残念ながら、昨日はシリウスも徒労に終わった。せっかく着たくもかぶりたくもない猫耳法衣ルックで馳せ参じたというのに……。まぁ、正しくはルイにされるがままだったわけではあるが。
とは言え、そんな中でも収穫はあった。あの店にリーゼロッテがいることだけは確かだとわかったのは大きい。それならあとは機を待つだけだ。
(……いや、だめだ)
思ったものの、シリウスはすぐに撤回する。機を待つだけではなにも解決しない。
(……やっぱりここは、俺がルイのもとを離れて……)
珍しく昼寝をしているルイーズは、あいかわらずシリウスにリボンを括りつけていた。けれども、いつも通りベッドヘッドの格子へと固定されている結び目はいくぶん緩んでおり、試しに軽く揺らしたり振ったりするだけで難なくほどけてしまった。
外は今日も雨だった。例年通りなら雨季は一月ほど続くため、残りの期間はまだ半月以上あった。
雨が続くと、窓が開けられるような機会も少ない。そうなると結局部屋を抜け出すことすら難しくはあるのだが、それでも手がないわけではなかった。それをいままで実行しなかったのは、ある意味ルイーズの心情が気になっていたからだ。断じてリーゼロッテに比べ、寝相の良いルイーズとの添い寝が心地良かったからではない。
だが、ここまでくると動かざるを得なくなる。さすがにこの状態でリーゼロッテを放置するのはシリウスもどうかと思うからだ。
(……っと)
シリウスはリボンを手繰り寄せ、まずはベッドから飛び降りる。落ちるという方が合っている気がするが、それはこの際黙殺する。床に降り立つと華麗に受け身をとった。バランスがとれずに転がったとも言えるけれど、それも当然のように無視して服をはたいた。
両手にリボンを抱え、一部を頭にもひっかけた格好で向かった先は部屋の入口。きっちりと閉められたドアはシリウスには開けることができない。それはもともとわかっていたので、少しだけ周囲を見渡したあと、近くにあった本棚の陰に隠れる
このまま目を覚ませば、ルイーズは
「ん……」
そうして、一時間ほどが経った頃――。ようやくルイーズが目を覚ましそうな気配がした。
「ルーイ、そろそろおやつの時間よ」
けれども、予想に反してそこでドアが突然開く。
「!」
シリウスは驚いた。意識を向けていたのは部屋の奥――ベッドの方だったので、ある意味背後からの突然の声と、思いの外強く吹き込んだきた風に思わずよろめいてしまった。リボンがふわりと煽られる。宙を舞ったその端が、本棚の隙間から外へと出てしまう。
「あら……?」
気づかれた。
「なんでこんなところに……?」
シリウスはいくぶん遠い目で四肢を投げ出した。こんなはずではなかったのにと思いながら、次にはルイーズの
……とまぁ、一度は完全に失敗した脱走劇だったけれど、二度目は無事目的を果たすことができた。単に夜中にトイレから戻ったルイーズが、部屋の扉を閉め忘れていたからではあったのだが、経過はどうあれ、シリウスはその日の夜遅くに屋敷の中をどうにか進み、そして明け方には朝刊を受け取った寝惚け半分の父親の足下から、なんとか外へ出ることができた。
ちなみにリボンはこれでもかと固く結ばれてはいたけれど、すでに何度かほどいたことのあるシリウスにかかればなんと言うことはなかった(実際には一時間以上かかったのだが、誰も見ていないのでこれも黙殺とする)。