「はーい注目! 今日の部活は練習用の台本使いまーす!」
部活の開始早々、轟先輩が台本を配る。
ひょっとして樫田の言っていたコミュニケーションを鍛えるやつか?
そう思い台本を読んでいくが、いたって普通の台本だった。
これのどこがコミュニケーションを鍛えるんだ? これだったら人狼でもやった方が……。
「今日は、あることをしながらこの台本を読んでもらいます!」
どうやら何か仕掛けがあるようだ。
轟先輩が自分のカバンからあるものを取り出した。
「テニスボール……?」
「ふふふ、その通りだよ杉野ん。今日は物理的にキャッチボールをしながら台本読みをしてもらいます!」
あー、なるほど。
俺達二年生は轟先輩が何をしようとしているか分かったが、一年生たちはいまいちピンと来ていない様子だった。
これは、会話のキャッチボールの視覚化だ。
まず、円になり座る。台本を床に置きボールを持っている人が一セリフ読む。そして読み終わると同時に、ボールを誰かに投げる(※注意、室内なので優しく投げる)。以降は一セリフ読んでは投げるのをくり返す。
簡単に言っているが、地味に難しい。
ボールを投げる方もそうだが、受け取る側がしっかりとアイコンタクトができないといけない。
それにセリフ次第ではスピードが速くなり台本を追うのも大変になる。
「じゃあ、だいたいルールはこんな感じでーす! 何か質問ある人いますか?」
説明を終えると、轟先輩は確認する。
すると、池本が手を挙げた。
「あ、あの春大会の台本で練習しないのは何故でしょうか?」
「お、池本後輩良い質問だ! それは……えっと、その……樫田ん! 任せた!」
答えんのかい! と思わずツッコみそうになる。
指名された樫田も一瞬、困り顔をしたがすぐに答える。
「理由はいくつかあるけど、ざっくりいうと今回の練習目的にはこっちの台本の方が適しているからだ」
「それで演技が上手くなるんですか?」
「演技というか、まぁその前段階の基礎練だと思ってくれ」
「……っ! 分かりました」
少しだけ池本の顔が歪んだのを、俺は見逃さなかった。
やはり焦っているのか、それとも――。
「はーい! じゃあ他に質問ある人いますかー? いなければ各学年でじゃんけんして三チームに分かれてもらいます!」
少しだけ池本に注意しながら、俺はみんなとじゃんけんをした。
『じゃんけんぽん!』
「あ」
「お」
チョキを出し、俺は増倉と同じチームになった。
なんか、珍しい感じだな。
一年生たちも決まったので合流すると、なんとチョキを出したのは池本だった。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくね」
「よろしく」
軽く挨拶をして、三人で円を作る。
ちなみにグーチームは大槻と椎名、金子。パーチームは山路と夏村、田島。となった。
そして三年生たちと樫田は隅の方で裏方の打合せをするそうだ。
「はーい! じゃあ、それぞれにボール渡すので、各自でやってくださーい!」
軽くボールを投げる轟先輩。俺はそのうちの一つをキャッチした。
それぞれのチームがその場に座り、役を決め始めた。
「じゃあ、俺達もやろっか」
「はい、お願いします!」
「オーケー、配役どうしよっか」
「そうだな――」
俺達も役を決めて、台本を読む。
――――――――――――――
結論から言おう。
うまくいかなかった。
池本は台本を読むのに集中してしまい、うまくキャッチボールができなかった。
逆にキャッチボールを意識させると、台本を読むのができない。
全体的にテンポが悪くなった。
池本自身もそのことを自覚しているのか、表情がみるみる暗くなっていく。
俺と増倉が顔を見合わせて、どうする? という感じになってしまった。
「ストップ、ちょっとやり方変えない?」
「そうだな」
「え……」
増倉がボール片手に、両手でTの字を作った(それはストップではなくてタイムだ増倉)。
俺は賛成したが池本の表情が驚きに変わる。
「……すみません」
「ううん。謝らなくて大丈夫だよ。まずはキャッチボールしながら会話できるようになるところからやっていこう」
増倉が笑顔でそう提案するが、池本の顔は晴れない。
とりあえず、台本は読まずに喋りながらキャッチボールをすることにした。
「今日の朝ごはん何食べた?」
「俺はパンとソーセージ。池本は?」
「わ、私は、おにぎり食べました。増倉先輩は?」
「私もおにぎり! 具は何だった?」
「さ、鮭です。先輩は?」
「私はおかかだった。鮭は好き?」
「はい。ええっと――」
少しずつだが、池本が目を見ながらボールを投げられるようになってきた。
テンポはまだ悪いが、相手を見ながら会話が出来ている。
増倉にボールが回ってきたところでまたストップが入る。
「オーケー。じゃあこの調子で台本を読んでみよっか」
「はい!」
再び、台本を読みながらキャッチボールをする。
今度は俺も増倉も少し会話を遅くしながら三人で一セリフずつやってみる。
「お前がやったんだろ!」
「わ、私はやっていません!」
「証拠はそろっているんだ!」
「何かの間違いです! 私は無実です!」
「じゃ、じゃあなんで凶器にお前の指紋があるんだ!」
「そんなの知りませんよ!」
俺、池本、増倉の順番にボールを投げながらセリフを読んでいく。
さっきよりは悪くないが、正直実践レベルではなかった。
本来は刑事ドラマの取調室の緊迫した雰囲気が必要となる場面だったが、セリフが少しゆっくりのためか、ただ読んでいるだけ感がすごかった。
しかし、すぐには今のこの段階から上達することは難しいだろう。
一幕読み終わると、増倉がまた止めた。
「うん、さっきよりいい感じだね。この調子でいこっか」
「はい!」
池本から笑顔がこぼれる。
それを見て、俺と増倉は少しだけ肩の力を抜いて穏やかになる。
「ちょっと一回水飲んでくるから」
「おう」
増倉が立ち上がり、カバンの置いてある方へ行った。
俺は池本に眼をやると、彼女は別の方向を見ていた。
その何とも言えない物憂いな表情が気になり、池本と同じ方向を見るとそこには夏村たちと楽しそうに話す田島がいた。
……。俺はなんて言えばいいのか分からず、黙って増倉が戻ってくるのを待った。