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第45話

 しばらく走り続けて外に出る事が出来た。

 脱出に際して身体能力はカス同然の先生と田中は私が小脇に抱えて運んだのでグロッキーのようだ。

 うん、酔ったらしい。

 今は木陰で盛大に嘔吐している。


「こ、黒龍王!?」


「む、早い帰りだな。そ奴らが目的の魔族か……しかしまだ内部にユキの魔力を感じるが?」


「話せば長くなる。とりあえず野営の準備してから飯を作ろう。その間にこいつらから話を聞いておくといい。司は私を手伝え。勇者が近くにいるとあいつらも気になるだろうし、お前もそっちに気を取られそうだ」


「わかりました」


 素直でよろしい。

 司はインベントリに収納していたテントの組み立てを始める。

 魔道具でも何でもない、普通のテントだ。

 警報の魔道具をつけられるようにちょっと手を加えているが、それ以外はなんの変哲もない市販品である。

 私はマナポーション、魔力を大量に含んだ薬液を飲むが1割も回復しない。

 完全回復させるには相応の時間か、腹がタプタプになるまで飲み続ける必要がある。

 ざっくり計算で20リットルくらい飲むことになるな。

 普通に致死量で、中毒症状引き起こす量だからやらんけど。


「おい魔族共、スープとパンと干し肉しかないがそれでいいか」


「構わないが……相伴にあずかっていいのか?」


「お前らが毒盛られないか気にしないならな」


「それこそ今更だ。殺すならあの場でできただろ」


「そりゃそうだ」


 実力差は見せつけた。

 そのうえでこちらを信用してくれるかどうかという意味だったが、こいつらは強者には従う性分らしい。

 人狼もアラクネもプライドは高いが、強さを指針とするからな。

 一方で魔族以外は絶対に信用しないって連中もいるが、見た事の無い青い肌の奴はそうでもないようだ。


「テント用意できました」


「早いな」


 司が人数分のテントを用意し終えた。

 私と先生の分、田中と司の分、そして魔族三人組用の少し大きい奴の三つだ。

 手際がいいというかなんというか……。


「キャンプが趣味だったんです。だから慣れてて」


「そうなのか? 思えば教えるばかりでお前たちの事ほとんど知らなかったな……飯でも食いながら聞かせてくれ」


「えぇ、ユキさんの事も教えてください」


「構わないが……あんまり面白い話もないと思うけどな」


 っと、スープが煮立っちまう。

 火の勢いを弱めながら水をたして……うむ、こんなもんか。


「田中、先生、それと魔族組、飯の用意ができたからこっち来い」


 声をかけると、ちょうど治療を終えたところだったのか先生が額の汗をぬぐい、田中はポーションの空き瓶を片付けていた。

そして私達パーティと、小型化した黒龍王。

 対面に魔族三人組という形で火を囲んだのだが……。


「……エルフは泥水をスープと呼ぶのか?」


「いやちげーよ、異世界人の持ち込んだ知識を基に造った味噌って調味料を使ったスープだ。今回は肉入りで根菜も入れたから豚汁って言うらしいがな」


「まさかここで豚汁にありつけるとは……」


「久しぶりの味噌汁……豚汁……感激ですぅ……」


「味噌はあるのか……だとすると醬油もあるはずだけど輸送の場合……発酵食品の輸送ならある程度は陸路の整備で……」


 司と先生は純粋に感動しつつ、いそいそとお椀に豚汁をよそっていく。

 ……司は野菜多めで先生は肉多めか。

 イメージ的には逆なんだが、田中は輸送に関して色々考えているようだ。

 残念だがしっかりとした流通経路が確立されているから大抵の国で手に入るぞ。

 というか錬丹術の研究してた国じゃ普通に作られてたし、名産品だった。

 だからこれで一儲けというのは難しいだろう。


「そういえば魔王様が味噌とやらに随分興味を示していたな……」


「野菜につけると美味いと言っていたよな」


「生の卵の黄身を漬けるって言うのも聞いたけどどうなのかしら」


 ……待って、魔族組の言葉で疑問が増えた。

 え、なに? 魔王が味噌を知っている?

 しかもその食べ方も熟知しているだと?


「お前らそれいつ聞いた?」


「前々回の復活直後だったかな。味噌汁が飲みたいと言っていたと聞き及んでいる」


 ……その頃味噌はマイナーだった。

 というか味噌に準ずる何かはあったけど、明確にこれだと言えるものは存在しなかった。

 ここにきて妙な事態になってきたぞ。

 さっきの機械に関する発言と言い、味噌と言い、魔族……というよりは魔王の持っている知識がおかしい。


「魔王の原初、つまり初めて魔王と名乗った時の記録とか言い伝えはないのか?」


「それなら寝物語に聞いているが……」


「教えてくれ」


「待ってくださいユキさん」


 不意に司が制止した。

 咄嗟に身構える魔族組と、私と黒龍王。

 いざとなったら力ずくで止めるつもりだが……。


「さっきできなかった自己紹介から始めましょう。名前とか生い立ちとか、そういうのは知っておきたいですしね。それにユキさんの話も知りたいですし、僕たちの事も知りたがっていたので順番でいいかと思いますよ」


「……そう、だな」


 私としたことが焦りすぎていたみたいだ。

 研究って言うのは一歩ずつ積み重ねる必要がある。

 どこかで間違えたのならば、一から手順を見直してというのが基本だ。

 けど人間関係というのはやり直しがきかない事が多い。

 まずは互いを知る所から……司に教えられるとはなぁ。


 こいつどんどん進化しているわ。

 最初は狂っていると思ってたのに、今じゃ常識人の皮を馴染ませている。

 吸収とか学習が私達の知っているレベルをはるかに超えているんだな……化け物じみているが、その実態を知れば人間らしさの塊みたいなところもあるわけだ。


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