「……異界型ダンジョンって時点で覚悟してたし、二重ダンジョンでもうこれ以上ないくらい警戒してたけどこれはないだろ」
ドアをぶち壊して洋館の中に入ったはいい物の、その直後に事件は起こった。
真っ暗だった室内が突然明るくなり、広々とした空間の全容があらわになると同時に壊したはずの扉が逆再生のように戻っていった。
一応ドアノブを握ってみるがびくともせず、乱細雪を振っても傷一つつかない。
……まぁ、そりゃそうかと思いながら周囲を見ればひたすら本棚が並んでいた。
宝物殿というから金貨の山とか、魔道具の展示とかを想像していただけに予想外だ。
まぁ洋館だし美術館みたいな感じかなとか考えていたんだがなぁ……。
「知識は宝ってか?」
一冊本を手に取って、中を見る。
歴史書のようだが、記述者の性格やら人間性やらを読み取れるようなものじゃない。
普通どんなものでも、例えば歴史の教科書であっても書き手の意志がどこかに見えてくるものなのだがこれは無機質な情報の羅列だ。
秒刻みで発生した出来事がずらりと並んでいるだけで、表紙を見れば日付と分刻みの時間だけ書かれていた。
私が生まれるよりはるか昔の記録であるのはもちろんの事、生物が誕生する前の状態から始まっている。
まず世界の下地が作られた。
惑星や太陽をテクスチャとして貼り付け空を作り、接触可能オブジェクトとして大地を生成した。
続けて原始的な単細胞生物の設置、魔力の散布、水の設置に樹木の設置と続いている。
世界創造というよりはゲームを作っているような内容だ。
ふとあるページで手を止める。
「……悪趣味なわけだ」
システムの導入、地球のデータをもとに酸素に適応した生命体をコピー、一定の文明レベルになると同時にそれらを破壊するシステムの構築、非検体正の器を選出とあった。
アルファの事が、世界が創られる前から記されていたのだ。
続けざまに書かれていたのは私の事、抗体として存続の価値がある文明を残すため負の器を非検体とすると。
形式上で言うなら私とアルファの関係が既に構築されていたことになる。
文明の破壊者と防衛者、まさに魔王と勇者だが……初めて勇者が現れたという時代まで進んでみよう。
「……いや、長いな?」
本棚一つが一日分であるらしく、外観と比べても明らかに高すぎる天井まで伸びたそれが延々と続いている。
だだっ広いく地平線の先まで続いていそうな場所、閉塞感がないのはそれだけ部屋が広いからなんだが……まさにこの通路みたいな部屋に家建てて住み込めるレベルだ。
「ん? 家?」
まさかと思い先程は発動しなかったハウスの魔道具を起動させると問題なくその場に家が建った。
私の手持ちの中でも小さめの物で、テント代わりに使う事が多かった平屋なのだがスペース的にも問題ない。
同じようにダンジョン内では起動できないはずのドライブを使ってみればその場にバイクが現れる。
「……マジで?」
二重ダンジョンかと思いきやここ、ダンジョンですらない謎空間みたいだ。
しかもハウスとドライブが使えるという事はそれだけ長期間の滞在と、長距離移動が前提となっていると考えてしかるべし。
どっと嫌な汗に包まれた。
「間に合うのかこれ……というかどうやったら制覇ってことになるんだ?」
ダンジョン攻略の証というのは何かしらの形で現れる。
司達の闘技場なんかは倒した相手の強さに応じた武器や防具、薬と言った物品が報酬として出てくるのだがそれはボスを倒したとみなされた結果だ。
じゃあここはどうだ、ボスという存在がいるのかどうかもわからない記録の保管庫だ。
仮に門番みたいなのがいたとしても、それを倒して終わりとは思えない。
無限に続くかのように思われるこの場所をひたすら進んでいかなければその真偽すらわからないとなると……もうこれは強さとか全く関係ない。
こちらの精神と持ち込んだ食糧、あとは肉体面の……例えば食あたりとかでぶっ倒れないかどうかというような話だ。
下手したら進むだけでもとんでもない時間がかかるうえに、往復となれば……やっべ、マジで心折れそうになってきた。
「でも、行くしかないよなぁ?」
絶望感はある。
リセットを受け入れて徹底的に調べたいという気持ちもある。
けれどそれ以上に、この先がどうなっているのか。
その好奇心だけが原動力としてそれ以外の全てを排除した。
ハウスを解除して手元に戻し、バイクも収納する。
そして手持ちの中で最速のドライブ、名をスターシップ、宇宙船を呼び出した。
普通に使うと速すぎて少し操縦の角度ミスっただけで明後日の咆哮にすっ飛んで行くし、外の様子もうかがえない。
酷い時はバードストライクで死にかけるが、ここはただひたすら真っ直ぐ続いているようだ。
ならアクセルを踏み込むだけでいいし、外を見なくてもおおよその時間経過でどのくらい進んだかもわかる。
持っててよかった、課金ドライブ。
ちなみにゲーム内では最高金額の3万円で、誰が買うんだこんなネタアイテムなんて揶揄されつつ結構な人数が購入していたのを覚えている。
そしてその全員が超高速で壁にぶつかって、天文学的なダメージ受けて死に戻りしてた。
私も何度かゲーム内で死んだけど、最終的に高度限界まで飛んでから目的の方角に向かって何秒でたどり着けるというマップチャートが作られてみんなファストトラベルの代わりに使うようになった。
まぁ空中での交通事故が増えたのは言うまでもないことだがな。
そしてその残骸に押しつぶされる「晴れ時々宇宙船」という地域が多数生まれて、自治的なギルドが飛行区域を制限するに至った。
みんな楽しく遊ぼうという名目で作られたルールだったが、違反者はPKされたり生産職からアイテムを売ってもらえなくなったりするという状態に落ち着いたのは治安のよさゆえか、それとも神々の介入あっての事か……まぁいい、とりあえずは。
「っしゃあ! 久しぶりにかっ飛ばすぜ!」
目的の日付まで……大体2時間ってところかな。
こいつ亜光速くらいの設定のはずなんだけどなぁ……。