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第14話「例えば毛皮とか?」



「────そう、例えば、毛皮……とか?」

「…………けがわ?」



 工房ビスティーの店内で。

 エリックが投げた言葉に、ミリアから出たのは心底不思議そうなトーンだった。


 客用通路側・作業台前。人ふたり分の距離で向かい合い、目を丸めるミリアに、エリックは少しばかり瞳を迷わせる。



 会話の流れから自然に突いてみたつもりなのだが──少し、的外れだったようだ。


 何か思い当たることがあれば、人はもっと考えたり言葉を選んだりするようなしぐさを取る。後ろめたい事柄ならもっとだ。

 しかし、ミリアの反応は『不可思議』と言わんばかり。自分が空ぶったことを示しており──エリックは即座に肩をすくめて首を振ると軌道修正の言葉を発する。




「…………いや、素人の考えだから。なんとなく?」

「…………えー……? けがわー……? なんで毛皮なんて発想がでたの?」


「この前聞いたんだ。今年の流行は毛皮だとかなんとか。それを今、思い出して」



 聞かれ、咄嗟に切り返す彼。


 内心(……怪しまれたか?)と懸念しつつも、一切表情に出さないエリックの前で、ミリアは不思議そうに首を捻り、ぽつぽつと述べるのである。



「……毛皮、が……はやる……? ……いやー……? そういう話はまだ聞いてないなあ〜」

「……”まだ”?」

「うん、『まだ』」



 屋や力の入った問いかけに、ミリアはオウム返しで頷くと、手にしていたお直しの服をそこに置き、作業台に背を預け向かい合う。



「……あのね? 服のトレンドって、だいたい半年前には決まってるの。もっと前から決まってるものもあるみたいなんだけど、縫製ギルドで『今年はこれがハヤリってことにしまーす! みんな合わせてね!』って感じで、通達が来るのねー?」



 言いながら、首を傾げて衣装をつまみ上げ、そのまま仰ぐように天井を見つめると、ミリアは言葉を続けた。



「今が〜7月でしょ? 毛皮は冬の商品だから……もし、今年のトレンドなら、もう『今年は毛皮!』って通達が来てないとおかしいはずだよ〜?」


「…………なるほど。それは知らなかった」

「まあそうだよね〜。でもそうしないと、布が足りなくなったり、一部のお店ばっかり売れちゃうよね? それは困るもん」

「…………勉強になるよ」



 指を立ててのミリアの言葉に、エリックは深く頷き答えていた。


 彼女の言うことに矛盾はない。

 確かに、売り上げが一点集中するのはどこの業界でも困るものだ。


 それに────彼自身、その仕掛け人の一部である。

 自身の経験と照らし合わせながら、彼は、ミリアの腹部あたりを注視し、口元を覆い言葉を紡ぐのだ。



「…………確かにそうだ。ものを売りたい・浸透させたいならば、業界全体で刷り込めば効率がいい。祭りごとや戦争も同じだ。まず雰囲気を作って人民をのせ、消費を、士気を煽り、高める。…………その方が、民衆は操りやすくなる。流行り一色に染まった街の中なら……、消費を促すのは、そう難しいことじゃないだろうな」


「…………ま、まあ、戦争とかはわかんないけど、空気づくりは大事だよ、ね??」

「……ということは、今年”毛皮の需要が見込まれている”訳ではない……ってこと?」

「た、たぶん? 特別見込まれてるとかは、ないと思う」



 真剣に問い返すエリックの向こうで、ミリアは若干驚いた様子で頷いた。そして彼女はそのまま悩まし気に頬に手を当てると、



「そうだなぁ……うちはドレスが主で、毛皮製品は小物程度なんだけど…………

 でも、毎年の感じだと、オーダー品なんかはもう受注してると思うよ? 作るのに時間かかるからねー」

「ここでも作ることが?」


「……まあ~……ストールとか? お客様の要望に合わせて、こっちで作っちゃったほうが早いときはやっちゃうかな。でも、毛皮はドレスや服の生地とは扱いが違うから、ほんと最終手段って感じ。 お兄さんが聞いた噂? はデマだとおもう」

「…………」



 エリックの視線が注がれる中、ミリアは言葉を続ける。



「そもそも毛皮って、大流行って言うよりも『毎度お馴染みの高級品』って感じなんだよね。ハタから見てれば流行ってるように見えるかもだけど、違うの」

「……そうか」


「うん。あんなの毎年買ってらんない。……でもまあ、確かにぼちぼち毛皮製品の受注が増え始める時期ではある……んだけど……流行るなんてどこから出たんだろう?

 今年の冬はベロアなんだけどな……?」

「…………えーと。ベロアって? さっき名前は聞いたけど、どんな布?」



 出てきた単語にノータイムで聞き返していた。

 情報を抜くというより、もうまるっきり勉強タイムだ。


 ────布のこと、素材のこと。先ほどざっと説明は受けたが、わかっているようでわかっていないことが多すぎる。聞いて答えてくれるなら、聞いてしまった方が手っ取り早い。


 そんな彼の問いかけに、ミリアはくすりと小さく口元を緩ませると、



「柔らかくて毛並みがふわふわの生地。ベルベットはわかる? あの〜〜、ざーって撫でると手のアトがつくやつ。撫で戻すと戻るやつ」

「…………ああ、わかるよ」



 身振り手振りで説明する彼女に頷いた。

 無意識のうち、彼女に合わせてわずかに微笑みを浮かべるエリックの前で、ミリアは人差し指を立てると得意げに話を続ける。



「あれの、安いヤツかな。コットンでできてるんだ。あれでドレスやスカートを作ると、『ドレープ』……えーっと、布を垂らしたときの、優雅な感じがよく出るっていうか。重量感が出るというか? ぺらっと感がないっていうか。すごく上品で、素敵なスカートになるんだよ?」


「…………ベルベットとは、違うんだよな?」

「素材が違うんだよね〜。ベルベットは100パーセントシルクの高級生地でございます〜。王族ロイヤルクラスとか〜、貴族アッパークラスの皆様のカーテンなんかに使われております〜。あ、もちろんドレスやコートにもねっ」



 質問に対して、的確にゆるく返ってくる答え。

 軽い調子で身振り手振り話す彼女は、言い終えるとその身を翻し、流れるようにカウンターの裏へ回り込み、しゃがんでカット台下をあさり始める。



 そんな彼女を傍に、エリックは、ひとつ。手の内でほくそ笑んだ。




(…………見込みは、ハズレじゃなかったな)



 実はここ数日、エリックは開いた時間で他の縫製工房にも足を運んでいたのだ。


 ミリアという情報源ターゲットに見当を付けたとはいえ、それだけをあてにするは少々リスクが高い。情報源は2つ、もしくは3つある方が多角的に判断できるし、ミリアが使い物にならなくなる可能性もある。


 たとえ仮に、ミリアがなんらかの理由でドロップアウトした場合でも、潰しが効くようにと、転がせる縫製師の当たりをつけようとした──のだが。


 しかしどこにも、このように質問に答えてくれる店員はいなかった。


 そもそも、会話が成り立たない。

 軽い商品の説明はしてくれるが『なんであんたここに来たのよ?』『女の花園に入ってこないでくれますこと???』という圧力が半端なかったのだ。


 ────店に足を踏み入れた瞬間に変わる空気。

 視線で、雰囲気で刺すようなあの感じ。

 接客業とは思えぬ敵意。


 スネークが袖に振られたのも納得である。

 あれでは到底、長居などできない。


 あの男スネークも相当女にモテるタイプではあるが、そのスネークが『手強い』と言うだけの集団である。


 『自力で生きよう』と決めた女性の反発力は、こうも頑なになるものなのかと、彼は身を持って味わっていた。



 だからといって、男性運営のテーラーは話にならない。女性八割のギルドの中で、今や小さく縮こまるしかない状況にある。


 ──その現実を味わったからこそ。

 この《ミリア》という女は飛び抜けて使いやすそうだと、しみじみ思う彼の前。カウンターから頭を出した彼女は、折り畳まれた布を『ドン!』と置くと、その深い青色の布を”たしたしっ”と叩いて口を開く。



「今、ちょうどある、これ。これがベロア。冬にはこれを着た貴婦人さんたちが街に溢れるよ♡」

「…………なるほど、ね……」



 言いながらにこにこと頬杖を突くミリアに、エリックは神妙な口ぶりで呟いた。


 ベロアに納得したのではない。

 ただの相槌、時間稼ぎだ。

 ベロアだのシルクなど、生地の素材にはあまり興味がないのだ。しかし、それを隠し考える時間を取るには──これが最善策だった。



(────売価が上がっているという情報だけを掬えば、先の流行を掴んだ商人か貴族による抱え込みを疑ったんだけど。単なる先物買い……は見当違いか)


 「──ベロアはあったかいよね、ふわふわで気持ちいいの」


(……いつまでも売れる見込みのないものを大量に買い付けたりしないし、何より邪魔になるものは置かない家が多い) 物も金も、流さなければ意味がない。…………だとすると……?)



「ね、気に入った? その生地。」

「────えっ? ……ああ、いい手触りだよな」



 飛び込んできたような声賭けに、エリックは顔を上げてごまかした。


 正直まったく聞いていなかったのだが、それを言うわけにはいかない。無理やり思案の世界から引き戻されたエリックが、少々ぎこちなくを埋める中、ミリアはニコニコとご機嫌な様子。


 手元に広げた深い青色のベロアを気持ちよさそうに撫で、顔を上げて笑うのだ。



「うん、気持ちいいよね〜……、手触りもそうなんだけど、この色! 深ーい青なの。素敵だと思わない?」

「────え、ああ、うん」



 うっとりと楽しそうに言われ、一瞬遅れて頷くエリック。間に合わせの相槌だったが、しかしそれを彼女は良い方に捉えたのだろう。彼女は更にうっとりと、目を細めると



「わたしね〜、こういう色好きなんだ。深くて、凝縮されてるような色。ロイヤルブルーなんかも素敵なんだけど、夜を閉じ込めたみたいな青が素敵だなって思って。でもね、この生地がまた高いんだよね〜……っ」

(…………これは、また話が長くなりそうだな)



 話始めたミリアに、こっそりと苦笑いで呟いたエリックの右手は、自然にうなじを軽く掻く。女の長話には慣れているが、ミリアという女性はその中でもマシンガン・・・・・の雰囲気がある。


 どこかしらで切っておかないと、また時間を失ってしまう。


 それを危惧して、エリックは彼女の機嫌を損ねないよう、話の折を見計らい──伺うように言葉を挟んだ。



「…………俺はよくわからないけど、シルクや毛皮以外の生地にも、高い安いがあるんだな?」

「そりゃあるよ〜! 綿とか普段使うものは比較的安いけど、色が深かったり濃かったりするとその分値段あがるしね。染めるのに苦労するんだって。鮮やかに色が出ないんだって」


「…………へえ」

「……この子は、ベロアのなかでも高級品なの。」

(……こ、この子?)



 うんうんポツポツと話すミリアに、心の中で首を傾げる。ひっかかる表現をする女である。



「この子をね~、わたしのデザインで綺麗なドレスに変身出来たらいいなぁ~って思うんだけど、オーナーの許可がさあ~……」

(ただの布を、まるで人みたいに。……なかなか面白い表現をするんだな……?)



 と不思議に思うエリックに、ミリアは言うのだ。



「わたし、着付け師でありアドバイザーじゃない? 最初は提案するだけだったんだけど、だんだん型紙パターンを起こすのも楽しくなってきちゃって。でも、ドレスは別物ね、ドレスは高いから。まだまだ学びが足りない。この子もいいドレスになりたいはずなの」


「……う、うん? ……まあ、なんというか。ずいぶん熱心だな」

「ふふ、半分趣味みたいなもんだけどね?」



 ミリアの不思議な表現に首を傾げつつ、戸惑いの色を隠し忘れたエリックに、彼女はくすっと戯けてみせた。


 そして、カウンターに両手を広げて腕をつくと、後ろの糸や布の壁を仰ぎながら─────言う。



「ここの仕事は楽しいよ? いろんな素材に会えるし、いろんな話も聞ける。狭いようで広いんだ、『工房の世界』って」

「────へえ」



 ────見えた。

 その糸口。エリックは逃さない。



「……そうだよな。客と一緒に、ドレスを選んで考えるんだろ? いろんな話が聞けそうだよな?」



 言葉を投げる。最低限 促すように。



「うん、すごくよく話してくれる!」

「…………それは……、大変そうだな…………」

「ん〜、まあ、場合によっては大変なこともあるかなぁ?」



 声に仕込む『心配の色』。

 返ってくるのは穏やかで間伸びした声。


 ベロアを片付け・ホコリとりを引き出し、カウンターを滑らせるミリアに彼は、調子を合わせ、穏やかでご機嫌な声で語りかけた。



「……頑張っているんだな? ここでの苦労は俺には想像できないけど、結構入り込んだ話も聞けそうだ」

「入り込んだ話って?」


「うーん……そうだな。……例えば…………ああ、そう。『上流階級アッパークラスの恋愛事情』とか?」

「ああ~、あるねぇ〜」


「……ふふ、……『どこの息子がしょうがない』とか、『どこのお嬢さんに恋人ができた』────とか?」

「あるある〜」


「あとは……そうだな?」



 見計らい、投げるは《確信》。

 欲しい情報を引き出すそれを、ゆっくりと放り込んだ。



「……────『黒い噂』……とか?」

「く ろ い う わ さ…………?」



 その一言に、ミリアの動きはピタリと──まるで切り取ったかのように静止したのであった。





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