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第72話

「で、闘技場で何するつもりだ?」


 踏破扱いになった神殿を出た私はアルファに尋ねる。

 監視されている以上外に出たところで意味はないけど、それはそれとしてどっかで聞いておく必要はあった。

 というかどこで聞いても同じだけど、ヘンドリックの茶々が入らなければなんでもよかったともいえる。


「この世界の安定に関わる装置って言う話ならそれを使わない手はないだろ? 今次元の壁の問題で危うい事になってる上に俺達が管理者になったことでだいぶ怪しい事になってると思うからな」


「……怪しい?」


「そもそも世界を安定させる装置なんてものを用意して、誰でも遊び感覚で挑める場所を用意する意味ってなんだと思う」


 アルファの言葉に少し考える。

 地球という世界で考えた場合、そんな装置は必要なかった。

 強いて言うなら核の傘とか、そういった報復措置的な形でのバランスが成り立っていたと言っていい。

 けどそれが必要になる……地球にあってこの世界に無い物を考えた方がいい。

 まず代表は魔力だろう。

 そこから派生して魔獣やダンジョン。

 そしてダンジョンと言えば神のダンジョンが真っ先に頭に浮かぶくらい有名であり、子供が寝物語に聞くくらいには定着している。

 その目的は一介の人間を管理者に、そして神にすることなわけだが……いや、もしかして……。


「私達の存在か?」


「正解だ。どんなものにも限度がある。管理者になった俺達がいるだけで世界が乱れかねない……と思っている」


「世界って言う名の器の強度限界……あるいは容量の限界か」


「そうだ。ただ懸念点としては俺達が相手取るようなのが出てきた場合、最低でももう一体管理者クラスの戦闘力を持つやつが出てくることになる。その時世界は耐えられるか? 耐えたとして俺とユキの管理者としての権限が上昇した場合の事も考えなきゃならん」


「だとしたら……そうだな、ここはアルファ一人に任せた方がいいかもしれんがどうだろう」


「……………………」


 すっごい苦い顔しているアルファ。

 魔王らしからぬというか、たぶんこれが素なんだろうけど……。


「どうした?」


「言ってることは正しいんだが、俺が人前で戦っても大丈夫なのかという心配と……あと俺自身がその重圧に耐えられるか不安でな」


 思わずその尻を蹴り飛ばした。

 ……想像以上に力が強くなっていたのか、10mは吹っ飛んで顔面スライディングを決めたアルファだがむくりと起き上がった。

 さすがに頑丈だな。


「痛いぞ」


「痛くした」


 短い問答の末にアルファが目を逸らす。

 ……ここに来てまで人見知りかよこいつ。


「お前なぁ、昔は大活躍だったんだろ? その時はどうしてたんだ?」


「愛想笑いで……あとはレーナたちが何とかしてくれてたから……」


 それでどうにかできてたのは人格者だったからか、あるいはそういう風に思考誘導されていたのか……どちらにせよ、今のアルファは頼りない。

 戦闘力だけなら滅茶苦茶強いというか、レーナとかいうイレギュラーさえいなければ世界最強なんじゃないかと思うんだけどなぁ……。


「あ、いい事思いついた。お前田中か司、あるいはその仲間の誰かに化けて一緒に戦え」


 こいつドッペルゲンガーだ。

 つまり他人の風貌をそっくりそのまま真似ることができる。

 私が知る限り魔族の中でもかなり特殊な種族で、ドッペルゲンガーはその能力まで変動させることができる。

 例えば自分より強い相手になろうとして、力を抑えきれず内側から爆散するようなまぬけもいるんだが、能力を制限して勇者パーティに潜り込むような事をしてきた奴もいた。

 歴代勇者の何人かはドッペルゲンガーに暗殺されて、歴史に名を遺すことなく死んでいったほどだ。


 更には記憶のコピーもできる個体が上位種であり、魔王ともなれば間違いなくその部類に入る。

 そして記憶をコピーしたうえで、一時的に自我を眠らせる事で全くの同一人物のような振る舞いができるわけだ。

 今回司か田中と名を挙げた理由はそこにあり、あいつらの性格なら人前でも緊張して失敗するようなことは無いだろうと踏んでの事。


「……どっちも無理だな。俺達が化けられる相手は相性の良し悪しがある。あの司ってやつは勇者ってこともそうだが、そもそもの性格からして理解ができないから化けるのは無理だ」


 確かに司は……多少改善されたとはいえ、その性格の底は読み切れない。


「じゃあ田中は?」


「軽薄すぎてあいつも理解できない。あの口から出てくる言葉全部が嘘に聞こえるし、かと思えば本音で語っていることもある。本質がとらえきれない相手だから絶対に無理だ」


「……じゃあ正直勘弁してほしいって気持ちはあるけど、先生はどうだ?」


「あのちんまい子か? 女子に化けろとかムリゲーだ」


「一番わかりやすい相手だと思うが? あの人腹芸とかできないタイプだし」


「いや、そうじゃなくてだな……」


「女装というか、女に化けることに抵抗があるのか? それとも女心と秋の空ってやつか?」


「いや、違う。女に化けたってばれたらレーナの説教がな……」


 過去に何があったか知らんが、こいつ結構なやらかしをしたのかもしれん。

 いや、よく考えれば記憶を見られるってことは風呂だのなんだのの記憶も覗かれるわけで、そりゃ一般的な女子からしたらいい気はしないだろう。

 そして心酔レベルでべたぼれのレーナがそれを知ったら……恋人以上の立場である相手が女湯を覗いてたような気分になるのか?

 それは確かにいい気はしないだろうけど……。


「世界の命運がかかっている。説教は甘んじて受けろ」


「……お前に化けていいか?」


「は? 私か?」


 突然の提案に頭が真っ白になる。

 いや、何を言っているんだこいつって感情で埋め尽くされたって言う方が正しいか?


「あぁ、お前の性格なら問題なさそうだし、攻略したダンジョンの数に差があるとはいえこちらは年季が違う。そういう意味ではギリギリコピー出来て、本領に近い力を発揮できて、なおかつ人前で動じる事ないだろ? 性格も俺と似ているから理解はしやすいし」


「……なるほど、それは盲点だった」


 人間自分の事が一番見えていないというが、私もご多聞に漏れずその通りだったらしい。


「あとお前素っ裸見られたからって恥じらうような性格じゃないだろ?」


 とりあえずもう一発蹴りを入れておいた。

 こちとら華も恥じらう乙女だボケが。



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