな、変わった」


 その一言。

 ぽつりと出たその言葉は、きっと増倉の本音だろう。

 俺は逃さずに、踏み込んだ。


「みんな? ってことは他の人もか?」


「そうだよ。私から見たら佐恵も杉野も変わった。佐恵は昨日そう思っただけだけど、杉野は二年生になってから……ううん、もう少し前かな? 変わったの」


 それはたぶん、椎名と何か企み始めた頃だろう。

 椎名を部長にするため、果ては何かを達成するためだろう。

 ただ、俺も具体的なことは知らないし、それに人は変化するものだ。


「二年生になってみんな変わったと言えば、そうだろうな」


 俺がそう同意するが、増倉は首を横に振った。


「確かに、一年生が入ったり先輩たちの引退が近づいたりって変化の時期ではあるけど、私が感じたのは、もっとこう心の変化? 杉野は特に目的をもって動いている感じ」


「それは、さっきも言ったが椎名と何か企んでいるからだろ。それが不安なのか?」


「どうだろ。それもあるかもしれないけど…………」


 さっきからどうにもはっきりとしない言いぶりだ。

 何をそんなに躊躇しているんだ?

 このままでは埒が明かない。

 俺は回り道を止めた。


「なら、椎名が部長になるとマズいことは何だ?」


「それは……それはたぶん、誰も香奈を止められなくなることだよ」


 増倉は一度言葉を飲み込もうとしたが、覚悟を決めたのか俺にそう言った。


「…………」


 言葉の意味。そしてその真意を考える。

 増倉がどうしてその結論に至り、何を危惧しているのか。

 俺は一つの可能性に辿り着く。


「杉野か」


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