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第68話

「お待ちを、お客様」


 子供が描いたロケットのような形状の船に乗ろうとした瞬間、誰かに呼び止められた。

 周囲を見渡すが誰もいない。


「こちらです。今あなたがいる反対側の壁までお進みください」


 そういや反対側の壁見てなかったな。

 広すぎて遠目に見ても何もわからず、かといってこっち側は本棚のプレートが日付順で並んでいるから何もないかと思っていた。

 ……うん、遠視系の能力や魔法を使っても何もわからん。

 なんかの模様が描かれた壁に見えるが……いや、もしかしてあれって?


「やっぱりそうか」


 結構な距離だがたかが数百m、今の私なら身体能力だけでも一瞬で移動できる距離だ。

 模様だと思っていたのは色とりどりの背表紙、それらにはよくわからない記号が並んでいる。

 その中で理解できたのは二つの本のタイトルだった。

 一つはこの世界の言葉で書かれた「アラン・スミシー」という文字……というか名前か?

 偽名の代表格みたいなもんだが、もう一つは英語で書かれた「John・Do」だ。

 こっちは英語圏で言うところの名無し野権兵衛みたいなもんで、身元不明人とかそういうのに使われる言葉だ。

 男性向けの物で女性版はジョンではなくジェーンになるのだが……それはいい。


「さて、改めてようこそお越しくださいました。私はこの宝物殿の管理人を任されております。ネモとでもお呼びください」


「この宝物殿はノーチラス号か?」


「どちらかというとノアの箱舟でしょう」


「潜水艦ですらないのかよ……つーか箱舟ってことはここはシェルターとして機能するってことか?」


「イエスであり、ノーでもあります。こちらの本棚に収められているのはあなたの世界に生きる者の記録です。たとえ世界が崩壊しようとここは別の次元、この場の記録があれば再生は容易いのです」


 ……そりゃまあ、大した宝物だこと。

 しかしなぁ。


「宝物殿ってダンジョンに関する情報がバラバラなのは何か理由があるのか?」


「はい、まず宝物殿の試練とはこの場所に辿り着くこと。そういう意味ではあなたは既に試練を終えています。あとは好きなだけ調べ物をして、この場所を出れば踏破した記録が魂に刻まれるでしょう。そしてこの場所に来ることができなかった者は偽のゴールで満足して帰還します」


「偽のゴール?」


「この場に収められた記録をもとに、真にこの場を必要とする者以外はたどり着けないようになっています。ただ踏破したいのであれば凶悪な魔獣が財宝を守るダンジョンに、研究が目的ならば失われた技術の詰まった魔道具を提供して終わりです」


 ……なるほど、つまり本人の性格や思想に応じて変化するダンジョンってことか。

 ただそれだとこの書庫に来ることができる奴は限られているよな。

 そもそも近衛達は中に入る事すらできず……つーか辿り着いたはいいけど消えちまったし。


「ご安心ください。貴女の同伴者たちは皆生きております。国へ転移させました」


「心でも読んだか?」


「いいえ、貴方の記録を読みました。貴女の思考も、思想も、どういった経緯でこの世界に来たのかも全てが記述されています。私はここの管理人。どのような情報でも瞬時に確認可能です」


「そりゃまた便利で厄介だ」


「故に私を殺そうというのであれば止めはしませんが、世界を滅ぼせるだけの出力が求められることになるという情報を提供させていただきます」


「いや別に倒さなくていいなら何もしないが?」


「そうですか。以前ここに来た者は世界すら滅ぼせるだけの力を蓄えて、私を脅してきましたので」


「は?」


「踏破者はあなたで二人目です。おめでとうございます」


 待て待て待て待て。

 私で二人目?

 どういうことだ?

 ネモの言う表向きの、つまり偽のゴールではなくこの真の宝物殿……めんどくせえな、書庫までたどり着いたやつがいるってことだろ。

 そいつは何を目的に来た?

 何かが引っかかっている気がするんだが……こういう時は順番に整理するべきだな。

 まずネモ曰くこいつはノーチラス号じゃなくノアの箱舟だと言った。

 シェルターとして使えなくもないが、その本質は記録の保管庫。

 世界で起こった事象を記録しているのは自分の目で確認した。

 それが今も続いているとして、未来までわかるというのなら預言書とかにもなるわけだが……いや、それは重要じゃないな。


 じゃあ重要なのは個人の記録の方か。

 箱舟で、世界が滅びたとしてもここの記録を使って何事もなかったかのように世界を存続しているように見せることができる。

 つまり世界が滅びた瞬間に再生して、誰も一度世界が滅びたことを知らないまま日常を過ごすことだってあるわけだ。

 もしかしたら今までもそういう事があったのかもしれないが……いや違う。

 それも今は関係ない。

 けど今何かが引っかかった。

 なんだ、世界を存続……違う、もっとミクロな視点だ。

 再生……蘇生……蘇生?


「アルファ!」


「違います」


「そうじゃねえ! アルファの復活現象に関わっている何かだ!」


 ずっとそれが何か疑問だった!

 使い方によっては死者蘇生の魔術なんかも作れるかもしれないとも考えた!

 試したところでスワンプマンになるんじゃないかと考えたがそんなのはどうでもいい!


「前に踏破したのは魔族と呼ばれるようになった連中、それも最古の存在であり魔王アルファに最も近しい存在だな」


「正解です。ですが個体名を言い当てなければ満点とは言えません」


「レーナ、あのメイドだな」


「お見事です」


 ……あの女、既に神のダンジョンを攻略していやがった。

 どころかそれを利用してアルファという存在が死んでも復活するように何かしたんだ。

 本であるというなら……。


「魔王アルファは一定周期で復活する。そんな内容を書き込んだのか?」


「再び、お見事です。彼女は魔王と呼ばれるようになった存在の蘇生術を、つまりは知識と神々の領域に関わる情報を求めてこの場所に辿り着きました。そして成し遂げたのです」


「質問だネモ。レーナのジョブはなんだ。そして種族は魔族のままなのか」


 神のダンジョンを攻略したのならばジョブは神の名を冠する物になっているはずだ。

 だというのにあいつは王のジョブに進化したと言っていた。

 その場で確かめなかった私のミスだ……と言いたいところだが、個人の記録や思考をこの場所でどうにかできてしまうというのなら……。

 そもそも最初から神に思考誘導されていて、神のダンジョンに興味が向いていなかったという前例があるんだ。

 誘導されていた可能性だって大いにありうる。


「管理者ユキの要請により管理者レーナの情報にアクセスします」


 ……もう、それが答えみたいなものだ。

 自分のステータスを見て、【究明神】へと変化したジョブから全てを理解した。

 管理者か……糞が!


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