圧縮されていた敷布を広げて、薄手ながらも掛布をかぶる。一応魔法の法衣もしっかり着込んで、節約のためにもランタンの火は一旦落とした。リーゼロッテの枕はリュックで、シリウスの枕はポーチだった。そうして寝るのはやはり隣同士で、例によってリーゼロッテはシリウスを抱き締めるようにして目を閉じた。
せめて服はちゃんと着てくれて良かったが、シリウスはこの就寝スタイルにいまだに慣れない。それでも存外疲れていたのか、リーゼロッテが寝入るのを待つ間にいつのまにか眠りに落ちていた。せっかく好きに動けるようになったのだからと、さりげなく抜け出すつもりだったのに。
「ん……」
その晩、リーゼロッテは夢を見た。突然の雨をしのぐため、洞窟でじっとしていたリーゼロッテをシリウスが迎えにくる夢だった。遠い日のかくれんぼの記憶と少し似ている。
「ほら、立てよ」
差し伸べられた手を見つめ、顔を上げる。シリウスはいつも通りの仏頂面で、けれども目が合うと少しだけ眼差しを緩めてくれた。
「あ……ありがとう」
リーゼロッテは躊躇いながらも手を伸ばす。その手首をシリウスが掴む。引っ張り上げるよう力を込められ、バランスを崩したリーゼロッテはそのまま前へと倒れ込む。
「わ……ごめん!」
シリウスの胸にぽすんと顔をぶつけたリーゼロッテは、思わず謝罪を口にしていた。慌てて身を離そうと腕を突っ張る。なのにその肩をシリウスが押さえた。
「シ、シリウス……?」
戸惑いつつも見上げると、シリウスは更にリーゼロッテの背中へと両腕を回す。次には優しく抱き寄せられて、リーゼロッテは思わず息を呑んだ。
「な、なに……どうしたの、急に……?」
「……」
「シリ、ウス……?」
かち合ったシリウスの瞳が柔らかく細められる。回された腕に力が込められ、再びシリウスの胸元に顔が埋まる。頬と言わず耳から首まで、ぶわりと一気に熱くなった。
シリウスは俯くように顔の角度を落とし、耳元でそっと囁いた。
「リズ……」
「ひゃ……っわ!」
「…………く、苦しい……」
「え、え……?!」
戸惑いながらも動けなくなっていたリーゼロッテは、次いで耳に届いた声に弾かれたように肩を揺らした。
「力、緩め……」
「え、わ!」
言われて初めて気が付いた。いつのまにかリーゼロッテもシリウスの腰に腕を回し、更には自分で自分の腕を掴んでぐいぐいと締めつけていた。
大好き! とばかりに抱き着くのとはわけが違う。そんなふうに睦み合うというよりは、明らかに別の目的でもあるように絞め上げていた。
「な、なんでわたし……!」
慌てて腕をほどこうにも上手くいかない。それどころかよけいに密着する身体に目をぐるぐるさせて、なのにまだ身を離すことができない。
「リ、リ、……ぐ、……っ」
「シ、リウス……!」
名前を呼んだところで、ぱっと嘘みたいに腕が外れる。
同時にリーゼロッテの頭がリュックから落ちて、布越しとは言え、岩盤に側頭部を打ち付けてしまう。
「い……ったぁ……」
当たった岩の形が悪かったのか、思いのほか痛かった。リーゼロッテは眉を寄せつつ患部を押さえ、瞬きを重ねて瞼を上げた。
巡らせた視線の先には
(クッソ……マジどんだけ寝相悪いんだよ……)
先に目を覚ましていたのはシリウスだった。重さや圧迫感を覚えてのことだったけれど、幸いにも息苦しさや痛みはなかった。それだけは改めて良かったと思った。
「わあああごめん! ごめんね!」
リーゼロッテはぬいぐるみを手に取ると、すぐさまその身体を優しく揉んだ。
「痛かったよね。ホントごめんね……っ」
泣きそうに眉を下げながら、もみもみと指先を動かし続ける。頭も肩も手も足も、丁寧にほぐして調整していく。そうして数分が過ぎ、形を整えられたシリウスはようやく元の姿に戻る。脱げかけていた猫耳の法衣もきれいに直されて、それから今度こそぎゅっと抱き締められた。
「まだどこか痛い? 痛かったら右手挙げてみて」
言われても痛くないので手は挙げない。それより安易に抱き締めるのをやめて欲しい。
「シェリー、返事して。シェリー!」
乞われても、そもそも声は出ない。
「手、手を動かしてみて! わたしのほっぺさわれる?」
シリウスはそっと手を動かした。それなら対応可能だと、両手を持ち上げ、心配そうに顔を覗き込むリーゼロッテの頬に触れた。
「良かった……」
シリウスがちゃんと指示通りに動いたことに、リーゼロッテは心底ほっとする。
そこまで心配されなくても、相手はぬいぐるみなんだからそうそう怪我もしないのに。呆れ半分に思いながらも、シリウスも静かに息をつく。姿形がなにであるかはともかく、そこまで大事にされることに悪い気はしなかった。
「ごめんね、そんなに寒がってたなんて知らなくて……」
(――は?)
けれども、そこでシリウスは動きを止める。
リーゼロッテはうっすら涙さえ浮かべながら微笑んだ。
「次はもっとくっついて寝ようね」
どうやらリーゼロッテの中では、またしても自分の寝相のせいだという意識はないらしい。思えば以前、ベッドの下に蹴り落とされていたときも、暑かったの? のひと言で済まされたことがあった。
今回は謝られただけマシかもしれないが、どうにも釈然としない。構わずリーゼロッテはよしよしと宥めるようにシリウスの頭を撫で続ける。
シリウスは何度目かわからないため息をついた。
(そのうち顔の上ででも寝てやろうか……)