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第82話 宣戦布告

「はぁ~」


「なんだ? 寝不足か?」


「まぁな」


 大きなあくびをすると、横に立っている大槻が聞いてきた。

 昼食休み。俺達は両手に弁当と飲み物を持って、いつも部活で使っている空き教室の前で開くのを待っていた。


 なぜここで待っているかというと、男子だけのメッセージグループに山路から「昼食を一緒に取らない? 話したいことがある」という連絡をもらったからである。

 これまた珍しいことだった。


「山路の話って何だろうな」


「さぁ? 彼女ができただったらぶっ殺すけどな」


 なぜか殺意高めの大槻。あなたゴールデンウィークにフラれたからそういう話は触れない方がいいと思っていたけど、そうでもないのね。

 てか恋愛がらみであれだけ迷惑かけて、よくそれが言えるな。


「十中八九、部活のことだろうな」


「そうだよなぁ。なんだろ。やっぱオーディションのことか」


「タイミング的にはそうだが、改まって言うことって何だ?」


「俺が知るかよ」


「いや、まぁ、そうなんだけど――お」


 そんな話をしていると、廊下の奥の方から樫田と山路がやってきた。

 よく見ると樫田の手には鍵が持たれていた。

 近づいてきたところで俺と大槻が挨拶をする。


「おう、お疲れ」


「おーす」


「遅くなってすまんな。コバセンから鍵借りるのに手間取ってな」


「二人とも、集まってくれてありがとうー」


 樫田が扉を開け、山路は謝意を述べた。

 とりあえず、教室の中に入る俺達。

 入ってすぐの四席にそれぞれ座る。


「で、話しって何だよ山路」


「まあまあー、食べながら話そうよ―」


 座るとすぐに大槻が本題へ行こうとした。

 対して山路は落ち着いた様子だった。


 なんだ? 本当に何の話だ?

 そう思いながら、俺は弁当を開ける。

 みんなも各自で食べ始める。

 少しの沈黙の後、山路がいつもの飄々とした態度で言った。



「僕ね、主役目指そうと思うんだ」



「「「!!」」」


 一瞬、時が止まったかと思うほど静まり返った。

 そして、何故か山路は真っ直ぐに俺を見ていた。

 ドクンと俺の中で何かが燃え始める。


「お、おい、それって言ってよかったのか……?」


「むやみに自分のやりたい役をいうのは感心しないが、仕方ない。おかげで眠れる獅子も起きたしな」


 大槻と樫田もこっちを向いてきた。

 なんだよ、みんなして。


「わぁ、杉野のやつ思いっきり笑っているぞ」


「目が覚めたのだろうな」


「意味は分かるけどさ、なんでそんな厨二チックなん?」


「バカ、シリアスムードだろ」


 大槻と樫田が何か言っているが気にしない。

 俺と山路はお互いに眼をそらさない。

 燃え始めた何かの熱が全身を循環し出す。

 ああ、体が焼き付けるほどに熱い。この感覚は久しぶりだ。たまらない。


「どうかな杉野?」


「なんで俺に聞くんだよ」


「ふふ」


「宣戦布告ってやつだ?」


「そうだね」


 それだけ言葉を交わすと、俺と山路は笑った。

 なんで山路がわざわざ宣言したとかそういったことはどうでもよかった。

 今はこの溢れんばかりの熱を感じ、そして俺は決意するのだった。

 俺が主役をやりたい、と。


「なにこれ」


「そう言ってやるな。当人たちが満足そうなんだから」


「そうだけどさぁ。蚊帳の外ってのは気に食わないよな」


「じゃあ、大槻も主役やるか?」


「さぁな。俺には俺の戦い方があるんだよ」


「……お前も十分厨二くさいな」


 横がなんか騒がしいが、そんなことはどうでもよかった。

 おかげで悩んでいたことが馬鹿らしいぐらいには、今スッキリとしていた。


「そんなわけだから、僕の言いたいことは以上かなー」


「以上って、とんだ爆弾発言だったぞ」


「どういう風の吹き回しだ?」


「まぁ、ちょっとねー」


 樫田の質問に山路は濁して返事をした。

 じっと樫田が睨みつけていたので、俺が止める。


「いいじゃないか。理由が何であれ動機がどうであれ、役者が主役をやりたいって言ってんだ。必要なのは言葉じゃないだろ?」


「おいおい、完全に演劇スイッチ入っちゃったよ」


「まぁ、そうだな。語るならオーディションだな」


 追及するのを止めた樫田は食事へと戻る。

 山路がこちらを見てきて視線で「ありがとう」と送ってきた。

 気にするな。こっちもスッキリしたからな。


「……お前ら、そういうのもいいけど先輩になったってことも忘れるなよ」


「珍しく大槻が良いこと言ったー」


 さっきまで茶々入れていた大槻が急にまともに注意し出す。

 それって――。


「池本のことか?」


 俺より早く、樫田が大槻に聞いた。


「まぁ、後輩全員面倒見ないとってことではあるけど、今一番の問題だよな」


「読み稽古であそこまで浮くとねー」


 現状の問題を大槻も山路も分かっているのだろう。

 二人は心配そうな顔で樫田の方を見た。


「みんなも気づいていたか。正直今のままでは舞台に立つのは難しいな」


 はっきりした樫田の態度に二人は顔曇らす。

 どうやら、田島から相談を受けていたことは隠すようだ。


「演出家的にそれでいいのかよ」


「よくはない。だが、個別で練習というわけにもいかないだろ」


「そうだねー。それで本人のやる気に影響する方がよくないかもねー」


「あのやる気はこのまま維持したいよな」


「けどよ杉野。今のままじゃ周りと意思疎通が難しいぞ」


「落ち着けって。俺も何も考えてないわけじゃない」


「何か策があるのー?」


 山路の質問に、俺は黙るしかなかった。

 昨日、通話で樫田とは話したが明確に何か考えがあった訳じゃない。

 助けて樫田もん!

 俺の思いが通じたのか、樫田が提案する。


「一応、俺の方でも少し考えていてな。先輩たちと相談中だが今日の部活で少しコミュニケーションを鍛える系の練習をしようとは思っている」


「そっか、考えてはいたんだな」


「よかったー」


 樫田の言葉を聞き、二人は少し安堵した様子だった。

 そうか、樫田なりに考えてはいたのか。


「とはいえ、オーディションまで時間はない。みんなでサポートしていくしかないだろ」


 総括するに樫田がみんなを見た。

 俺達は頷く。


「おう」


「だな」


「そうだねー」


 そうしていると、予鈴が鳴った。

 え?


「じゃあ、教室戻るか」


 みんなが弁当を片して席を立つ。

 あれ?


「待って! 俺まだ飯食べている途中!」


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