「…………うっわぁあ……!
ねえ、これほんとに良いの?」
シルクメイル地方、オリオン領の西の端。
女神のクローゼットと呼ばれる『ウエストエッジ・タンジェリン通り』。
そこそこ人通りのある道の
連れの男性エリックに『外で待ってて』と言われすぐのこと。
青く濃い空の下、彼女は、早々に『引っかかって』いた。
声をかけてきたのは、道で何かを配る若い兄さん。
兄さんが渡してきたのは、色鮮やかな手のひらサイズのブーケ。
いきなり差し出されたブーケに、
ミリアがそのハニーブラウンの目を丸くするその前で
ブーケの兄さんは陽気にケラケラと笑い声をあげると
「いいんだゼぇ〜!
これ、新しいヤツだから! 新商品!
バリイイカンジだから、使ってみてヨ!」
「へえ〜! ”バリ良い感じ”なんだ?」
調子を合わせ、返すミリア。
兄さんは得意げに言葉をつづける。
「んだゼ! これ使えば、お肌もっちもちのすっべすべ!」
「もちもちの、すべすべ」
「おねーさん、もっと綺麗になっちゃうゼ!」
「あはははは! セールス上手いな〜!」
「────ミリア?」
ミリアとブーケの兄さんの、談笑に声が飛ぶ。
呆れと『ツン』とした空気を孕んだその声は、ミリアと男の動きを止めた。
呼ばれ、ミリアは首だけを向けて────
「あ。エリックさん」
振り向きざま、その目が捉える──”呆れと不機嫌の混ざった『エリック』の顔”。
怪訝な顔つきでずんずんこちらに歩み寄ってくるその絵面に、
(あ。なんか見たことある光景)
と、ミリアが瞬間的に彼との出会いを思い出す中。
エリックは足並みもそのまま、ミリアとブーケの兄さんの間に割り込むように踏み入れると
────目を、向ける。
悪びれもなく、『うん?』とこちらを見上げるミリアに、だ。
「…………全く、君は……、知り合い?」
「ううん、知らない」
「────”知らない”?
……はあ、また君はそうやって知らない相手と旧知の仲のように……
それは君の良さでもあるけれど、褒められたことじゃないと思うぞ?」
「良さであるなら伸ばすべきですね?」
「 ミ リ ア 」
「~♪」
到着してそうそう始まるエリックの小言に応戦するミリアの屁理屈。
『ああ言えばこう言う』。
『多少言われても負けやしない』。
ミリアは知っている。
多少屁理屈で返したところで、エリックが本気で怒らないことを。
今までさんざん小言も喰らったし正論パンチも喰らったが、
ミリアにとってエリックの『小言』は、もはや怖いものでも何でもなかった。
あきれ顔に、ふふん顔。
もはやこの二人の様式美になりつつある問答に、ブーケの兄さんの存在が霞んだ時。
エリックはさらりと
「────
捉えるのは彼女の手元。
ブーケの男が渡していた、『小さな花束』だ。
その『花束』に、思わず『じろっ』と
しかしながら
「──────その花束は? なに?」
「あ、これね、」
「オニーサンオニーサン!
これこれ! あたらしいヤツなんスよ!」
「────”新しいやつ”?」
ミリアに聞いたのにもかかわらず、割り込む様に入ってきた兄さんに、エリックは眉をひそめ言葉を返す。
ほんの一瞬、瞬間的に
(──おまえに聞いてない)と思うエリックのオーラに気づかぬブーケの兄さんは、歯の抜けた歯列を見せ、絶好スマイルを浮かべると
「良かったらどっすか! 花束石鹸っす!」
「
にいさんの言葉に驚いて。
彼は、その限りなく黒く青い瞳を見開いたのであった。