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42.添い寝もなかなか命がけ

 圧縮されていた敷布を広げて、薄手ながらも掛布をかぶる。一応魔法の法衣もしっかり着込んで、節約のためにもランタンの火は一旦落とした。リーゼロッテの枕はリュックで、シリウスの枕はポーチだった。そうして寝るのはやはり隣同士で、例によってリーゼロッテはシリウスを抱き締めるようにして目を閉じた。


 せめて服はちゃんと着てくれて良かったが、シリウスはこの就寝スタイルにいまだに慣れない。それでも存外疲れていたのか、リーゼロッテが寝入るのを待つ間にいつのまにか眠りに落ちていた。せっかく好きに動けるようになったのだからと、さりげなく抜け出すつもりだったのに。


「ん……」


 その晩、リーゼロッテは夢を見た。突然の雨をしのぐため、洞窟でじっとしていたリーゼロッテをシリウスが迎えにくる夢だった。遠い日のかくれんぼの記憶と少し似ている。


「ほら、立てよ」


 差し伸べられた手を見つめ、顔を上げる。シリウスはいつも通りの仏頂面で、けれども目が合うと少しだけ眼差しを緩めてくれた。


「あ……ありがとう」


 リーゼロッテは躊躇いながらも手を伸ばす。その手首をシリウスが掴む。引っ張り上げるよう力を込められ、バランスを崩したリーゼロッテはそのまま前へと倒れ込む。


「わ……ごめん!」


 シリウスの胸にぽすんと顔をぶつけたリーゼロッテは、思わず謝罪を口にしていた。慌てて身を離そうと腕を突っ張る。なのにその肩をシリウスが押さえた。


「シ、シリウス……?」


 戸惑いつつも見上げると、シリウスは更にリーゼロッテの背中へと両腕を回す。次には優しく抱き寄せられて、リーゼロッテは思わず息を呑んだ。


「な、なに……どうしたの、急に……?」

「……」

「シリ、ウス……?」


 かち合ったシリウスの瞳が柔らかく細められる。回された腕に力が込められ、再びシリウスの胸元に顔が埋まる。頬と言わず耳から首まで、ぶわりと一気に熱くなった。


 シリウスは俯くように顔の角度を落とし、耳元でそっと囁いた。


「リズ……」

「ひゃ……っわ!」

「…………く、苦しい……」

「え、え……?!」


 戸惑いながらも動けなくなっていたリーゼロッテは、次いで耳に届いた声に弾かれたように肩を揺らした。


「力、緩め……」

「え、わ!」


 言われて初めて気が付いた。いつのまにかリーゼロッテもシリウスの腰に腕を回し、更には自分で自分の腕を掴んでぐいぐいと締めつけていた。


 大好き! とばかりに抱き着くのとはわけが違う。そんなふうに睦み合うというよりは、明らかに別の目的でもあるように絞め上げていた。


「な、なんでわたし……!」


 慌てて腕をほどこうにも上手くいかない。それどころかよけいに密着する身体に目をぐるぐるさせて、なのにまだ身を離すことができない。


「リ、リ、……ぐ、……っ」

「シ、リウス……!」


 名前を呼んだところで、ぱっと嘘みたいに腕が外れる。


 同時にリーゼロッテの頭がリュックから落ちて、布越しとは言え、岩盤に側頭部を打ち付けてしまう。


「い……ったぁ……」


 当たった岩の形が悪かったのか、思いのほか痛かった。リーゼロッテは眉を寄せつつ患部を押さえ、瞬きを重ねて瞼を上げた。


 巡らせた視線の先にはぬいぐるみシェリーが転がっている。しかしながら、その身はどこか潰れているようにも見えた。どうやらリーゼロッテの下敷きになっていたらしい。敷布は薄い布一枚だ。敷き布団もマットレスもなく、単なる硬い岩盤との間に挟まれて、よく見るとシリウスの身体は明らかに歪んでいた。


(クッソ……マジどんだけ寝相悪いんだよ……)


 先に目を覚ましていたのはシリウスだった。重さや圧迫感を覚えてのことだったけれど、幸いにも息苦しさや痛みはなかった。それだけは改めて良かったと思った。


「わあああごめん! ごめんね!」


 リーゼロッテはぬいぐるみを手に取ると、すぐさまその身体を優しく揉んだ。


「痛かったよね。ホントごめんね……っ」


 泣きそうに眉を下げながら、もみもみと指先を動かし続ける。頭も肩も手も足も、丁寧にほぐして調整していく。そうして数分が過ぎ、形を整えられたシリウスはようやく元の姿に戻る。脱げかけていた猫耳の法衣もきれいに直されて、それから今度こそぎゅっと抱き締められた。


「まだどこか痛い? 痛かったら右手挙げてみて」


 言われても痛くないので手は挙げない。それより安易に抱き締めるのをやめて欲しい。


「シェリー、返事して。シェリー!」


 乞われても、そもそも声は出ない。


「手、手を動かしてみて! わたしのほっぺさわれる?」


 シリウスはそっと手を動かした。それなら対応可能だと、両手を持ち上げ、心配そうに顔を覗き込むリーゼロッテの頬に触れた。


「良かった……」


 シリウスがちゃんと指示通りに動いたことに、リーゼロッテは心底ほっとする。


 そこまで心配されなくても、相手はぬいぐるみなんだからそうそう怪我もしないのに。呆れ半分に思いながらも、シリウスも静かに息をつく。姿形がなにであるかはともかく、そこまで大事にされることに悪い気はしなかった。


「ごめんね、そんなに寒がってたなんて知らなくて……」


(――は?)


 けれども、そこでシリウスは動きを止める。

 リーゼロッテはうっすら涙さえ浮かべながら微笑んだ。


「次はもっとくっついて寝ようね」


 どうやらリーゼロッテの中では、またしても自分の寝相のせいだという意識はないらしい。思えば以前、ベッドの下に蹴り落とされていたときも、暑かったの? のひと言で済まされたことがあった。


 今回は謝られただけマシかもしれないが、どうにも釈然としない。構わずリーゼロッテはよしよしと宥めるようにシリウスの頭を撫で続ける。


 シリウスは何度目かわからないため息をついた。


(そのうち顔の上ででも寝てやろうか……)

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