「おいおいおいおい、なーに暢気にお茶会なんかしてんのさ」
また、どこからか声がした。
ネモと同じように誰か、ここの管理を任された何かがいるのだろう。
「今度は誰だ? ネモと来たら船繋がりでフランシスとかその辺か?」
「おぉ、ネモと会ったのか。ってことは管理者になった奴なんだな。俺はその辺わからねえようになってるが……そういや管理者権限での踏破って申請が来てたがお前か」
おしゃべりなやつのようだ。
心なしかアルファがぐったりしているのは陰キャ気質なこいつには相性の悪い相手だったからなのかもしれない。
というか今も目の前でうんざりした表情で茶菓子を貪っている。
あれだな、飲み会で輪に入れないから「食べてて口がふさがってますアピール」をしているのと同じだ。
私もよく使ってた手段だからよくわかる。
「俺はヘンドリック、この神殿とか気取った名前をしている管理所を任されている」
「……アルファ、この名前ってなにか由来あったりするのか?」
あいにく覚えがない。
何かがモチーフにされている可能性もあるが、私はその手の話には疎い。
ネモを知っていたのはゲームの影響だけど、ヘンドリックという名前は聞き覚えがない。
「イギリスの伝承に出てくる幽霊船の船長だ。フライング・ダッチマンって聞いたことないか?」
「あー、映画かなんかで聞いたような……」
「風を罵ったことで呪われて最後の審判の日まで一人でさまよい続ける事になった男の名前だ。正直、苦手なタイプだ」
「わかる。こういう陽キャ気質の俺様系は私も嫌いだ」
長い年月を研究に捧げてきた私だが、交友関係は割と広い。
如何せん禁忌と言われるようなものに触れる事もあったから結構な知り合いがいるし、長命種の友人とは現役で連絡を取り合っている。
まぁ長命種感覚だから十年に一度とか普通にあるし、長い奴とは半世紀くらい連絡とってないけど、基本的にみんな大人しい奴だ。
短命種のオーガとかはこういう性格している奴多いけど、短い付き合いと割り切って接しているな。
「で、ヘンドリック。私は塔は扱いにしてもらえるのか?」
「んー? まぁそこまでこられたならいいんじゃね? というか今更踏破したところで意味ないだろ。ネモが何を言ったのか知らないが神の野郎どもが作ったダンジョンなんかいくつ攻略しようとたいして変わらねえよ」
「お前もネモも信用できないんだよ」
「はっはっはぁ、そりゃそうだ! 如何せん俺達は奴らの手駒だからな! とはいえ、実際奴らと何かしようというならここは全く意味がない場所だぜ? 他の世界を覗き見るだけしか能がない場所だからな」
ちらりとアルファを見れば、無言で頷いていた。
「だとしたら他はどうなんだ。城とか塔の役割は。闘技場は」
「あー、その辺はセキュリティが……あぁ、いや、あいつがあんたをここによこしたのはそういう事か」
何やら一人で納得したような事を言っているが……。
「管理者権限ってのは攻略したダンジョンの数で変わるんでな。今のあんたなら他のダンジョン情報も開示されるようになってる。そういう意味では役に立つのか?」
「情報は宝なんていう奴の推薦だからそういう事なんだろ」
「あの頭でっかちの考えそうなことだな。ほれ、情報だ」
テーブルの上に一冊の本が落ちてくる。
中を見てみれば各ダンジョンの持つ意味が描かれていた。
ちなみにアルファも覗き込んでいるが首をかしげている。
「お前にゃ見えねえだろ? そういうセキュリティなんだよ」
「あぁ、白紙にしか見えない」
「城は世界の秩序を保つための場所であり、その世界の人類の思考を操作することができる場所である」
「……今なんて言った?」
疑いとかじゃなく完全な疑問符を浮かべたアルファ。
声に出してもだめらしい。
「城に関する情報だったが聞き取れなかったか?」
「あぁ、なんかほにゃほにゃと言ってるように聞こえた」
……なんだそれ恥ずかしい。
「正確に言うならにゃあほにゃあにゃあーんにゃあって感じだったな」
「やめろおいまじでやめろ」
発情期の猫みたいな声出してたって言われると本当にいたたまれなくなってくるんだが……。
正直今すぐにでもこいつの記憶を消したくなってくる。
「おいヘンドリック、この情報はネモの所に行っても開示されるのか?」
「そりゃまあわかるようになるし、あいつの所でも見ることはできるが……ぶっちゃけお勧めしないぞ? 今から行くなら城か塔の方がいいと思うがな」
「そりゃどうして」
アルファが疑問をぶつけるが、城に関してはレーナが行っているからだろう。
一方の塔だが……あぁ、管理者権限の話だこれ。
神と塔と聞いて私が真っ先に思い浮かべたのはバベルの塔だ。
一般的には言語をバラバラにされたという話が印象強いが、あれは神々の領域まで届く建造物を作ろうという話から神の怒りに触れて言語を分断されたって伝説だ。
ならそれに関わる何かじゃないかと思っていたが、本に記されていたのはまさにその事。
あの塔を管理者となった者が踏破することで神と謁見できるという事らしい。
厳密に言うと私やアルファ、リリのような神の名を持つジョブを持っているだけでは神としては不十分であり、管理者と神は役職が違うようだ。
いうなれば神は部長で、管理者は課長とかそういう感じみたいだな。
社長とか取締役とか株主とか会長とか、そういうのがまだまだ上にいるからもしかしたら現場責任者程度でしかないかもしれないけど、とりあえず神と謁見することで管理者から明確に神という立場になる事ができるという。
昇進という事だが……微妙としか言いようがない。
給料据え置きで責任者にされるとかブラックもいい所だが、一方で絶対に勝てないと思っていた野郎への対抗策ができるという利点はある。
デメリットはあげ連ねるときりがないが……正直今行くべきじゃないのは確かだ。
「ヘンドリックの伝承って風を罵ったって言ってたよな。つまり不敬罪?」
「まぁそうなるんじゃないか? 俺も詳しくないからよくわからんが」
「じゃあ一番信用しちゃいけない奴だこいつ。アルファ、次の行き先お前が決めろ」
少なくとも必ず致命的な成功に至ってしまうというこいつが決めた方が、取り返しのつかない事態に至る私が決めるよりもいいだろう。
どっちもどっちでヤバいのは事実だけど、仮にも成功だ。
だったらアルファに選択をゆだねるのが適任……あ、今少しレーナとかの気持ちが理解できた。
致命的であろうと成功するならついていく、そんな感覚だったんだろう。
待ち受けるのは成功だが、不可逆であり表を二度と歩けないような致命的な物となる。
けれど目の前に断崖絶壁しかなかった状態を考えれば、そりゃ一本の救いとなるわけだ。
モーセの海割り伝説みたいだな。
潮の満ち引きの問題でどこらへんでその伝承が生まれたか発覚したと聞いた時は胸躍ったもんだ。
「なら闘技場じゃないか? 城はレーナがいるから問題ないし、塔はせっかくなら他全部回ってからの方がよさそうだ」
「あー、いや、そのレーナがな……」
「信用できないって言いたいんだろ? 管理者になったことで大体察した。俺が勇者なんて意味不明な存在に敵意もってた理由とか、蘇生魔法なんか存在しないのに俺が生き返った理由とか、推測でしかないけどなんとなく分かった。こういう監視所みたいなのがあるなら情報の管理ができるデータベースみたいなのがあってもおかしくない。そこに自由に記入できるならってな」
「……お前天才か?」
「今まで考えもしなかった事に気付いたら、そりゃ深堀して推測して仮説を実証していく。俺達はそういう性格だと思うが?」
アルファが言わんとしていることは理解できないわけじゃない。
ただそんな小さな情報からこの結論に至るのがおかしい。
ありえないと言い切ってもいいくらいだ。
「前から違和感はあったんだ。ただここに来て、色々見た結果わかったんだよ。さっきこの世界も監視対象って言っただろ?」
「あぁ……まさか」
「そのまさかだ。監視カメラにはタイムライン機能もあるだろ? 俺が疑問を抱いて調べたら案の定だった」
おそらくアルファが最初に死んだ後の出来事なのだろう。
レーナの動向を見て、そして宝物殿に辿り着いた彼女を見ていくつも仮説を立てた。
そしてその中から最も可能性が高い物を口にした。
あとは私の反応から結論を導き出したという事なんだろうけど……ダメだな、たった500年じゃこいつの悪知恵には勝てそうにない。
「まったく……ってことはもしかしてこいつ読まなくても他のダンジョンの仕様とか推測できてたりするのか?」
「ここが監視所で、宝物殿の話を聞いてデータベースだと思っただけだな。それ以外だと塔はやっぱりバベル関係だから神とのご対面か? 城は王の座があるって考え方をするならこの世界の人間に何か影響を与える事だと思うけど、物理的じゃないんじゃないかね。一般的にも王の勅命で直に誰かが死ぬことは無いから。で、闘技場はコロッセオをイメージさせるが神繋がりだとアステカだよな。あれも神殿だけど、生贄の風習から察するに神に命をささげて世界のバランスをどうにかしているとかじゃないか? あそこは挑戦者が死んでも蘇生されるって言うけど偽の同一個体……スワンプマンじゃないか?」
……ほとんど言い当てやがったよこいつ。
闘技場の目的、それは他のダンジョンと違いこの世界の安定を図るものだ。
行楽として人を集めるのも当然だが、普通に攻略しても踏破とは認められない。
正攻法で攻略できるダンジョンではあるんだけど、あれもギミック型だ。
正しい攻略法は王以上のジョブを持ったうえでクリアする事、つまりは信仰心を集めたうえで勝てという内容だ。
……あり方としては正しいんだよな。
闘技場で人気の闘士が生まれれば王となりうる。
ただ、そこまで熱心に通う価値がある場所ではなく、ちょっと名の売れた連中が腕試し程度に来て挑んだり、賭けたりするのがメインだ。
そして本当の殺し合いが見られるからこそ、この世界では人と人で争う闘技場は発展しなかった。
信仰心を集められるような人物が闘技場に来ることもなく、そもそも王の名を持つジョブが生まれる確率は非常に低い。
忠誠心と信仰心は別物だからだ。
だからアルファも王のジョブではなかったんだが……なるほど、本当に性格のねじ曲がった連中が神を名乗っているんだな。
「おいヘンドリック。お前が素直に手を貸すならおまえの分も神をぶん殴っておいてやるぞ?」
「はっはぁ、いいなそりゃ。だが遠慮しておくぜ。俺は自分の拳であいつらをどうにかしてやりたいんでね!」
「さすが、破天荒な船長様だ。今度お前と気が合いそうなやつここに連れてきてやるよ。時間があればだけどな」
「そいつは楽しみだ、期待しないで待っておくぜ」
おそらく笑みを浮かべているであろうヘンドリック。
とりあえず司と田中連れてこよう。
あのサイコパスと天性の詐欺師ならこいつを言いくるめるくらい出来そうだしな。