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第41話

低階層の探索はつつがなく終わった。

 不人気と言われるだけあって、出てくる魔獣はどれもいやらしい奴ばかり、狼獣人に似た統率力を持ちながら毛皮で大抵の攻撃をはじきながらありえない膂力で武器をぶん回してくる連中、普段なら雑魚扱いだが一定水準を超えたら人間程度一瞬で溶かしてしまい、やはり並大抵の攻撃は通さず核を潰さなければ無限に再生するスライム。


 他にもこちらの武器や装備、持ち歩いている道具を盗む猿や、見た目は可愛らしいが人間の首を斬り落とす事に並々ならぬ執着を持っている薩摩脳の攻撃特化兎などなど。

 どれもが二度と戦いたくないと言われるような魔獣ばかりが闊歩していた。

 が、そこは司という肉盾と私の魔道具、そして先生の防御と支援で乗り越えられた。

 さすがに中ボスとかゲートキーパーなんて言われる10階層目に出てくる大型の魔獣には苦戦したが、田中が大活躍したのである。


 出てきたのは5mはあるかという巨大な人型狼、司の攻撃も姿勢を崩す事すら難しく、先生の防御も数発で破られ、私が動くべきかと思ったところで苦しみ始めた。

 何があったのかと周囲を見渡せば、田中が口をあけて何かを喋っていた。

 私も、司達も聞こえなかったので魔道具を使ったのだろう。

 とにかく隙ができたことで司の刀が魔獣の眼を貫いて、そのまま体内で変形させて内側から大量の棘を生やして串刺しにしたのだった。


「田中、あれ何をした?」


「やっこさん狼じゃないっすか。耳がいいって聞いてたんで、ならと思って耳元で大音量の歌を聞かせてやったんです。俺リサイタル!」


「……そうか」


 普通ならその程度じゃ大したダメージにはならないだろう。

 少なくとも魔獣が苦しむような音となれば洞窟が崩落してもおかしくない。

 だがそれを、個人だけにぶつけられるなら……自画自賛だけど私の魔道具を上手く使えばそのくらいはできる。

 けど……いや、まぁありえるんだけどさ……。


「田中ぁ、お前また隠し事してたなぁ?」


「あ、あはは」


 こいつは音量拡大と個人への選択、その同時使用はできなかったはずだ。

 少なくとも私はそう聞いていたが……どこでどんな練習をしたのか、いつの間にか使えるようになっていた。

 秘密主義というか、そういう奥の手を隠したくなるのはわかる。

 私だって教えてない事は山ほどあるし、切り札として使えるようなものは誰にも教えていない。

 けどな、それを誰にも告げずここぞという時だけ使うというのは、あまりにもリスキーだ。


「切り札を隠すなとは言わんが、こちらが想定していた使い方ができるようになっただけなら教えてくれても良かったんじゃないか?」


「いや、さっきまで通りすがりの魔獣相手に試しててようやくうまくいったんすよ。これは本当っす!」


 田中の言葉は信用できないが、その表情からは色々読み取ることができる。

 電話を使った詐欺ならほぼ成功させられるだろうけど、対面での詐欺には向いてない奴だな。

 目とか口の動きみたいな意識できる範囲は誤魔化しているが、微表情って言われる意識外の所は全く隠せていない。

 焦りと恐怖、問い詰められた時に現れる心理的なそれがありありと見える。

 一方で安堵のような、隠し事がバレたけどこの程度で済んでよかったみたいな感情は全く見えない。

 つまり本当の事らしいな。


「はぁ……今回はお咎めなしだが、次はそれなりに怒るからな?」


「はい!」


「私だけじゃなくて先生も怒ると思うぞ」


「それは……なんか想像するだけで可愛いっすね」


 一瞬、田中と同じことを考えたのだろうか。

 頬を膨らませ、顔を真っ赤にして涙目でぷるぷると震えながら睨んでくる先生……なんか罪悪感が先に来るな。


「こほん……司にも怒ってもらうぞ」


「あ、それはマジで勘弁してくださいもう隠し事しません」


「いや、隠し事はいいけど必要な範囲では答えろよってだけだからな」


「司君の説教はもう嫌だやめて助けて怖い嫌だ……」


 やっべ、思わぬ地雷踏んだ。

 あの司が起こっているところは想像できないが、やれる事をやるという性質上……あぁ、たぶん本気で反省するまで追い詰めるんだろうな。

 ハラスメントに引っかからない範囲で、けれど滾々とつめるのだろう。


「あいつの説教か……なんか逆に気になってきたから次やらかしたら頼むか」


「……ユキさん、田中君はもちろん私もダメージ受けて三日は使い物にならなくなると思ってください」


「そんなになのか」


 先生が必死の形相で止めてきたのには驚いたが……いや、マジで逆に気になるぞ?

 説教受けてる本人じゃないのにダメージ受けるとかもはや精神攻撃を広範囲にばらまいているようなもんだろ。

 魔法も魔術も無しにそんな事ができるのか……?

 いや、むしろもともとできたなら魔力でそれが強化される可能性もある……やばいな、マジで見たくなってきた。


「これで低階層は終わりですか?」


「あん? あぁ、そうだ。階層の数に限らず10階層が区切りになっているのはこの手の奴が守護者やってるからなんだ。中階層からは規則性が無くなってくるからダンジョンによって変わるが、大抵の場合守護者が出たところが階層の違いと言われている。例外はあるけどな」


 たまにボスラッシュがあるから油断できないし、中階層に複数のボスがいる事もある。

 逆に深層までボスが出てこない事もあるけどな。


「守護者……他に呼び方は?」


「中ボスとかゲートキーパー、古い連中なんかは門番なんて言い方もするな」


「面白いですね。これも復活するんですよね」


「そうだな。大体の場合は私らが潜ってきた階段、あれに足を踏み入れたら復活する。人がいる状況での復活はしないとされているがまだまだ検証不足でな」


「なるほど、ではアレの状態から魔族の進行具合を見極めるのは難しいですね」


「そうでもないぞ」


 司の言葉に壁や天井を指さす。

 今回は田中の切り札のおかげで余計な被害を抑えられたが、あのレベルになってくると相当な激戦が予想される。

 それこそ上級魔族でも出てこない限り瞬殺はできないだろうし、この辺に派遣されるようなのはせいぜいが中級魔族、原初の魔族って言われた奴らの子孫とかその辺だろうからそこそこの苦戦はあるだろう。


「あそこの壁についてる傷だが、この守護者の攻撃にしては間隔が狭い。鋭い爪を持った奴が壁に爪を立てて移動したんだろう。天井に着いているのは蜘蛛の糸か、アラクネと言われる魔族がどうこうしていたんだろうな。ぱっと見でわかるのはこのくらいだが、まだ壁の傷は真新しい。血の跡とかは無いから怪我をしたわけじゃないだろうけど、実力はそこまで高くないから追いつくのは難しくないだろうな」


「そんな追跡方法があるんですねぇ」


 先生が感心したようにうなずいているが、もっと簡単な方法もあるんだよな……。

 魔族連中は軒並み魔力を放出し続けているから、それを察知すれば追いかけるのは容易い。

 ダンジョン内だから余計な事考えたくないし、中階層だと私も気合入れた方がよさそうだからやらないだけで。


「あれは違うんすか?」


「ん? あぁ、あれはもっと古い傷だな……ダンジョンは破損しても修復されるが魔力の循環に関わるって説が有力だから、そこから推察するなら半年くらい前の傷じゃないかね」


 壁に残っている一文字の傷、最早消えかけているし、こうしている間もどんどん消えていっているが……あれもここのボスの物じゃないな。

 集めた情報の中じゃここに潜るやつは多くないって話だったが、人間か魔族か……どちらにせよ、厄介な事にはなりそうだ。

 私の身の丈を超えるだけの巨大な切り傷、一撃でつけられたのだとしたら上級魔族に匹敵する一撃だな。


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