コンコンコンと三度音を響かせる。
まるで教科書に出てくるような水の紋章に縁取られたノッカーは手に馴染み、それだけでもかなり高価なものであることが伝わってくる。
「はぁい」
まもなく、ルイーズの母親の声がする。屋敷は広いながらも使用人は住み込みというわけでなく、基本的には家のことは全て
料理も洗濯も、掃除もお菓子作りも。裁縫は若干苦手だったが、ルイーズの勉強や種族特性に関する修練、乗馬なんかの習いごとにいたるまで、いまはそのすべてをリオナが教えている。
父親はのんびりした性格ながらものづくりが好きで、庭のブランコを始め恵まれた広い敷地内に秘密基地のような離れも作っている最中だった。家族で外出することも厭わず、少しばかり年齢を重ねた末に授かったこともあり、両親は日頃からひとり息子であるルイーズをとにかく愛し育てていた。
「あら……どちらさまかしら」
まもなく扉を開けてくれたリオナは、少しばかりふっくらとした体型の優しそうな女性だった。
「あ……あの、初めまして。わたし、リーゼロッテといいます」
リオナの腕の中には、ルイーズが抱きかかえられていた。ルイーズはリオナの肩に顔を伏せ、目元を押しつけるようにぐりぐりと頭を動かしていた。これから捜し物を再開しようとしていたところで中断されて、いささか機嫌が悪くなっているらしい。
「リーゼロッテ、さん……?」
「あ、はい。えっと、いまはヴィヴィアンさんのお店におじゃましていて……」
「ああ、ヴィヴィちゃんのお店の方?」
「は、はい」
「あら、でも頼んでいたものはルイーズが持って返ってくれたし……。あ、もしかしてお代を取りにきてくれたのかしら?」
「あ、いえ……!」
リーゼロッテはなかなか本題に入れない。ともすれば頼まれてもいない誤解をされそうになって、慌てて首を振った。
「なぁ、早く探したい、俺のクリス――……」
そのうちに焦れたようにルイーズが顔を上げる。ちらりと窺うようにリーゼロッテを見やって、視線を頭から足下へと流す。その瞬間、ルイーズは澄んだ青色の瞳を大きく見開いた。
「あ! クリス……!」
ルイーズは弾かれたように身をひるがえす。驚いたリオナの隙をつくようにして、転がるように床へと飛び降りた。
「えっ……」
ルイーズの手が伸びてくる。リーゼロッテの法衣に包まれていたぬいぐるみの一部が見えたらしい。別に隠していたわけではないけれど、突然のことにリーゼロッテは思わず身を退いた。
「……なんで?」
ルイーズが一瞬動きを止める。リーゼロッテの顔を見上げて、ひどく不服そうに顔をしかめる。
「あ、ごめんなさい……これ、その」
「それ、俺のなんだけど。俺のクリス」
「あ、うん。そう、なんだけど……」
リーゼロッテが言い淀んでも、ルイーズは引き下がらない。それどころか、どこか責めるような色を滲ませ、一度は中空で止めた手を再び差し伸べてくる。
リーゼロッテの法衣に指先が触れると、次にはぬいぐるみの姿をもっと見たいとでもいうように布地を掴む。そのまま引っ張ろうとした細い手首を、リオナがそっと押さえた。
「ちょっと待って、ルイ。お姉さん、あなたになにかお話があるようよ」
リーゼロッテの反応から、なにかしら気づいたのだろうリオナの表情は穏やかだった。ルイーズの心情を思えば胸が痛むのは確かだったが、それでも双方に言い聞かせるように落とした声は落ち着いていた。