(……いや、ちょっと待て)
たしかにルイーズにはドライヤーを当ててもらった。風の強さも角度もちょうどよく、とても気持ちよかった。だがそのルイーズは普段から自分の髪もそうして乾かしていた。要は扱いに慣れているのだ。たとえ相手が五歳でも、経験に勝るものはない。
「……あれ? スイッチどこだろ」
だが、目の前のリーゼロッテはどうだろう。少なくともシリウスが拾われてからこっち、一度たりともそんな姿は見たことがない。そもそもそれなりにやっているらしい料理でさえあのありさまだ。再びの嫌な予感にシリウスの背筋が冷える。
「あ、こうか!」
突然、ブオオオオと激しい風の音がし始める。かと思えば止まり、また同じ音が響き渡る。ちなみにシリウスはいま服を着ていない。下着一枚身に着けていない、いわゆる全裸に直接ペイントされた靴だけ履いた格好だった。
というか、ここまで来るとなぜ靴だけ
(あっつ!)
どこか遠い目で舌打ちしていると、なんの前触れもなく後頭部に熱風を浴びた。まるでそれを咎めるように。いや、なんでだよ!
***
角度が悪い。距離が近い。おかげで髪の先が若干縮れた気さえする。それでもリーゼロッテは気にせず、自らの手でほかほかになったぬいぐるみ(シリウス)を上機嫌で撫でていた。
「ふふ……なんかますますかわいくなった気がする。かっこよくなった気もするし」
嘘をつけ。やはり気のせいでなく毛先が少し焦げている。
「あ、そうだ!」
そんなシリウスをよそに、リーゼロッテは思い出したように声を上げる。にこにこと眺めていた裸のシリウスを一旦テーブルに戻すと、今度は干したままだった服を持って洗面所に戻った。
残されたシリウスは深い溜息をつく。せめて俺になにか着せろと思うけれど、そうかと言って裸にレインコートを出されても困る。いつも寝るときに着せられていたもこもこパジャマならあるかもしれないが……まぁここは大人しく待っておくしかないかと早々に諦めた。シリウスも大概順応している。
リーゼロッテがなにをしにいったかは想像に難くない。少し待てば帰ってくるはずだ。
こんなふうに裸でいることに慣れたくはないけれど、すでにいくらか慣れてしまっていることも否定できなかった。……まぁ、いまはぬいぐるみだから。どのみち隠すようなものはなにもついていない。
それから数十分後――。
「あれ……なんかちょっと……?」
シリウスを上手く渇かせた(?)ことで自信を得たのか、しなくてもいい時短を試みた服の乾燥も一応完遂はされていた。しかしながら、そうして改めて着せられた一張羅は地味に縮んでいたのだった。
手足の丈が微妙に足りなくなっている。明らかにおかしいというほどではないにしろ、ぱっと見て違和感を覚える程度には小さくなっている。
だから温度と風量! 距離! 角度! 言っただろうが、このクソボケが!
声が出ないのだから言ってはいないし、そんな思いが届かないのもわかっている。わかっているが、どうしてもじっとしてはいられなかった。
「おかしいな……ルイは上手にやってたのに……」
ルイはな。
シリウスは心の中で即答しながら、偶然を装って天板を転がる。中断して置かれていた便箋とペンにぶつかると、さぁ書けと言わんばかりにペン先をリーゼロッテに向けた。
「あ、そっか、メイサに……」
ついでだから、聞いてみよう。縮んだ服の直し方も。
メイサの仕事を増やすばかりでさすがに不憫には思ったが、シリウスこそ背に腹は代えられなかった。このままでは下手をしたら長袖が半袖に、長ズボンが半ズボンにされてしまう恐れがある。ドライヤーが便利だと思い知ったリーゼロッテは、うっかりヴィヴィアンの店で購入――なんてこともあるかもしれない。
やめておけ。まがりなりにもお前には魔法があるだろう。
たとえ十回に一回しか上手く行かなかったとしても、四肢が爆散する可能性があるとしても、前回は上手くいったじゃないか。まぁ俺に選択肢があるならば、普通に陰干ししてくれと頼むところだけれど。
「あ、そうだ、忘れてた」
その横で、リーゼロッテは思い出したように魔法をかける。シリウスを包んでいたタオルが湿っていることを思い出したのだ。
そこはドライヤーじゃないのかよ。平板につっこむシリウスの目の前で、リーゼロッテは翳した片手に集中する。じわりと柔らかな光が灯り、手のひらの温度が上がる。
まぁ、上等だ。その姿はちゃんと魔法使いに見える。シリウスは感心するように目を細める。試すように、それでいて真剣なリーゼロッテの面持ちを眩しそうに見つめ、
「わ!」
なのに次の瞬間には、とたんに燃え上がった小さな火に絶句した。
「……失敗しちゃった」
燃えたのはタオルだけだった。火もすでに消えている。けれどもあっという間に消し炭になったその