私の短い言葉から、樫田はその結論に至った。
さすがだと言える。
「うん」
「なるほど……そうか、そうだな。言われてみればそうだ」
樫田は何を思っているのか、左手で頭を抱えて考え込んだ。
正直、私の考えすぎだって一蹴りしてほしかったが、やはりそうはいかないらしい。
この状況を樫田はどう見るのだろう。
期待と不安が胸を締めるのを感じながら、私は待った。
しばらくして、樫田が口を開いた。
「一応、言葉にして確認しておくが椎名が部長になるだけなら問題はない。ただ、杉野が椎名に加担すると、今までの部活のパワーバランスが崩れるってことか?」
「うん、更に言うとあの二人が組んだとき、その意見に反論できる人がいるのかって話」
「言わんとしている事は分かってきたが、それこそ今までは増倉が椎名の意見と真っ向からぶつかってきただろ」
「それは香奈と私が一対一だからできたこと。もし香奈と杉野二人の意見ってことになったらみんなの見方が変わるでしょ」
「……まぁ、だろうな。あれでも杉野は言葉が上手い」
樫田も私と同じ危惧を持ち始めたのか、そう言った。
そう、杉野は言葉が上手いのだ。ここぞという時に人に刺さる言葉を平然と言える。
「もしあの二人が部長副部長にでもなったら、どうなると思う?」
「独裁政権にでもなるってか」
「考えすぎだと思う?」
私が真剣な声音で聞くと、また樫田は考え込んだ。
ここで樫田に危機感を持ってもらわないと困る。
そうでないと、本当にそうなるかもしれない。
「……いくつか、質問していいか?」
「うん、いいよ」
樫田は考えをまとめるためか、そう言って私に質問を投げかけた。
「まず、仮にあの二人が部長副部長になったとしても、それはそれで別に反対意見は言っていいはずだ」
「それはそうだね。でも香奈は行き過ぎた行動に出るかもしれないでしょ。大槻のことだって部活を辞めさせようとまでしたんだよ?」
「大槻の件は俺たちもそれに同意したはずだ。公演での出来事は話し合った上でのこと」
「分かっている。けど、香奈と大槻の話聞いてたでしょ。ルール変更したのだって香奈が感情的になったから、やっぱりそんな人が部長になるのはどうかなって思うでしょ?」
「そこ。そこも引っかかる。椎名が部長になる前提となる根拠は何だ? さっきの話なら俺や増倉、お前の可能性もあるはずだ」
「それは……そうだけど、私は最悪の可能性を考えて……」
樫田が私を目の奥を見るかのように、じっと覗き込む。
私は見透かされたような気分になり、背筋に緊張が走る。
しかし樫田はすっと目線を下に落とし、コーヒーを一口飲む。
「まぁいい。で? 俺にそれを話したのは何故だ? 相談ってわけでもないんだろ」
どうやら、それ以上は追及しないようだ。
私は少し安心しつつ、本題を言った。
「私と同盟を組んでほしい」
「同盟?」
「うん。杉野が椎名の肩を持った時に、樫田には私の味方をしてほしい」
「ああ、そういう……」
樫田は肯定も否定もせず、そう呟く。
何か納得したような表情になっていた。
「そういう目的な。それなら大丈夫だろ。杉野は自分の意見を持っているし、椎名が暴走した時に止められるだけの冷静さは持っている」
私の目論見とは違い、樫田は杉野の肩を持った。
予想外のことに驚きながらも私は反論する。
「でもあの二人は繋がっているんだよ? このままじゃ……」
「じゃあ、一つ聞くが増倉。部長になる覚悟はあるのか?」
樫田は真っ直ぐに、私の答えたくない質問をした。
そして一瞬言葉に詰まる私を見逃さなかった。
「まぁ、そういうこった。もちろん俺は俺の立場から意見は言うし、良くないと判断したことは止めに入る。けどそれはあくまでも俺自身の判断で、だ」
同盟は組まない。
そうはっきりと言われた。
樫田なりに幾分かの譲歩をしているのは分かっているが、私は納得いかなかった。
「どうして?」
「今言った通りだけど…………そうだな。もっと理由をつけるなら俺が誰かに加担するのはそれだけでバランスが傾きすぎる」
「…………」
「俺はまとめ役、進行役であるのは誰の肩も持たないから成り立っている」
私は何も言い返せなかった。
確かにその通りだ。樫田の言っていることは理にかなっている。
でも、それじゃあ!
「私は、どうすればいいの?」
「それは……俺の決めることじゃない」
「そうだね、ごめん」
「……ただ」
樫田が何かを言いかけようとした。
私がじっと見ると、参ったかのようにため息をして答える。
「はぁ、増倉もなんとなく椎名の成したいこと、分かっているんだろ?」
「樫田も?」
「憶測だけどな。それについてどう思うかって話なんじゃないか?」
「……そうだね」
それはそうなのかもしれない。
香奈の目的。それについては大体の予想はついている。
結局のところ、そこが一番の問題だ。
でも私は。
「樫田は、出来ると思う?」
「難しい話だな」
「だよねー、でも出来ないとは言わないんだ?」
「そりゃそうだ。劇部なら目指すところではあるからな」
「そうだけど、樫田はもっと現実主義者かと思っていた」
「意外とロマンチストだろ?」
なぜか得意げな樫田に私は笑った。
そんな私を見て、樫田も笑う。
少しだけ空気が和やかになるのを感じた。
もしかしたら、樫田は私の心を見透かしたのかもしれない。
「それに、そう言うことを相談するなら俺じゃなくて杉野の方だろ」
「でも、香奈の味方なんだよ?」
「そう簡単なやつじゃないさ、あいつは」
はたしてそうだろうか。
疑問の残る私に樫田は笑顔のまま言う。
「まぁ、話す話さないは自由だが、一度杉野を探ってみるのはアリだろ?」
「……そう、だね」
確かにそれはその通りだ。
私はまだ杉野自身から何かを聞いていない。
確認の意味でも、杉野と話すのは重要なことだ。
「ありがとう、樫田」
「いいや、どういたしまして」
やることが見えると、少しだけ胸の不安が取れたような気がした。