「それでは! 今日の部活を終わります! お疲れさまでした!」
『お疲れ様でした』
轟先輩の掛け声とともに、今日の部活が終了した。
それぞれが着替えだったり片づけだったりをし始める中、増倉が俺の方にやってきた。
「ねぇ、この後ちょっといい?」
「ああ、いいよ」
「ありがとう、着替えたら駐輪場の方に来て」
「わかった」
それだけ言葉を交わすと、増倉はすぐに俺から離れた。
用件を言わなかったのは、おそらく池本が近くにいたからだろう。
俺は男子のみんなの方へ行く。
「なんだ? モテ期か?」
「茶化すなよ、大槻」
「そういうことー?」
「さぁ、どうだろうな」
山路が少し心配そうにこっちを見てきた。
二人とも増倉の要件が分かっているのだろう。
だが、金子が近くにいたためか、濁して話す。
「金子、今日の稽古はどうだった?」
「楽しかったっす! これはあれっすか? コミュニケーションを鍛える感じの練習っすか?」
「ほう、そこまで分かったか。すごいな」
当の本人は樫田と話していた。
いや、意図して樫田が話を振ったのか?
「まぁいいや、みんな気にしてるから早く行ってやれ」
「そうだねー、片づけはやっとくよ」
「ああ、ありがとう」
俺は急ぎ着替え、教室を後にする。
下駄箱で下履きと靴を変え、駐輪場へと向かう。
すると、すでに増倉が待っていた。
「悪い、待ったか?」
「ううん、全然。男子たちと喋ってから来ると思った」
「まぁ、みんな察してな」
「それって……」
増倉が一度言葉を区切り、周りを見渡す。
誰もいないことを確認してから、俺をじっと見た。
「池本のことだよね?」
「ああ」
頷くと、増倉は難しい顔をした。
自分を落ち着かせるように「オーケー」と呟く。
「ってことは男子も気にしていたんだ」
「も? それって」
「私たち女子も話してたんだ。池本だけ、その、努力が空回りしているって…………なにその顔」
「ああ、すまん。女子だけで会話することってあるんだな」
よほど驚いた顔をしていたのだろう、増倉から白い目で見られた。
けど仕方ないだろ。お前、椎名といつも言い争っているし、夏村は我関せずなタイプじゃん。
「まぁ、言いたいことは分かるけど……もう、話ズレたじゃん。本題、分かっているんでしょ」
「このままじゃマズいってことだろ」
「そう」
増倉は真剣な表情で断定する。
そこには何か固い意志を感じた。
思わず、聞いてしまう。
「ずいぶんと断定した言い方だな」
「……だって寂しいじゃん。舞台に立てないなんて、誰かが頑張っているのに見ているだけなんて」
……ああ、そうだな。そうだったな。
俺の愚問に、増倉は明確に答えた。
「それに、池本今凄い頑張っているから、役とれないと反動のダメージが大きそうだし」
「下手したら辞めるってか?」
「可能性はあると思う。男子はどんな感じの話をしたの?」
「どんなって、マズいってことが少し話題に出ただけだ。ただ今日の練習は樫田が提案したものでな。一応先輩たちと相談したらしい」
「やっぱり、このタイミングであの練習は意図してだろうなとは思ったけど」
「まぁ、少しは効果があったんじゃないか?」
「そうだけど、なんていうか焼け石に水? な感じがする」
池本について女子たちも考えていたなら今日の稽古の意図は、察するに余りあるか。
ただ望むほどの効果があったかと言われれば確かに疑問は残る。
増倉が何かを考え始める。
「樫田も動いているんだよね。なら……いや、今日のペースで本当に大丈夫かな」
「そうはいっても一朝一夕で良くなるものでもないだろ」
「それは分かっているけど! なんか、今回は先輩たちあんま動かないみたいだし心配で」
確かに言われてみれば、三年生の先輩が自発的に対処しようとしている様子はない。
今日の稽古だって樫田が言い出したことっぽいし。
なぜだ? 去年なら……いや、違う。そうじゃない。
「……たぶん、俺達が二年生になったから、先輩たちはあえて何もしないんじゃないか?」
「どういうこと?」
「要は、一年生の問題を俺達に解決させるようにしようとしているってこと」
「……引退も近いもんね」
「……ああ」
そこでお互いの言葉が止まる。
分かってはいる事なのに、いざその話題になるとうまく言葉が出なかった。
俺の中にあるのだろう。先輩たちと別れたくないという感情が。
「なら、なおさら私たちがちゃんとしないとだね」
「そうだな……っと、そろそろ出ないとだな」
「ほんとだ。とりあえずここから出よう」
巡回中の警備員さんが遠くに見えた。
俺は自転車にカバンを乗せ、増倉と共に正門の方に向かう。
門が閉まる前に何とか出ることができた。
「間にあって良かった」
「そうだね。さっき途中になっちゃったけど池本のことどうしよう?」
自転車を押して歩く俺の横に増倉が付く。
さっきの話の続きだが、実際問題どうしたものか。
考えながら少し歩いて大通りに出たところで、見知った人影があった。
「おお、来た来た」
「ずいぶんと時間がかかったのね」
そこにいたのは樫田と椎名だった。