目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

62.ほどけたリボンの行方

「なんで……なんでいないんだよ! どこいったんだよ、クリス……っ」


 ルイーズは涙を堪えて探し回っていた。ベッドの下も、本棚の隙間も、チェストの奥も。


 やっぱり夜だけ動ける魔法がかかってたんだ。だからあの日も勝手に服を着替えて――。いや、違う。昨日の昼寝のときも自分で動いていたなら、もともと自由に動けるぬいぐるみだったのかもしれない。


 でも、だとしたらなんでいままで動かなかった? 


 思いながらも、とにかく床に這いつくばってすみずみまで手を伸ばす。だけどどこにもぬいぐるみその姿の姿はない。


 ルイは目元を拭いながら部屋を飛び出すと、今度は家の中を捜索する。リビングに置いてあったおもちゃばこをひっくり返し、ソファの下を覗き込む。


「どうしたの、ルイ」

「クリスがいない……!」


 キッチンで朝食の支度をしていた母親リオナが顔を覗かせる。父親は二度寝の最中で、いまだ夢の中だった。


「クリスが消えた!」

「クリス……あのぬいぐるみ?」

「そう、どこ探してもいないんだ、一緒に寝てたのに……!」


 リオナはタオルで手を拭きながらルイーズの傍へとやってくる。


「待って、ちょっと落ち着いて」

「たぶん、動けたんだ。クリスはきっと特別で、自分で自由に動けるぬいぐるみで……っ。だから、だから……っ」

「ルイ、ルイ。大丈夫だから、ほら、おいで」


 サイドボードはルイーズの力では動かない。それでも諦めきれず、力任せに押したり引いたりしている。壁との間を覗き込み、暗がりに手を伸ばす。そうしながらも、リオナと会話をしているとみるみる涙が込み上げてくる。そんなルイーズの様子に、リオナはその肩へとそっと触れる。身を屈め、腕を掴んで引き寄せると、その胸に優しく抱き込んだ。


「やだ、やだ、俺のクリス……っ」

「大丈夫。クリスはどこにも行ったりしないわ」

「……だって、だってどこにも……」


 リオナの手が背中を撫でる。ぽんぽんとあやすようなその仕草に、ルイーズの湖面色の瞳からぽろぽろと涙があふれ出た。目の前の若草色のエプロンに顔を押しつける。その後頭部を温かな手のひらが包んだ。


「前の子だって、ルイがそうやって忘れない限り、ちゃんとルイの中にいるのよ」

「俺の中に……?」

「うん」


 穏やかに頷くリオナに、ルイーズは見上げた視線を小さく揺らす。


 ルイーズは賢い子ではあるけれど、そうはいってもまだ五歳。それだけで納得するとはリオナも思っていなかった。ひとまず落ち着かせようと声をかけながら、リオナはルイーズの頬に両手で触れた。


「でも、それだけだと納得できないと思うから、落ち着いてもう一度探しましょう。お母さんも手伝うから。大丈夫、きっとまだ近くにいるわ」

「……わかった」


 子供らしいぐしゃぐしゃの泣き顔のまま、ルイーズはこくんと首を縦に振る。リオナはもう一度ルイーズを抱き寄せて、ぎゅっとその腕に力をこめた。ルイーズも涙を拭うように目元を擦りつけた。


 そこに玄関ドアをノックする音が響く。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?