「絶対嫌だ」
応接室に通されたリーゼロッテに、ルイーズはぷいと横を向く。その手の中には
ぬいぐるみ本体も服も、まだじゅうぶんに濡れていた。にもかかわらず、ルイーズは気にするふうもなくずっと抱え込んでいる。いまだパジャマのままの服が濡れようと、ふかふかな座り心地の立派なソファが汚れようとお構いなしだった。
「……お前、魔法使い……って言ったな」
「え、あ、うん!」
ぬいぐるみの腕に絡んでいたリボンを伸ばしながら、ルイーズは思い出したように口を開く。
「これも魔法でやったのか?」
これ、と示されたのが左腕に巻かれていたリボンのことだと気づいたリーゼロッテは、わずかに背筋を伸ばして首を振る。
「ち、違うよ。これはわたしが見つけたときにはそうなってて……」
シリウスの腕がなぜそんな状態なのか気にならないわけではなかったが、ようやくの再会に感極まっていたリーゼロッテにはそこまで気を回す余裕がなかった。一応あとでという気持ちはあったのだが、シリウスからすると「本当か」と思わざるを得ないほどにこれまで反応がなかった。
「……じゃあ、ほどいたのは?」
「え……?」
「俺、絶対なくさないように寝るときは
言いながら、ルイーズはぬいぐるみの背中の結び目を確かめる。けれどもそこが緩んでいる様子はなく、やはり前回同様、ベッド側だけがほどけたのだとわかるだけだった。
「繋ぐ……?」
リーゼロッテは問い返す。
「ん。落としたりなくしたりしないように。もう二度と俺のそばからいなくならないように」
当たり前のように頷いたルイーズに、リーゼロッテは思わず腰を浮かせそうになる。
繋ぐ……繋ぐということは、ぬいぐるみを紐で括りつけるということだ。一時的にとは言え、実際になくしてしまったリーゼロッテに言えたことではないし、そうしたくなる気持ちもわかるにはわかる。わかるけれど、目の前のシリウスがそうしてずっと縛りつけられていたかと思うと、なんとも言えない気持ちになった。
リーゼロッテだって、普段からぬいぐるみを持ち歩いている。それはシリウスを拾う前からそうだった。お気に入りの
だけど、なぜだろう。いまのリーゼロッテはシリウスがほんの少しでも動けることを知っているからだろうか。ミカエルの魔法の効果だとしても、リーゼロッテの手の中で動いてくれたその姿を思い出してしまうからだろうか。どうしてもそれをすんなりとは受け入れられなかった。
「あ、あの……」
「ルイ、ちょっといい?」
遮ったのはリオナだった。
ルイーズはリーゼロッテから、隣に座っていたリオナへと視線を移した。
「お母さんと、約束したことは覚えてる?」
ルイーズの顔つきが変わった。
あくまでも強気だった態度が、一変して子供染みたものになる。小さく尖った口はだんだんへの字型にゆがみ、瞳はみるみる水膜に滲んでいく。
「持ち主が見つかったら――」
「やだ!」
「ちゃんと返……」
「やぁだぁ!」
言葉の先を阻むように、かき消すようにルイーズは声をかぶせた。手の中のぬいぐるみを背中に隠し、頭を左右に必死に振った。
「ルイ、ちゃんと聞いて」
「これは俺のクリスだもん……!」
叫ぶように言ったとたん、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「ルイ……約束してたわよね」
「やだ、やだ……っ」
「――もし持ち主が見つかったら、ちゃんと返すのよって」
「うわあああん!」
ルイーズはちゃんと覚えていた。むしろ覚えていたからこそ聞きたくなかった。
泣きじゃくるそのさまは、普段のルイからすればひどく感情的な、けれどもそれこそが
それが伝わるからこそ、リーゼロッテの胸も痛んだ。とても可哀想になった。申し訳ない気持ちが強くなって、できることならなんでもやってあげたいと心底思った。思ったけれど、さすがにぬいぐるみ(シリウス)のことだけはリーゼロッテも譲ってあげられない。
「ルイ……いい子ね」
リオナの手がルイーズの頭をやさしく撫でる。かけられる慈しむような声に、ルイーズはいっそう肩を震わせた。嗚咽混じりの「やだ」という声はしらばく続き、それでもやがて小さくなっていった。
ルイーズは賢い少年だ。本当はもう、リーゼロッテの顔を見たときから気づいていたのだ。目の前にいるこのリーゼロッテこそが、