「杉野、増倉。池本と腹を割って話せるか?」
樫田がじっと俺の目を見てくる。
まるで全部を見透かされているような気分だった。
増倉も俺を同じように感じたのか、ちょっとムッとしながら樫田に質問する。
「腹を割るって具体的にどんな話をしろって言うの?」
「何でもいい。焦っている理由が分かって、本人が冷静になれるなら」
「簡単に言ってくれるね」
「簡単でないことは分かっている。だが、これは時間との問題でもある」
その言葉に、増倉は黙った。
分かっているからだ。樫田の言う通り今何か対応しないと池本は確実にオーディションで落ちる。
「私も樫田に賛成だわ。少なくとも今行動しないといけないのは事実よ」
「だとしてもよ、そこまでするか?」
「池本だけ特別扱い?」
「でもこのままはよくないよねー」
椎名を始め、みんながそれぞれ意見を述べる。
俺には賛成も反対もどちらの言い分も分かった。
どちらが良い悪いの問題ではないように思えた。
「杉野はどうだ?」
樫田が俺に話を振ってきた。
俺は、今思っていることをそのまま伝えた。
「難しい話だよな。腹を割ったところで必ず演技に関係するわけじゃないんだろ?」
「そうだな。その可能性もある」
「けど、何もしないと池本はこのままだろう、と」
「ああ、たぶんな」
「ならやるしかないんじゃないか」
俺の言葉に樫田は笑顔になる。
きっと俺も笑っていることだろう。
意味のないことだったとしても、先輩として何もしないことはできない。
「ちょっと杉野。簡単に言っているけど何か作戦はあるの?」
「そんなもんはない! 出たとこ勝負だ!」
増倉が心配そうに聞いてきたので、はっきりと言っておく。
みんな開いた口が塞がらない感じだったけど気にしない。
「杉野ならそう言うと思ったよ。なら午前中はチームごとの練習時間にするか」
「そうね。それがいいわ」
「午後はどうする?」
「確かに。杉野の案を採用するにしても、何か具体的な練習は考えないとじゃん」
「でも、それこそ杉野たちが上手くいくかどうかで話が変わるよねー」
みんなが考えだす。
そういえば、明日の稽古内容決めているんだったな、俺達。
山路の言う通りだな。現状で決められることではない。
すると樫田が口を開いた。
「特に案が出ないようなら、俺の方で何個か考えておこう。午前の結果次第で明日の昼休憩の時に決めればいいんじゃないか?」
「そうね、そうしましょうか」
みんなが頷き、樫田の意見に賛同した。
そんな中、増倉だけが暗い顔をしていた。
そんな俺の視線に気づいたのか、増倉と目が合った。
「杉野は……ううん、何でもない」
増倉は何を言おうとしたのか、俺には分からなかった。
少し沈黙が流れた後、樫田がまとめに入った。
「じゃあ、何もなければ今日のところはこの辺にするか」
俺達は解散した。
――――――――――――――
みんなと別れて俺は一人ショッピングモールの駐輪場に向かった。
夜も深い中、五月の風は生暖かかった。
肌に当たる風を感じながら俺は部活のことを考えていた。
池本については樫田の言うように、今動かないとオーディションに間に合わないだろう。
ただ、話したとて何か変化があるとは限らない。
全ては彼女の内なる問題だ。
答えは彼女自身の中にしかない。俺達ができるのはほんの少しの手助けだけ。
それに俺は俺で、オーディションとしっかりと向き合わなければならない。
主役を目指すと断言した以上、それに見合うだけのことをしないといけないのだ。
先輩としてと同時に、一役者として自分の在り方を見失ってはいけない。
そして忘れていけない。誰かはオーディションを落ちるのだ。
だが、俺は覚悟ができていない。
対して、みんなそれぞれ動き始めている。
樫田は演出家として、山路は主役を目指し、大槻もサボらずに部活に来ている。
ああ、変化している。
当たり前だ。俺達は二年生になったし、一年生達との部活も本格的に始まった。
先輩たちは引退に向けて動いているのだろう。
「ゆく川の流れは絶えずして、とはよく言ったものか……」
そんな独り言で誤魔化す。
何を? きっと自分の中にある停滞を。
このままでいたいと思っているのは、俺だけだろうか。
不思議な話だ。椎名と全国を目指しているのに。
この過程の今をどこまで愛おしく感じてしまう。
だが、俺達は役者だ。
舞台に上がり、劇を始めなければならない。
始まらないものもないし、終わらないものもない。
この恋しい今もいつか終わるのだろう。
俺は自転車に鍵を刺し、ロックを外す。
そのまま乗って、漕ぎ始める。
当たる風が強くなったのか、俺が早く進んでいるのか。
なんにも分からないまま、ただ漕いだ。
覚悟がなくても時は進む。
明日になれば、俺は池本と話すだろう。
そうするしかないと腹はくくっているのに、どこかから不安が襲う。
ああ、さっきの増倉もこんな気持ちだったのだろうか。
みんなといたときは感じなかったのに。
不安と恐怖と責任感。
先輩ってのは、こんなに大変なのか。
まだ五月だというのに、俺の背中は汗で一杯だった。