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第66話

 野営を始めて1時間、一人の兵士がトイレに立った。

 そして行方をくらませた。


「くっ……一瞬目を離した隙に……」


「気配察知の魔法を限界距離まで使ってるが反応は無い。死んでいるか、そもそもこの森も異界型ダンジョンで外の気配を探れないかのどちらかだ」


 とはいえ、ダンジョン内にもう一つダンジョンがあるというのはありえない。

 建物の中に家を建てるようなものだ。

 ハウスの魔道具が使えないのも同じ理由だと考えられているが、それは今は置いておこう。


「いかがいたしましょう……」


「まともに考えるなら全員撤退するべきだ。互いの姿を認識できる状態で周囲を警戒し続けられるなら、という前提の下でだがな」


「我々の練度ならばそのくらいは問題ありません。しかし……」


「二ついう事がある。油断するな、今のお前らもジョブが進化する前の私なら瞬殺できた。全員纏めて吹き飛ばす事も、今回みたいに一人一人、なんの情報も残さず消し去ることも」


 気配を周囲に溶け込ませる技術はスキルで補いつつ、ハイエルフとして教え込まれた狩りの技術を駆使すればその程度問題ない。

 というかそもそもエルフにとって森はホームグラウンドだ。

 こちらの諺で「平地の鬼、森の耳長、洞窟の土竜、人の群」という物がある。

 敵対してはいけない相手を表した言葉で、鬼はオーガやゴブリンと言った種族の事を指すのだが森で戦えばエルフが負ける事は無い。

 だからこそ昔の戦争じゃ森に火を放つ事から戦争が始められたりしたんだが、一方でエルフもやられっぱなしではなく植物成長や燃焼妨害と言った魔法も作り上げた。

 そしてそれを私が改造して無酸素空間や超高濃度酸素空間といった必殺の魔法も作ったんだが、完全に余談だな。


「で、もう一つはみくびるな。私はお前たち全員よりも強い。その気になれば国の一つや二つ数刻で落とせる。それに状況も理解しているからリリが心配したようなことは起こらない。だから安心していけ」


「……わかりました。御武運を」


「お前らもな」


 テントなどの道具はそのまま、食料や武器だけを手に近衛達はその場を離れた。

 そして数秒でその姿が消えた。

 木々のせいで見えなくなったのではない、目の前にいたのに突然消えた。


「……まーじか」


 気休めのつもりで言った言葉だったんだが……これ、本当にダンジョンの中にもう一個ダンジョンがあるみたいだ。

 いうなれば二重ダンジョンってところか?

 魔法やらの痕跡はない。

 相手が神だけに全滅の可能性もあり得るけれど、それなら私を狙い撃ちにすることも巻き添えにすることもできただろう。

 なら少しは安心していいはずだ。


「しかし、一人で野営は無謀だしこのまま挑むか」


 大きく伸びをしてからポーションを飲む。

 一般には流通していない私謹製の眠気覚ましだ。

 エルフをはじめとした長命種は徹夜なんてことはしないで後回しにすることが多いのだが、私の場合転生者というのもあるし、研究が好きというのもあってしょっちゅう徹夜するから必要に駆られて作ったんだよな……魔術師ギルドの秘儀とされているものの一つで街の防衛設備準備の時とかもすっげぇ役に立った。

 司なんかは地球に持って帰りたいと言ってたし、リリは魔術師ギルドと交渉して流通させない代わりに王家と取引を成立させていた。

 あいつらも苦労しているんだなぁ……まぁいい。

 とりあえず、今は目の前の問題だ。


「さて、そんじゃ改めて規格外の相手に挑むか」


 歩みを進めて、ふと思い立ってその場に残されたテントなどをインベントリに収めておく。

 そして今まで使ってこなかった本気の装備を身に着けた。

 システムにより一瞬で着替えられるから時間はかからない。

 ゲーム時代ではエンドコンテンツ武器として扱われていたブルーハープシリーズという、見た目も性能も抜群の代物。

 民族衣装のアオザイに似た外見だがところどころ金属が甲冑のように取り付けられ、それらの裏にはナイフが仕込まれている。

 ゲームでは見た目だけだったが、現実になった今じゃ並外れた切れ味の物だ。

 最初試した時ノービスの子供が金床を両断したくらいやばい代物で、防御力も優れている。


 頭部には刺青が浮かぶようになっており、こちらでは「非実在魔力式甲冑」なんて呼び名で高位冒険者の間で人気のものだ。

 実在しない代わりに刺青のように肉体に浮かび上がるが、体内からも攻撃をはじく仕様で大抵の毒物に耐性がつく。

 徹夜ポーションはこの耐性に引っかからないギリギリのラインで作っているからな。

 薬も毒も紙一重だけど、装備が薬と判定してくれるようになるまで試行錯誤が続いた。


 最後に一本のなぎなた、その名を「乱細雪」という。

 近接武器としても魔法触媒の杖としても使える代物であり、遠近両用なのはもちろんの事、普通に相手を切りつけても魔力によるダメージが入る。

 一般的に魔法剣なんて言われているものと同じだけど、その汎用性と都度属性を切り替えられるのが大きな違いだ。

 普段はただの魔力を纏った斬撃だが、必要に応じて炎の刃や風の刃と切り替えができる。

 装飾は最低限ながらに見た目は美麗というほかなく、その刃は名の通り細雪のように光り輝いている。


 フレーバーテキストでは「その美しさから多くの者が手にしようと殺し合い、しかして武器に認められぬものが手にした瞬間肉体は氷のように砕け散り後には血の跡だけが残った」なんて書かれていた魔剣でもある。

 私も最初この世界で手にする時はかなりビビったけど、必要に駆られて玉砕覚悟というか自殺前提で握ったら普通に使えたから驚いた。

 でも適当なやつが手に取ろうとしただけで腕が粉砕されていたからテキスト異常にヤバイ物体なんだろうなというのはよくわかる。


「さて、お邪魔するぜ!」


 乱細雪を一振り、それだけで洋館の扉が細切れになる。

 ダンジョン攻略の開始だ。


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