「轟先輩からは『チキチキ第一回土曜日の稽古どうする会議~!』をするようにとのことだ」
絶妙なテンションで樫田が仕切る。
部活終わり、駅前のショッピングモールのフードコートに俺達二年生、七人はいた。
一応、席を取るために買ったポテトの山が机の真ん中に置かれている。
「急遽、明日の稽古内容を考えないと行けなくなったが、何か案のある人いるか?」
「一年生の個人練習を徹底的するのはどう?」
樫田の質問に、真っ先に増倉が提案した。
まぁ、確かに今一番気にすべきことは一年生ではある。
「具体的にはどういうことをするつもりかしら?」
「それは各チームの個人判断でいいんじゃない?」
「お互いの状況が分かっていないから判断しきれないわ。一度それぞれの一年生の様子を共有するのはどうかしら?」
「そうだな。椎名の言う通り情報共有は必要だろうな」
樫田がみんなに投げかけた。
すると意外なことに夏村が手を挙げた。
「現状、田島は特に問題なさそう。経験者ってだけあってちゃんと演技で来ている。山路は気になるところある?」
「僕も同じかなー。立ち稽古とかでどうなるか分からないけど、今の段階で求めるべきことはできているよ―」
どうやら田島は優秀なようだ。
流石は中学演劇部上がり。
それを聞いて、椎名が次に報告する。
「金子も初心者にしては出来ているわ。まだセリフが長いとつっかえたり、は行が言えてなかったりしているけど」
「そうだな。初心者って感じは残っているけど、しっかり成長しているし、自分の弱いところも分かっている」
補足するように大槻が続いた。
なるほど、順調そうだな。
みんなの話を聞いて一瞬、増倉と俺が目を合わせる。
すぐに増倉が、池本の現状を話す。
「池本、前よりはよくなったと思う。なんていうか、それでも焦りみたいなものが取れていない感じ。正直、まだ空回っていると思う」
「ああ、俺もそう思う。何に焦っているのか、本人が気づいているのかは分からないけど良い状況とは言えないな」
俺も続いて増倉の意見を肯定する。
一年生について共有したところで、樫田が話を進める。
「おおかた俺の見立ても同じ感じだ。田島はすぐにオーディションをしても対応できるだけの能力があるだろうな。金子も悪くない。ちゃんと大槻の言う通り自分の短所をしっかり分かっていて克服しようとしている。問題があるとすれば……池本だろうな」
少し言いづらそうに、けれどはっきりと樫田は言った。
みんな表情を暗くする。
分かってはいた。そしてその話になるということは――。
「けれど、池本一人に時間を割くことはできないわ」
誰かが何か言う前に、椎名が釘を刺す。
そう、そこなのだ。
金子と田島のことを考えると、池本のペースに合わせるのは有意義な時間の使い方とは言えないだろう。
先手を打たれた増倉は、樫田に話を振った。
「じゃ、じゃあ三人の経験になるような稽古は? なんかないの樫田」
「……難しいところだな。例えば田島はすぐにでも立ち稽古に入ってもいい。みんなとのリズムの合わせや実際動きながらできるだろうから。対して金子は滑舌の練習を多めにやった方が良いかもしれない。特に日頃言わないようなセリフとかな。そして池本だが、自分の演じたい理想と台本の役に乖離がある。そこの擦り合わせからだろうな」
…………。
俺を含めて、全員が言葉を失ったのだろう。
「なんだ? どうした?」
みんなが黙ったせいか、樫田が怪訝そうな顔で俺に聞いてきた。
いや、なんつーか。
「やっぱすげーなって思ってさ」
「は?」
俺の答えがよく分からなかったのか、樫田が困惑した。
「杉野の言う通りだな。もう立派な演出家だ」
「だねー。正直、僕はそこまで考えてなかったよ―」
大槻と山路もどこか嬉しそうに笑いながら賛同してくれた。
そうそう、それが言いたかった。
「……そりゃ、ありがとう。嬉しいが今は手放しで喜べる状況じゃなくてな」
「そうだよ! 結局三人のためになる稽古はないってこと!?」
複雑そうな顔をする樫田と、早く話を進めたい増倉。
とはいえ、さっき樫田の言ったことを考えると問題は三者三様なんだよなぁ。
「やっぱり個人練習の続行?」
「それが一番なのかしら」
「でもよ、せっかくの土曜練習なのにもったいなくね?」
「だよねー、来週はもうオーディションだし何かしたいよねー」
みんなそれぞれ意見を出し合うが、うまくまとまらない。
なんかないものか。土曜日ならではの練習。
時間がたくさんあるから、それをうまく利用したいけど通し稽古とは早いもんな。
………………………………あ。
「あ」
思わず声に出してしまった。
みんなの視線が俺に集まる。
「あ、いや、何でもないんで続けててもらって」
「……杉野何か浮かんだんだろ、言ってみろ」
樫田が優しく聞いてきた。
「いや~、浮かんだけどちょっと現実的じゃないんで……」
「いいから、一人で考え込みやがって」
大槻が苛立ちながら聞いてきた。
「その、でも多分無理だろうから……」
「まぁまぁ、とりあえず」
山路が笑顔で聞いてきた。
「そうなんだけど「「「いいから言え」」」はい」
女子三人が怒気含む声で俺の言葉を遮ったので、素直に白状した。
するとみんなの表情が変わる。
「そうね。悪くないわね」
「いや、可能かどうかの確認が必要だな」
「確かに土日しかできないもんね」
「午後からなら可能なんじゃね? この時期って大抵午前で終わるだろ?」
「コバセンにも確認取らないとねー」
「後は具体的に何をするか」
みんなどうやら乗り気になったようだ。
話がどんどん進んでいく。
「大槻の言う通り、午後からなら使えるかもな。そう考えると午前中は発声とか滑舌、腹式呼吸の練習にするか?」
「そうね。それなら午後は応用練習をしたいわね」
「でも、そうすると池本が……」
増倉が懸念する通り、現状のことを考えると池本に応用練習は早い。
そうなんだよなぁ。だから言うの躊躇ったんだよな。
結局そこの問題が解決されないと意味がない。
というか、むしろ池本だけ置いていくことになりかねない。
「なぁ、樫田」
「いや、杉野お前の案は採用だ」
俺の言いたいことを察したのだろう。
けど、それじゃあどうしろっていうんだ。
「その上で一つ。相談がある」
みんなの注目が樫田に集まった。