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第94話「研究所防衛戦」

 携帯端末を手に取り、無線機も兼ねるワイヤレスイヤホンを装着する。そして私たちは真っ先に信頼できる人たち、美咲さんと清水主任へとのコンタクトを図っていた。

「…ダメ、美咲とは連絡がつかない!」

「…こちら円佳、絵里花共々無事です。主任、大丈夫ですか?」

 まずは絵里花が美咲さんに連絡を取ってみたけれど、焦りを感じる様子でつながらなかったことを報告してくる。一方で私は清水主任へと無線を送ってみたところ、幸いなことに応答があった。

 それを示すように絵里花に手振りで落ち着くように伝えると、彼女も取り乱すことなく清水主任からの応答に耳を澄ませていた。


『こちら清水、やっぱり内通者がいたみたい…一般階級の研究者や警備に紛れ込んでいて、定期的に搬入される実験機材や消耗品にハッキングデバイスや武装を忍び込ませ、それを使ってセキュリティシステムやドローンにハイジャックを仕掛けてきたわ』


 主任は研究者ではあるけれど、ここに勤務する以上は有事に備えた訓練を受けているのか、その声音は決して震えていない。ほんのわずかな焦燥こそ感じたものの、コンソールを叩き続ける音と一緒に聞こえてきた声は、私たちを気遣ってくれたときと同じ母性を含んでいた。

 それに対して私たちはわずかに安堵しつつ、それでも余計な口を挟まないことで続きを促した。


『スパコンまでは浸食されていなかったから、今は手動で制御を取り戻すように動いているけれど…ごめんなさい、復旧までに数十分はかかると思う。その間は乗っ取られたドローンや内通者から攻撃を受ける可能性があるから、どうか無事でいて。敵の狙いは単純な攻撃とは限らないわ…生き残ることを最優先に考えなさい』


 そこまで伝えると清水主任からの無線は途切れ、私と絵里花は顔を見合わせる。そして、現状についての整理を行った。

「研究所には内通者がいて、さっきの爆発、そしてドローンへのハッキングから考えると…技術者や戦闘要員が紛れ込んでいるだろうね」

「…ええ。真琴さんと千代さんが狙われている可能性もあるけれど、それにしたってここまで追いついてくるなんて…もしかしたら、あの二人への追跡自体が研究所への攻撃の糸口を探る手段だったかもしれない」

 因果律研究所のセキュリティはおそらく日本最高峰、さらには存在についても厳重に秘匿されているため、普通の方法ではまずここまでたどり着けない。

 となると…真琴さんと千代さんがCMCであることを嗅ぎつけた周囲の人間を通じて、研究所に至る道を開かせるべく脅迫といった方法で追い詰めてきたのだろうか?

 いや…研究所にもすでに内通者がいたと考えた場合、あの二人を狙ったのは研究所の戦力を分散するための陽動だったのかもしれない。それはこれまでの散発的な犯罪行為とは異なる、極めて高度な組織的犯行に思えた。

「今私たちが持っている武器はリフレクターガン、人間相手なら十分だけど…乗っ取られたドローン相手だと厳しいね」

「一時的にドローンも敵に回ったのなら…銃火器、使うしかないでしょうね」

「…行こうか、射撃訓練場へ」

 私たちは目前に迫る脅威を排除するため、次にすべきことを決めて頷く。そして制服にパーカーを羽織ってドアを開き、ひとまず部屋の外にまでは敵が来ていないことを確認して飛び出した。

 もしもドローンとも戦うことになった場合、機械の体にはリフレクターガンは通用しない。セントリー・コーンのボディは強化樹脂と軽量合を組み合わせたものだからナイフ程度では破壊は難しく、アサルトライフルクラスの破壊力が必要だった。

 そして射撃訓練場ならそれも調達できると判断し、私たちは寮から比較的アクセスしやすいそこが制圧されてないことを祈りつつ、廊下を素早く、そして静かに駆け抜けていた。

「…! 初等部の寮の入り口に敵が集まってる…!」

「!! あいつら!!」

 私たちが寝泊まりしていたのは高等部以降…ゲストも使うことがある寮で、初等部と中等部は人数が多いこともあってか別に建物が用意されていた。

 そして当然ながら幼いほど戦闘訓練の経験も浅く、同時に仕留めやすいことも考えれば敵に狙われやすいのも当然だ。そしてエージェントの卵を潰すことでこちらの戦力を大きく削げる…それはあまりにも合理的で、そして。

 私の優しい恋人の怒りを爆発させるには、十分すぎる悪趣味な行為だった。

「絵里花、ダメっ! 私たちの武器で突っ込んだら返り討ちに遭う! 今は武器を確保しに行こう!」

「でも!! あいつら、子供を…非戦闘要員すら攻撃しようとしているのよ!? 見捨てられないわ!!」

 敵の中にはドローンだけでなく人間もいるだろうけど、その人間だっておそらくは武装しているだろうし、リフレクターガンの射程と威力では正面からの撃ち合いは不可能だ。

 けれど、頭では冷静な私も煮えたぎる憎悪を刺激されていて、本当なら絵里花と一緒に敵中に突っ込んでいきたかった。それくらい、敵のやっていることは露悪的なのだ。

 けれど…そんな状況でもギリギリで理性を保てたのは、ひとえに『絵里花が死んでしまうかもしれない』という現実が立ちはだかっているからだ。

 私だってあの子たちを守りたい。子供を狙う敵を根絶やしにしたい。それでも…もしも絵里花とあの子たちを選ばないといけなくなった場合、私はきっと絵里花に恨まれてでも彼女を守るだろう。

 いつも絵里花が優しいと褒めてくれる私は、結局はそういう人間でしかないのだ。


「ほらほら、ここで立ち往生してる時間が一番無駄でしょ! 俊足で名高い莉璃亜ちゃんが『これ』を持ってきてあげたから、今から一緒に救出へ向かうよ!」


「早乙女さん…?」

「っ…今だけ、お礼を言うわ。本当に、ありがとう…この借り、絶対に返すわ」

 このままだと絵里花は無策のまま突っ込んでいく、それくらいなら…気絶させてでも、止めるしかない。

 そんな決意を実行へと移す前に、まだ敵に襲われていない寮の入り口付近で立ち往生していたら、すでに射撃訓練場へ向かったであろう早乙女さんが私たちのところへ駆け寄ってきた。

 しかも、その手と背中にはアサルトライフルが、太もものホルスターには短銃身のサブマシンガンが装着されているという重武装っぷりで、もしかしたら彼女もまた一人で突入するべく武器を調達してきたところなのかもしれない。

 早乙女さんは私に片方のアサルトライフルを、そして絵里花にはホルスターから抜いたサブマシンガンを渡してくる。それを受け取った絵里花は悔しさすら乗り越えたような丁寧さで頭を下げてお礼を伝え、早乙女さんもまた「こういうときだけ素直なんだから!」なんて言いつつもその態度に歯を見せて笑っていた。

 …私も、絶対に借りを返さないとな…。

「あのドローンだけど、通常時よりも攻撃的なAIになってる分、判断力が落ちてるっぽいよ! 今は子供たちを優先的に狙っているから、こっちへの狙いは甘い…こんなふうに、ねっ!」

 私たちはリフレクターガンをしまい、実弾兵器を抱えて初等部寮まで急行する。そして入り口には何台ものドローンが押し寄せていて、普段は本体に内蔵されている高速射出型ゴムボールランチャーを展開していた。

 セントリー・コーンはあくまでも警備用のドローンであり、直接的に殺傷する武器は内蔵されていない。このゴムボールランチャーも着弾時の衝撃で一時的に行動不能に陥らせたり、痛みを与えて威嚇したりするのが目的だ。

 とはいえ、連射も可能で装備なしの子供相手なら甚大なダメージを与えるため、決して容赦してはいけない。早乙女さんはそれを誰よりも理解しているかのように、手に持っているアサルトライフルで掃射を始めた。

 ダンダンダン、テンポのいい音と同時に銃弾が吐き出される。それはリフレクターガンのような実体を伴わない電磁パルスと異なり、明らかな破壊の力を秘めた鋼鉄の暴力だった。

 その威力はハンドガンとは比較にならず、銃弾が突き刺さったドローンは程なくして機能を停止している。早乙女さんの見立て通りこちらの攻撃に対する反応は鈍く、私と絵里花もその射撃に加わることで入り口付近の敵は急速に動かなくなっていく。

 そして決して口にはできないけれど、私はリフレクターガンを撃っているときとは異なる、奇妙な感触が湧き上がってくることに気付いた。

(…どうしてだ…どうして私は、アサルトライフルでの射撃がしっくりきているんだろう…)

 訓練の時から薄々と感じていたものが、急遽発生した実戦にて明確になっていく。

 使ってきた時間でいえば、間違いなくリフレクターガンのほうが長い。アサルトライフルはあくまでも緊急時、それこそ訓練以外ではこういうときに使う可能性があるかどうかという感じで、いくら訓練場で良い成績を出していたとしても不慣れであって当たり前なのに。

 こうして銃を構えて敵を狙っていると、標準すら自分の体の一部になったように狙いが定まって、引き金を引けば狙った場所に当たっている。その様子に「円佳ちゃん、すごいじゃん!」なんて早乙女さんの褒め言葉が飛んできて、気付いたらこの場の誰よりも敵を破壊していた。

「…すごいわね、本当に。円佳の射撃能力、どんな武器でも衰えていないように見えるわ」

「…戻ってきてからは毎日撃たされているし、そのおかげだよ。絵里花だってすごいと思う」

 そして、絵里花も。

 サブマシンガンという明らかに私たちより射程の短い銃器であっても、その射撃精度は決して劣っていない。それどころか取り回しの良さを活かして敵へ急速に接近していく様子は危なっかしいけれど、短い銃身から高速で吐き出される銃弾は先を急ぐように鉄の塊たちをなぎ払い、程なくして入り口を突破できた。

 寮に踏み入るとまずはエントランスに出迎えられたけれど、ここにはドローンも人間もいない。一方で椅子や鉢植えなどで作られた即興のバリケードの残骸も見受けられたから、寮母さんや先生たちが足止めをしてくれていたのかもしれない。

 となると、ここで暮らしていたみんなは上の階層まで逃げていて、そしてそれを追撃する敵も侵攻中と考えたほうがいいだろう。私たちは同時に同じような展開を考えていたのか、停止したエレベーターを無視して階段を駆け上がる。

「早乙女さん、さっきは本当にありがとう…お礼、ちゃんと言えてなかったから」

「んーふふ…どういたしまして。今が平和ならまたデートの約束を取り付けるところだけど、そんな話をしたら絵里花ちゃんに撃たれちゃうからね。ちゃんとしたお礼はまた今度で!」

「…さっきも言った通りよ。私もこの件に関してはあんたに感謝しているし、いつか必ず借りを返す。だから…その…こんなクソッタレな状況で死ぬんじゃないわよ。あんた、円佳みたいに危なっかしくて不安なのよ」

「…ありゃりゃ。まさかこんなにも急にデレてくれるなんてねぇ…こんな状況じゃなかったら、絵里花ちゃんもデートに誘っちゃうんだけどなぁ」

 飛び上がるように階段を上りつつ、私は早乙女さんにお礼を伝える。お互い常人に比べると体力はあるのか、銃器を抱えて移動しているとは思えないくらいはっきりと言葉にできた。

 もちろん早乙女さんはいつものように明るさを失わず、もはや聞き慣れたと言ってもいい独特の笑い声で応じてくれる。その一方で浮ついた話は控えるように、こちらには振り返らずに返事をしてくれた。

 そして絵里花は先ほどと同じように、とても殊勝な返事をする。その怒気が完全に隠れた声音は焦りこそあったものの、まるでクラスメイトに応じるかのような落ち着きがあった。それでも早乙女さんの軽口には「言ってなさい」と吐き捨てるように一蹴して、ひとまず絵里花が彼女とのデートには応じなさそうなのに安心する。

 …大丈夫だとは思うけど、絵里花はものすごく可愛いから、もしも早乙女さんが彼女と二人きりになったら本気になるかもだし。

「えっと、この階層には談話室があるね。あそこは広いし、となると寮生たちが集まっているかもしれない」

「だろうね、ちょっと確認…うん、円佳ちゃんの言うとおり、談話室前にドローンと人間の兵士がいるね」


「おとなしく出てこい、そして我々に協力せよ! そうすれば貴様らも因果から解放されるんだぞ、なぜこの高貴な使命を理解できん!」


「あいつら…!!」

「絵里花、待って…向こうは数が多いし、正面から突っ込むと危険だよ」

「そーそー、絵里花ちゃんはもうちょっとクールになろ? あたし、『こういうの』も持ってきたしさぁ…」

 そして私たちが到達した階層、そこには寮生たちが集まってくつろぐための談話室があって、もちろんその部屋は十分な広さがある。となるとそこに集まって立てこもるのは順当な判断で、あそこにあるソファや机をドアの前に積み上げれば時間も稼げるだろう。

 そんな有事に備えた判断をきちんとしてくれていたのか、今も談話室のドアは突破されていない。その証拠に、ドローンを従えたテロリストは部屋の向こうへと自分勝手な主張を続けており、階段の踊り場からそれを見ていた私たちの沸点は刺激された。

 そして沸点の低い絵里花はまた飛び出しそうになったけれど、私が手を引くことでなんとか堪えてくれる。早乙女さんはそれを冷やかしつつもこれ以上様子見をするつもりはなかったのか、パーカーの内側から見慣れない形状のハンドグレネードを取り出し、歯を見せて物騒に笑った。

「これはね、ドローンを一時的に動けなくするジャミングタイプのグレネードだよ! 装備の充実した敵勢力の鎮圧を想定して作ってて、あんまり数に余裕がないから一個しか持ってきてないけど…談話室に向かう廊下には遮蔽物がなくて危険だから、これでドローンたちを麻痺させて、その隙に人間はリフレクターガンで仕留める、OK?」

「…了解。リフレクターガンは私が担当するよ、これでも射撃訓練の成績は悪くないから」

「んふっ、あたしに勝ったからって言うようになったね? うんうん、円佳ちゃんはそうこなくっちゃ! 絵里花ちゃんもいいよね?」

「…わかったわ。だけど失敗して円佳が危なくなった場合、私は躊躇せずあの革命家気取りをぶち殺すわ」

 早乙女さんの提示した作戦だって危険性はあったけれど、それでも開けた場所での撃ち合いになればドローンが複数いる相手のほうが有利であり、このまま様子見をしていたら談話室のドアを爆破するくらいのことはやりかねない。

 となると、その一瞬にかけるしかない。ならばリフレクターガンの成績がこの中で一番よかった私がその危険な役目を担当すべきで、それに対しての躊躇はなかった。

 あの敵が持っている銃器はサブマシンガン、おそらくは外からの荷物に紛れ込ませやすかったのだろう。そしてその威力ならばこのパーカーで一度は耐えられるだろうし、何より私には絵里花がいる。

 私が失敗すれば、絵里花は迷うことなく手を汚す。そしてこの場は耐えられたとしても、私の優しい恋人は人を殺めたことできっと傷つくだろうから。

 だから、失敗できない。いや、失敗するはずがない。

 だって私は…絵里花の恋人だから。

「じゃ、いくよ…ちっ、ちっ、ちっ…スタート!」


「!? なっ、なん──」


 それはグレネードの信管を抜いてから、数秒ほどの出来事だった。

 爆発のタイミングを計るように早乙女さんはカウントし、壁に向かってグレネードを投げる。するとその軌道と力加減はちょうどドローンたちの足下まで爆発物を運んで、私はなにかが爆ぜる音と同時に飛び出した。

 爆弾と言ってもジャマーの一種だけあり、人間相手にダメージを与えたわけじゃない。それでも敵は突然のことに反応が遅れたのか、それともドローンが守ってくれると思ったのか、飛び出してきた私への射撃が遅れて。

 私の引き金が引かれたと同時に相手もサブマシンガンを構えようとしたけれど、なにもかもが遅かった。有効射程内であることを伝えるように電磁パルスは廊下を駆け抜け、テロリストの体に触れて包み込み、そして銃は放たれる前にがくりと膝をついて倒れた。

 私が任務完了を告げると同時に絵里花も飛び出してきたけれど、その顔はなぜか焦燥感に包まれていて。


「円佳!! 動ける奴が残ってる!!」


 グレネードの妨害範囲は思いのほか狭かったのか、あるいは効果時間が短かったのか。

 談話室前に居座るドローンの一機がこちらを向いていて、私へとゴムボールランチャーを放とうとしていた。けれど私の視界はボールが直撃する前から揺れて、絵里花が私をかばうように飛びついてきた様子がスローモーションのように映って。

 このままだと。絵里花が。


「…あぐぅ!? ゆ、油断、大敵、だよ…二人、とも…」


 けれどさらにそんな絵里花を守るように、アッシュグレーのポニーテールが私たちの前に立ちはだかって。

 早乙女さんは自らの体を盾にしてゴムボールを受け止め、ドサリと床に横たわった──。

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