「シェリー、ちょっと中に入ってて!」
シリウスは言われたとおりポーチにもぐる。猫耳フードが少し覗いているが、ちゃんと頭まですっぽり中に入ったその姿に、リーゼロッテは改めて目を丸くする。
ミカエルと分かれてから、リーゼロッテは両手に載せていたシリウスをしばし凝視していた。その間たっぷり数十秒。シリウスはかけない汗をまたかく羽目になり、それでもそのままじっとしているしかなかった。ややしてリーゼロッテはぱちりと瞬き、試すように小声で言った。
「シェリー、ちょっと立ってみて」
声の届く範囲に人はいなかった。よって人目を気にする必要はなかった。
シリウスは数秒の逡巡の末、ゆっくり頭を起こした。
「わ……!」
リーゼロッテは息を呑み、もともと大きな目を更に大きくして言った。
「すごい、上手!」
きらきらと瞳を輝かせ、よろめきながらも立ち上がったシリウスを落とさないようにと両手で包む。
すごい、本当に動いた。ぬいぐるみが、シェリーが、
「わ、わ……危な、待って、座って」
シリウスはちょこんと腰を下ろす。それにまた心底感激した
(
呆れ半分に思ったシリウスは、次にはたまらないとばかりに頬ずりされて更に白目になった。
「風も強くなってきた……どうしよう、もう少し進んでおきたいけど……」
リーゼロッテは片手を顔の前に掲げながら、それでもまっすぐ空を飛ぶ。
少し前に降り出した雨は徐々に激しさを増して、風もかなり強くなっていた。
そんな中、間に合わせでかけた防水の魔法は服やかばんには効いていたものの、リーゼロッテ本人には作用していなかった。
幸いシリウスにはしっかり効いていたのだが、誤って落とすのを恐れたリーゼロッテは結局ポーチの中に入るよう指示したのだった。
「ん……っ」
リーゼロッテは目を眇める。頭にひっかけたフードの先がぱたぱたと煽られていた。二股になっているそれが時折肩や背中をぺちぺちと叩く。それすらかわいいと思うけれど、ひとまずいまは機能優先、指先で端を引っ張り深く被った。
「わっ!」
その瞬間、吹き抜けた突風に思わず目を瞑る。雨脚もどんどん増して、更にはそこになにかが飛んでくる。顔を上げたときにはまさにぶつかる寸前で、
「ひぇあっ!」
リーゼロッテは悲鳴ともつかない声を上げ、何とか身体をひねってそれをかわした。後ろを見れば、箒も無事だ。飛んでいったものはもう見えないけれど、屋根材みたいなものだったのかもしれない。
(というか、このまま空を行くのは無理だろ……!)
入っていろと言われればいまは従うしかないものの、ポーチの口からその様子を窺っていたシリウスはどうするべきかと思案する。
そうこうしているうちに、再び板状のものが飛んできた。さっきよりも大きい。
「んひゃわ!」
箒が振られ、ポーチも跳ねる。避け損ねたそれはどこかの店の看板で、今度は箒の穂先に命中していた。結び目が緩んで、ばらけた穂がぱらぱらと落下していく。束ねていた質量が減った分、結びつけてあった濃紺のリボンも緩んで、どんどん解けて伸びていく。今にも飛んでいってしまいそうにたなびくそれに、気づいたリーゼロッテは声を上げる。
「あ、待って! それは飛んでかないで!」
片手を伸ばし、辛うじて引っかかっていたそれに指を伸ばす。がくんと高度が下がる。ポーチが宙に浮く。
「どうしよう、やだ、シェリー!」
本当にどうしようもなく、ただ口をついただけの名前だったけれど、シリウスはとっさに反応していた。ポーチから覗く狭い視界の中、リボンの端が翻るのが見えた。思うより先に頭を出して、その端を短い両手で掴む。正しくは掴んだというより、はしっっと洗濯ばさみよろしく挟んだ形ではあったけれど、確かにリボンを捕まえていた。
「あ、ありが……っ――わああっ!」
リーゼロッテは一瞬驚いたような顔をして、けれども次にはほっとしたように微笑んだ。その刹那、
「や、やっば……っ、待って、もうちょっと頑張って……!」
箒の柄に刻まれているリーゼロッテの名前が明滅していた。穂先が減りすぎて箒が箒の形を保てなくなり、そのせいか急激に高度が下がっていく。リーゼロッテは必死に血の巡りを意識する。それでも降下は止まらない。
シリウスも歯を噛み締める。とにかくリボンを離すまいとしながら、やがて降り立った地面にリーゼロッテとともに転がった。ぎりぎりのところで、怪我をするほどに激突するのだけは回避できた。
「いったぁ……」
そこそこ厚みのある草の上に落ちたおかげで、負ったのは軽い打撲だけだった。ただし全身はどろどろで、防水魔法の効いていない顔は特に泥だらけでひどいありさまだった。
それでもリーゼロッテがまっさきに気にしたのは