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53.雨にうたえば

 ルイーズは斜めがけのかばんにシリウスを取り付け、お気に入りのレインコートを羽織って、レインブーツをはいた。どちらもルイーズの大好きな明るい黄色をしていた。


 あいかわらず雨は降っている。雷が鳴っている時間は止められていたけれど、風もそう強くなく、天候が雨というだけなら多少激しく降っていようと許可は出る。むしろ母親リオナは「行ってらっしゃい、気をつけてね」とにこやかに送り出していた。


 その日の昼下がり、ルイーズはシリウスとともに散歩に出ていた。


 シリウスにもそろいのレインコートが着せられていた。色まで同じ黄色だ。それもルイーズが手ずから作ったものだった。


 雨の中でも構わず外に出たルイーズは、雨粒の落ちてくる空を見上げながら歌を歌う。そう大きくないかばんは防水加工がされており、色はシリウスの髪色によく似た紺色だった。その太めのベルトの付け根で、シリウスは揺れていた。かたわらでは水色のリボンがひらひらとはためいている。


(いや……こんな天気の日に、子供だけで?)


 いろいろと考えるべきことはあったものの、シリウスがいま一番気になっていたのはその点だった。一般的にこのくらいの年齢の子供を、それもこの天候の中一人で外には出さないだろう。そう訝しんでいたシリウスだったが、その理由はほどなくして知ることになる。


「――♪」


 ときに頭上を仰ぎながら歌い続けているのに、ルイーズが顔をしかめることはない。顔に水滴が当たっているだろうと思うのに、その表情は楽しそうに笑っているだけだった。


 よく見ると、水滴が肌に触れる前に進路を変えている。着ているレインコートに水は落ちているけれど、ルイーズは一切濡れていなかった。


(……精霊のたぐいか)


 シリウスは頭の片隅にあった知識を引っ張り出した。


 地上に生息し、水に干渉できる種族と言えば――。四大元素の精霊のひとつ、水の精霊が思い当たる。たしかにその血を引いているというなら親からの扱いも納得できる。もともと危険の少ないのどかな街だ。単に近所の公園にでも遊びに行かせる感覚なのだろう。シリウスやリーゼロッテだって、五歳頃そのころには子供たちだけで遊ぶことも多々あった。


 ルイーズは自宅を出て人気のほとんどない路地を歩く。あいかわらずの空は暗く、分厚い雲に覆われている。降りしきる雨が止むことはなく、けれどもそれがかえってルイーズを慰める。


「今日はクリスも濡れないからな。俺と一緒にいれば、もうあんなふうにどろどろにはならない」


 まぁ、俺は濡れたって構わないんだけど。と、ルイーズはいくぶん得意気な顔をする。


「すごいだろ。俺は水につよいんだ」


 やはり間違いないようだ。水に強いという言い方はいささか正確ではない気もするが、まぁ子供ながらに水を操れるという感覚はちゃんとあるらしい。それならレインコートやレインブーツもいらないのではと思うけれど、そこはある意味ルイーズなりのファッションというやつかもしれない。


「この先にちょっとおもしろいものを置いてる店があるんだ。今日開いてるかはわからないけど、多分窓からちょっと覗ける。お金を持ってないから中には入らないけど、クリスにも見せてやる」


 かばんで揺れるシリウスを片手で撫でながら、ルイーズは雨の路上を鼻歌まじりに歩いて行く。シリウスは依然されるまま、ただその指の隙間から雨空を眺めるだけだった。


(……いろいろ見せてくれるのはいいが……)


 そうかといって、さすがにいつまでもこのままではいられない。なにかあるのだろうルイーズには同情こそするけれど、シリウスのいるべき場所はここではないし、やるべきこともほかにある。


 シリウスは楽しそうなルイーズの表情かおからあえて視線を外した。


(やっぱり、どうにか逃げ出すしかないな)

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