「んっ、んっ」
「んぅ…」
いつかはすると信じていた行為がこのようなきっかけで始まるというのは、少しだけ思うところがある…けれど。
そんなのは円佳にキスされながらゆっくりを体を撫で始められたことで、すぐに気にならなくなった。
円佳は元々私に対して優しすぎるけれど、人間の本能的な欲求を満たす行為…それはともすれば暴力的な衝動でもって拙速に行われることもあるらしいけれど、円佳の求め方はあまりにも優しかった。
キスをしながら私の体に触れ、ゆっくりと気持ちを押し上げてくれる。持ち上がってきた心には寒空の下で待ち続けていたときのような冷たさはなく、赤ちゃんを入れるときのお風呂みたいな温度で包み込まれていた。
円佳の前で、そして円佳に愛されていると…私は完全に無力だ。だって彼女からの愛を拒む理由なんて一つもないのだから、仮に円佳が乱暴に求めてきた場合であっても、私は涙を飲んで受け入れてしまうのだろう。
それは同時に『円佳が絶対に私を傷つけるはずがない』という事実が想像させるものでしかなくて、今もそれが正しいことを示すように、円佳の愛撫は続いていた。
「んっ、はぁ…絵里花、いやじゃない? つらいことや痛いこと、ダメなことがあれば絶対に教えて。私、絵里花だけは傷つけたくない」
「んっ、あっ…いやなわけ、ない…私、あなたになら、なにをされたっていいの…ううん、なんでもされたいって思ってる…だから、止まらないで…」
「…ありがとう、絵里花。やっぱり私、絵里花じゃないと…こんなこと、したくないよ…」
「円佳…あっ…」
キスをしながら胸元をくすぐるように、『揉む』と表現するには優しすぎる手つきで触れてくる円佳。もしも私がこういうことに慣れていたら物足りないと感じるのかもしれないけれど、今は宝石を撫でるような手つきで触れてくれる円佳の思いやりがどうしようもなく私を満たしてくれて、これだけでおかしく…『女としての満足』をしてしまいそうなほど、気持ちよかった。
けれどそうなる前に円佳は唇を離し、服から手を抜いて私に尋ねてくる。その間も彼女は私の頬を撫でてくれて、くりくりとした赤い瞳でじっと見つめてきた。
円佳の体のパーツには好きなところしかないけれど、その中でもとくに見つめる時間が長い部分…目は、とりわけ好きな場所かもしれなかった。
いつもクールな円佳だけれど、その水面へと燃え尽きるような赤さの瞳はいつも温かに私を見守ってくれていて、私に何かあれば時に業火のように燃え上がり、時に日没のように悲しく潤んだり、ほかの人が思う以上に表情豊かだった。
そして、透き通っている。円佳には人間なら誰しもが持っているであろう悪意というものが、おおよそ感じられなかった。これはいつも守ってもらっている恋人としては当然の感じ方なのかもしれないけれど、それでも赤色の向こう側に一点の曇りも宿さないこの人の目は、どんな
円佳は、こんなにも美しい。そして彼女越しに見ていれば世界も同じように美しく見えて、私の中の美の基準は改めてこの人だけなのだと、震えるほどの感悦に身をよじってしまった。
「あ、ごめん…今の触り方、いやだった?」
「あっ、ううん…違うの。私、こんなにもきれいな人に捧げられるんだなって思ったら…そ、その、嬉しすぎて、もう…どうにか、なりそう…きゃっ」
「…絵里花は、そんなに可愛いことばかり言って。私もどうにかなりそうだよ…」
私のわずかな身じろぎにも円佳はすぐに気付いてくれて、服の上から撫で続ける手をピタッと止める。そしてわずかな不安をたたえて私に尋ねてくる声音は、眠る赤子ですら起こさないほど静かだった。
ここで冗談でも「痛かった」なんて言ってしまえば、円佳は涙を流しながら謝ってくる。そしてこの行為自体にトラウマを持ってしまいそうで、その一人の人間に注ぐには過剰すぎる優しさは、私のじれったさをぷにぷにと刺激してきた。
円佳には絶対言えないけれど、私の体は…すでに『受け入れ体勢』が終わっていると思う。下半身、『最後の一枚になるはずの衣類』はなかなかに大変な状態となっていて、これまで未経験であったにもかかわらず、私は内心で「ここまで『潤って』いれば大丈夫」なんて思うくらいには、整っていた。
…これから少しのあいだは手をつなぐだけで円佳に触れられたことを思い出し、その都度過剰に反応してしまうかもしれない。私の円佳への愛情は、ともすれば日常生活にすら影響を与えかねなかった。
それを極めて遠回りな言葉で伝えてみると、円佳は困ったように笑い、それでも再び私のワンピースをめくって肌を直接触れてくる。
晒された肌を彩るのはベージュの上下おそろいの下着、装飾は最小限なまさしく普段着だ。こんなことならタンスの奥に隠している『とっておき』を着ておけばよかった、そんな心残りを感じていた。
「…ご、ごめんなさい…今日は、その、あんまり可愛いの、着てなくて…」
「ううん、気にしないで…これ、たしか家用だよね? じゃあさ、これは一緒に暮らす私しか見られないって考えたら…特別感、あるんじゃないかな?」
「ま、円佳だからっ…可愛いの、見せたい、のにっ…あっ…」
…今さらだけど。本当に、今さら過ぎるけれど。
円佳は私に対し、全肯定が過ぎる気がした。私が早乙女と一緒にやらかしたり、持ち前の口汚さを発揮したりしたときは苦言を呈するけれど、そんなのは常識の範疇でしかない。
でも二人きりできるときは…本当に、私のことを徹底的に肯定してくれる。私が意地を張ればその向こう側にある本音を読み取ってくれて、私が家事をすればいつも感謝してくれて、エージェントとして成果を出せば褒めてくれて…円佳は私にあふれているはずの汚いところですら知った上で、すべてを認めてくれていた。
だから今の『勝負』には不向きな下着ですら愛でるように、ブラの上から胸を優しく撫でてくれる。本当ならこういう場合に備えてこっそり買っておいた『白くて可愛いの』があったというのに、それを披露できないのがあまりにも口惜しかった反面、たしかに今の下着はもっぱら家で使うため、円佳しか見る機会はないのは事実だった。
…いいや、そもそも下着姿を晒す相手が円佳だけなのだから、どんなものであっても円佳しか見られないけれど。
かといって今から下着だけ着替えるのは間抜けすぎて、私は下着越しの円佳の手の感触に震えるしかなかった。
「あっ…そこ、すごく…気持ち、いい…あっ、あの、そういう意味じゃなくって、あの」
「ううん、わかってる…絵里花、お腹を触られるのが好きなんだよね? 前に後ろから抱きついて撫でたとき、とろーんってしてたから…ふふっ、直に触られるの、そんなにいいんだ?」
「う、うんっ…円佳の手、本当に、本当に…大好き…あんっ…」
胸を撫でていた手はゆっくりと下のほうへ、そして確実に『大事な部分』に向かっている。それでも円佳はすぐに『最後の地』を踏みしめるような無作法はしなくて、次にターゲットとしたのはお腹だった。
私も円佳も露出が好きではないから、夏であっても基本的にお腹は出さない。実は自宅にいるときにヘソ出しの服を着てみたけれど、そのときは「絵里花、冷房も入れてるんだからお腹を壊さないようにしなよ」なんて注意された。
でもお腹に一切の興味がないわけじゃなくて、そこを撫でる円佳の表情は柔らかさの中に面白さを含ませている。漏れてきた笑い声はいたずらっ子のようで、幼い頃からしっかりしていた彼女の意外な一面を今になって見られたような、奇妙な達成感を覚えていた。
それでも触れてくる手つきは子供のそれとは一線を画していて、円佳も初めてのはずなのに、指先は熟練の機織りみたいに丁寧で正確、私の体と本能を喜ばせている。
五指が軽く添えられ、ゆっくりと滑らせるようにおへそのあたりを撫で回す。そこは言うまでもなく女性にとっての一番大事な部分、『神秘の内臓』にも近くなっていて、わずかな刺激ですらそうした内部が音を立てて震えている気がした。
(…き、気持ち、いい…こんなの、よすぎる…)
私たちは高校生、そうなると時折学校では『どこを触れられると気持ちいいか』なんてことを話す女子たちもいて、私は興味はありつつもそんなそぶりは見せず、「円佳に触れられるんならどこでもよさそうね」なんて経験もないのに内心で思っていたのだけど。
現実は、想像を大きく上回っていた。女子たちの話においてお腹が評価されることはなかったように思ったのに、私の場合はすごくいい。お腹以外もよすぎるからこそ下半身が『大変』なことになっているのだけど、その急所にもなり得る部分はこういうことにも弱かったのだ。
私は…どこまでも、どんな部分でも、円佳に弱い。薄々気付いていた事実が、今になって確定する。わかっていたはずだというのに、それは新しい不安を生み出していた。
(こ、このままだと、『きちゃう』…)
なにがくるというのか? そんなのは、年頃の娘であればわかるしかないだろう。
それは『くる』とも『ゆく』とも、あるいは『登る』とも表現できる、女性にとっての『高み』だった。そして私はその感覚を知っていた…もちろんこれまでは誰かに教え込まれたわけではなく、あえて言うなら『円佳への衝動』によって教わってしまった、とでも言うべきか。
それは自分で『完結』できる一方、罪悪感も生じさせていた。だからこそ円佳によってもたらされるというのは望んでいたことなのに、私は心理的な抵抗感を持っている。
(…だ、だって…今、そうなったら…多分、早すぎる…わよね…?)
私も円佳もなにも経験していない『乙女』で、そしてお互い以外を知ることがない以上、比較対象なんて未来永劫作れないのだけど。
それでも『最後の地』を触れられずして『登頂』を果たすというのは、五合目にて旗を立てる拙速な登山家みたいなものだった。
けれど私の体は心から分離されているかのように、早く早くと『波』を押し寄せてくる。なんなら気を抜いた瞬間には『それ』がきてしまいそうで、こういうことの基準を知らない私でも早すぎる気がした。
「…あの、絵里花? 難しい顔をしてるけど、やっぱりお腹はいやだった? それともくすぐったい?」
「……ち、ちがう、のよ。気持ちいい、よすぎる、から……あの、その……」
「?」
今の私はどんな顔をしてるんだろう?
円佳の困っているような、それでもやめられないような、ジレンマを抱える微妙な真顔に見つめられる。言うまでもなく、世界中にあるどんな絶景よりも整っていた。
そしてそんな顔をさせてしまう私の表情は、きっと言葉にできないような状態なんだと思う。それもそのはずで、今の私は顔と下腹部に全力で力を込めていて、その来るべき時としては早すぎるタイミングを遅らせていたのだ。
もしもこの行為が一秒程度の差しか生まないのなら、誰もが失笑しても仕方ないだろう。けれど、私はそんな一秒が少しでも先送りになることを願って、自分自身へ堪えるように言い聞かせていた。
そうせざるをえないほど円佳の手は気持ちよくて、そして私の体は敏感で、自分が思っていたよりも危険な爆発物であることを自覚させられた。
今一度思う。私は、円佳に勝てるところが一つもない…。
だから円佳に気付いてもらいたくて、それでも気付かれたら気付かれたで羞恥で爆発しそうになりながら、私は県境をまたぐような距離感の言葉を吐き出していた。もちろん円佳は気付いてくれず、きょとんと可愛らしく首をかしげた。
…危なかった。今の可愛らしさだけで、気が緩むところだったわ…。
「……わ、私、何度も言うけど……あなたのこと、大好き、なの」
「あ、あー…うん、ありがとう…?」
「だっ、だからっ……こうされていると、すごく、よすぎて……わ、わかる、でしょう……?」
「…うーん? うーん……あっ」
よかった、気付いてくれたはず。顔は大爆発しそうなほど熱くなったけど。
円佳は私の言葉に、そしてもじもじと太ももを擦り合わせる様子にようやく気付いてくれたようで、どうやら彼女にも『女性の満足』についての知識があるみたいだった。
…そもそもそれがなければこういう行為は求めないでしょうし、そうすると…円佳も、『一人で経験』していたりするのだろうか?
私ほどじゃないにしても顔を赤らめる円佳は一瞬だけ目を逸らし、けれどもすぐに私へと向き直って、真剣なまなざしを向けてきた。
「…あの、私、初めてなんだけど…その、そんなに…ええと…上手い、感じ?」
「し、知らないわよ…でも、その…私は、あなたの、よすぎて…できれば、『下』は…見ないで…絶対、大変なことに…あっ!?」
上手いか下手かなんて、わかるはずがない。私も円佳もしたことがないし、研究所も詳細は教えてくれなかったから、こういった面でも手探りが必要だった。
それでもはっきりしていることは…円佳に触られるのは、私にとってよすぎることだった。
正直なところ、お腹どころか腕や頬といった、普段から触れ合っている場所であっても、今となっては『感じる部分』になってしまっていた。美咲が「女性はですね、気分が大事なんですよ」なんて言っていたように、気分が盛り上がった私は全身が『この有様』になるのだろうか?
不快感はない。ただ触れられた部分が熱を持ち、その体温がすべて『下腹部』に集約して、それがもう一度脳まで伝達されることで、全身が喜びに染まっていた。
だから、下着の下のほう…『ショーツ』だけは、見られてはいけない。この先をするのなら絶対に見られるというのに、私は無駄な抵抗を繰り返し、少しでもそれを後回しにしようとしていたら。
円佳は真剣な顔のまま私にキスをしたかと思ったら、その手はお腹の上をするーっと滑っていき、ショーツの上を撫で始めた。
その突然の進捗状況の加速に、私は思わず声をあげる。
「ま、円佳! 待って! な、なんで、私、ダメって…!」
「…ごめんね。そんな顔されて、こんなに『反応』してくれているって思ったら…私も、我慢できない…そうしたいって、すごく思っちゃった…だから、触るね?」
「やっ、やだぁ…! はずかしいっ、恥ずかしい、のに…円佳に、『いやらしい』って、思われたく…あんっ!?」
私の嘆願に対し、優しい円佳はすぐに手を引いてくれた…とはならなかった。
円佳はこんな時でも困ったようないつもの笑みを浮かべ、私にキスを繰り返し、言葉での抵抗も奪おうとして…私の『一番大事な場所』に触れてきた。
そこはショーツの『厚手』の部分で、最後の防壁とも言える場所。だけど円佳の前では無防備そのものとなっている、この人にしか捧げられないところでもあって…軽く指でなぞられただけでも、私は高く甘ったるい声で鳴いた。
その声に拒否の音色は含まれていないと悟ったのか、円佳は指を離さず、キーボードの打ち心地を確かめるように弱く押し込んだり離したりしている。それが気持ちいいのかどうかについては…説明するまでもない。
次元が違っていた。大切な人に触れられる大切な部分というのは、こんなにも
「…!? あっ、あぁ──」
そして次元を超えた刺激は、最高潮に達した。
円佳が、『ぎゅっ』と、指を押し込んできて。
私はこれまでで一番高い声を出し、全身を水揚げされたエビのように痙攣させ、視界を真っ白に染めながら『到達』した。
「…絵里花、すごい…可愛い…」
「……うそ、でしょぉ……こんなところ、みせたく、にゃかった、のにぃ……」
「ううん、本当…ね、次は私を」
多分先ほどの私はそれはもう見苦しい状態であって、本当ならもっと控えめに『そうなりたかった』のに。
円佳のせいでろれつすら回らなくなった私は抗議をしたけれど、こちらを見つめてくる円佳の双眸はあたたかなままだった。
それでも瞳の端には好色な色合いを覗かせていて、その言葉から『自分も触られたい』と望んでいることがわかった私は、現金にも「私も触れる」と期待していたら。
マナーモードにし忘れた私たちの端末が、同時に音を立てた。そしてその着信音から重要な連絡であることを悟り、急激に日常へと引き戻された私たちは…笑ってしまった。
「…あはは…次はさ、電源を落としておこうか…」
「…ふふっ…そうね」
私たちはエージェントだから、任務が入ったと思うと体は自然と準備──戦い的な意味で──を始める。それは先ほどの準備とはベクトルが異なる、言うなれば緊張を伴う…心地よいとは真逆にあるものだけど。
「…次は、ちゃんと準備をするから…本気の私を、見て。それで、私にも…触らせて?」
「うん…私も、もっと可愛い絵里花を見たい。もちろん、次は邪魔が入らないようにして…最後まで、しようね?」
「…うんっ」
私たちは、『最後』までできる。それを再確認できただけでも、私の心からは不安が消え去っていた。
あの女…早乙女は、きっと円佳の『すべて』を知ることができない。それを知るのは、世界で私だけ。
そんなみみっちいマウントを心の中で取りながら、雰囲気をぶち壊しにしてくれた端末を確認していた。