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41.寒いとか寒くないとかじゃなくて

 降りしきる雨は一段と激しくなり、リーゼロッテは少し進んだところにあった洞窟に身を寄せていた。辺りにも中には動物などはおらず、ひとまず危険はなさそうだった。一応奥深くまでは行かず、入口付近で雨宿りをすることにしたものの、もしこれた本格的な雨季の到来だったらしばらくはこの状態が続くことになる。


 リーゼロッテはどうしたものかと考え、考えた結果答えは出ずに、まぁなるようになるかとまたしても何の前置きもなく法衣を脱いだ。


(だからお前は……)


 シリウスは見て見ぬふりをする。ひとまずリーゼロッテからの指示もないので、いまは単なるぬいぐるみのつもりでポーチの傍に転がっている。ミカエルがなにを考えてああいう設定(?)にしたのかはわからないが、好き勝手に動けると思われるよりはまだマシだろうと、シリウスも一旦それにのってみることにした。


「よかった、これくらいならすぐ乾きそう」


 リーゼロッテがかけておいた魔法が功を奏したらしい。やってみないとどの程度の効果が得られるかはわからなかったが、防水目的だった魔法それは思ったよりも長持ちしたようで、インナーや下着はそこまで濡れていなかった。肌はびしょびしょだったけれど。


「これも買っておいてよかった……」


 比較的温かくなった時期とは言え、雨のせいか気温はぐっと下がっていた。できればすぐにでも火をおこしたいと思ったけれど、さすがにこんな特殊な場所で自身の魔法に頼るのは不安なので、今回は街を出るときに買い足しておいた魔法道具を使うことにする。


 ランタンのような魔法道具それは、小さいけれど十分暖かく、たき火代わりに近くにおいておけば、思ったよりもしっかりと暖を取ることができた。


 幸い、傾斜が外に向いているせいか洞窟の中まで水が流れ込んでくることもなく、穴自体岩盤でできていたこともあり、思ったよりも快適に過ごすことができた。


 防水の魔法がかかっていたとはいえ、汚れた服や持ち物は、魔法で清められたあとも一旦近くに広げられていた。シリウス自身ももちろんのこと、シリウスが必死に掴んでくれた濃紺色のリボンも洗濯したてのようにきれいになっている。


 そうして一段落ついたころ、待っていたようにリーゼロッテの腹がぐうと鳴った。


「そうだ、シェリーも本当にありがとう」


 白いリュックの中から取りだしたのはサンドイッチだった。たまごサンドに、チキンサンド。保存容器も魔法道具を選んだため、中身は新鮮なままだった。それを一口かじりながら、改めてリーゼロッテはシリウスに目を向ける。その隣には箒に結びつけられていたリボンが広げられていた。


「そのリボン……ちょっと気に入ってるんだ」


 シリウスは答えない。動くこともしない。柔らかなポーチの横に仰向けに転がったまま、ただリーゼロッテの声を聞いていた。


「あ、そうか……」


 瞬きすらせずにじっとしていると、リーゼロッテが一つ目のサンドイッチを食べ終えたところで手を伸ばしてきた。伸ばした膝の上にぽんと置かれ、


「シェリー、立って」


 不意に告げられた言葉にぴくりと反応する。ゆっくり起き上がり、リーゼロッテの足の上に立ってみせた。


「わ、上手」


(……じゃなくて)


「シェリー、座って」


 言われるままに、足を投げ出しちょこんと座る。


「ふふ、かわいい……」


(だから、そうじゃなくて)


 誰もいないとは言えひどすぎる。リーゼロッテはいまだタンクトップに下着姿だった。


 淡い水色のそれにレースなどはほとんどついておらず、色気はまったくないものの、必然と肌の露出は増える格好だ。シリウスが載せられているのも生足の上で、その表面はまだ少し冷えたままだった。


 魔法のランタンの効果は抜群で、当たっていれば心地いいのもわかる。道具の傍だけでなく、洞窟内もかなり暖かくなっているし、このままでいたとしても風邪はひかないだろうと思う。思うけれど、だからってお前は……。


(せめて法衣を羽織るとか……)


 とはいえ、いまは自分からは動けないことになっているので、服を着ろと示唆することもできない。シリウスはバランスを崩したふりをして、リーゼロッテから視線を逸らした。


「ミカエルの魔法、ホントすごいなぁ」


 リーゼロッテは改めて感心していた。感心しながら、転がり書けたシリウスの身を支え、残りのサンドイッチにかじりつく。


「明日起きたらとりあえず箒を修理しなきゃ……シェリーも手伝ってね」


 本気かどうかわからない口振りに、頷くべきか迷ってしまう。すぐに判断できずに動かずにいると、リーゼロッテはそれを肯定ととったのか、「ありがとう」と続けて頭を撫でてきた。頭に触れられると自然と視線が下がる。リーゼロッテの生の太腿が再び視界に入る。


(いや、だから……)


「あっ」


 シリウスは意図してよろめいた。逃げるように膝の上から地面へ落ちる降りると、そのままポーチのそばまで転がっていく。我ながら冗談みたいな転がり方だと思ったが、リーゼロッテは大して不思議にも思っていないようだった。


「ごめんね。せっかくシェリーもきれいになったのに」


 リーゼロッテは残りのサンドイッチを口に入れると、膝をついた状態で手を伸ばしてくる。シリウスはちょうどうつ伏せになっていて、リーゼロッテの体勢までは見えなかった。


 拾い上げられて初めて気づく。身を屈めたままの姿勢に、あやうく胸元が見えそうでぎょっとした。遅れて目端が熱を持ち、マジいい加減にしろよと顔を背ける(あくまでもさりげなく)。


 そんなシリウスをよそに、リーゼロッテは再びランタンの前へと座りなおす。そしてまた膝の上へとシリウスを座らせるのだった。

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