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63.重たいバームクーヘン

(……結構降ってるな)


 ルイーズが目を覚ます前から、外はあいかわらずの雨だった。ようやく家の外に出られたはいいけれど、シリウスは軒下に立ち尽くしたまま空を見上げていた。軒下とは言え、シリウスの身長は十センチほどしかない。ばちばちと地面を叩く雨粒は跳ね返り、シリウスの身体をどんどん濡らしていく。


 前回の失敗を活かして、そのままでは引きずる羽目になるところだったリボンは片腕にぐるぐると巻いておいた。しかしその結果、さながらバームクーヘンのようになったリボンそれもどんどん水気を吸って、さながらリストウェイトのように重くなっていくのだ。中身は綿のぬいぐるみに、筋力トレーニングなどなんの意味もないというのに。


(動きづらい……)


 法衣の上から括られたリボンの結び目は背中側にある。よって手が届かないシリウスにそれをほどくことはできない。ルイーズの部屋ではさみを借りようにも、その時間すら惜しいと思っての現状結果だったが、こんなことなら多少の危険を冒してでも切ってきたらよかった。……いや、それだとよけいにルイーズを悲しませてしまうだろうか。


(まぁ、とにかくここから離れるしか……)


 ルイーズはまだ眠っているはずだ。起きていないとわかったら大騒ぎになることは想像に難くない。簡単には想像しない屋外とは言え、こんなにわかりやすい場所にいたらたちまち見つかってしまうかもしれない。


 シリウスは歩き出した。雨宿りなんてしていてもどうせ濡れるのだ。それなら雨の中を進んだって同じことだと思った。


(遠い……)


 ルイーズの屋敷は思いのほか大きかった。庭に大木があり、そこにぶらさげられたブランコがあるくらいだ。敷地も広い。周囲をぐるりと囲っている塀も高かった。ひとまず目が届かないところに逃れようにも、門までが遠い。それもそのはず、ルイーズの家系はこの街でも一際大きく――いわゆる大地主と呼ばれる存在だった。


(重い……)


 そうしているうちにも、左腕のバームクーヘンリボンはますます重量を増していく。バランスを崩してよろめいて、ふんばって、それを繰り返しながらどうにか進んでも、いまだ三メートルにも届いていなかった。


 ――早まったかもしれない。


 このまま見つかってしまったら、おそらくいままで以上に肌身離さずという状態になるだろう。手で結んだりほどいたりしているリボンだって、もっと強固なものになるかもしれない。


(……クソ、……)


 シリウスは降りしきる雨の中で頭上を仰ぐ。もともと大きな頭の重さで、そのままぽてんと後ろに転がった。


 石畳の上だと目立ってしまうだろうと思い、草の上を歩いたのも失敗だった。直接彩色されただけの靴などなんの役にも立たないのに。


(…………リズ……)


 呟いて、シリウスは目を閉じる。顔に当たる雨が冷たく感じる。ぬいぐるみの自分は風邪などひかないけれど、次第に寒さで震えるような心地がしてくる。リーゼロッテの魔法は役に立っていたのだと改めて思う。魔法の法衣というだけでは、そこまで万能ではなかったのだ。下手くそなりに、防水魔法をかけてくれたりしていたから――。


「……シェリー……?」


 ぱしゃり。


 ふいに雨を踏む音がする。雨音に紛れて届いたその声に、シリウスは目を開けた。すぐさまぬいぐるみ然と瞳を見開き、地面に四肢を投げ出した。

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